姉、戻る(1)
「――なんてこと! 私が少し離れただけで、国がこんなに荒れるなんて!」
フィデル王国、王宮。
明るい陽光の差す回廊に、甲高い声が響き渡る。
平和な午後の王宮には、とうてい似つかわしくない声だ。
忙しなく働くメイドたちも驚き、足を止めて声の方へと目を向ける。
不審者でも見るようなメイドたちの視線を受けても、声の主である女性はたじろがない。
むしろ注目が集まったことに気を良くしたのか、いっそう声を張り上げた。
「いったい、あなたはなにをしていたの! 殿下たちだって、私を追い出せばこうなるとわかっていたでしょう!」
殿下――と言いながら、女性は誰かを探すように周囲に視線を巡らせる。
その視線が、騒ぎを聞きつけ慌てて回廊の奥からやってくる王太子とその側近たちを見つける前に、しかし女性をたしなめる声があった。
「ルシア、気持ちはわかるけど、少し落ち着いて。君にはなんの責任もないことなんだから」
「いいえ、いいえ、テオドール様! これほどまでに国が荒れたのは、私の責任でもあります。私が妹の企みに気付かず、殿下たちが間違いを犯すのを止められなかったばかりに……」
「それは君のせいではない。自分を責めてはいけない、ルシア」
「テオドール様……」
ルシアと呼ばれた女性は悔しげに唇を噛み、テオドールと呼ばれた男性はそんな彼女の肩を慰めるように抱く。
ぴたりと寄り添う二人は、周囲の胡乱な視線などものともしない。
王宮という場所でありながら、人目もはばからずに盛り上がっている。
そんな二人の姿を、なぜか真正面から見せつけられているのがこの私――リリア・バークリーだった。
――いったい、どうしてこんなことに……。
どうしてもなにも、宮中で働く私の前に突然二人が現われ、なにを言う間もなくこの状況だ。
ここは王族たちの生活空間からは遠く、比較的出入りを自由に許可されている区画。
とは言え、王宮は王宮だ。場をわきまえずに騒ぐ人間など非常識極まりなく、迷わず警備の兵に突き出さなくてはならない。
だというのに、私は逃げもせず、兵も呼ばずに呆然と立ち尽くしていた。
視線は自然と、醜態をさらす二人の内の一人――女性の方へと向かう。
目に映るのは、癖の強い赤茶色の髪。背は平均より少し高く、体つきはやや痩せ気味。手を入れれば美人と呼べそうでありながら化粧気のない顔に、同じく飾り気のない簡素なドレス。
総合すれば、あまり華のない地味な女性。
ただし、その瞳だけは印象的だ。
気丈そうな琥珀色の瞳が、男性の腕の中で私を映している。
その強い光を宿した――まるで非難するような瞳の色に、私は内心で深いため息をついた。
――変わっていないわ、お姉様。
彼女の名前は、ルシア・バークリー。
魔術の名門・バークリー侯爵家の長女であり、かつての王太子殿下の婚約者であり――。
一年前、自業自得で国外追放された私の姉である。
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