第27話 毒の姫 その9
ボロボロになった翼を大きく羽ばたかせながら、ゆっくりと降下してくるドラゴンの、その異様な光景。
で、でかい……。
俺は思わず息を呑んだ。
遠目では、せいぜい倍くらいの大きさだろうとたかを括っていた。しかし、実際に近づいてくるドラゴンの姿を目の当たりにすると、その巨大な姿はさっきまで戦っていたワイバーン達が可愛く見えるほどに圧倒的であった。
「ちょ、ちょっと大きすぎやしないか……。」
そんな言葉が、思わず俺の口から漏れていた。だが、その途端……。すかさず背中から姫の厳しい言葉が飛んでくる。
「ドラゴンなんだから当たり前でしょ! あなた、もしかして怖気づいたんじゃ無いでしょうね。」
「いや、たかだか飛竜の倍くらいの大きさだと思ってたから、ちょっとびっくりしただけだよ。」
思わずそう言い返してしまったが……。俺だって生きるか死ぬかの瀬戸際で心が折れてしまった奴に背中を預けることなんて出来ない。彼女がそう言うのも当たり前だ。
「そうね。あなたの言った通りたかが飛竜の倍だわ。でも腰が引けたなら
勝ち気な彼女は、そう言うと俺を押しのけ前に出ようとする。しかし俺はそんな姫を制して、再び強く剣を握りしめると「ハァァァッ!」と、腹の底から大声を出して気合を入れ直した。
そして、こう言ってやったのだ。
「ちょっとびっくりしただけって言ってるだろう。怖気づくとか、腰が引けているとか……。そんなものは気合でどうにかするもんだ。今から俺の取っておきを見せてやるから黙ってろよ。」
ドラゴンはもうすぐ目の前にまで降下してきている。つべこべ言っている時間は俺達にはもうないはずだ。だけど、彼女はそんな事はお構い無しで俺の強がりなんか見透かしていたかのように……こう言った。
「あらそう?後ろから見てるとそうは見えないけど……。あなた……さっきからずっと身体がガチガチよ。」
「うぐっ……」
俺は思わず言葉に詰まる。
彼女の言う通りだ。怖気づいていたのは心では無い。怖気づいていたのは心よりも俺の身体のほうだったのだ。
正直……自分でも分かっていた。
肩に力が入りすぎている。
剣の切先が定まらない。
呼吸がなかなか整わない。
いくら言葉だけ威勢が良かったとしても……。そんな俺の姿を、彼女はずっと後ろから見ていたのだろう。
でも……。彼女に、たとえ今の俺の姿が無様でかっこ悪く見えていたとしても……。何故だろう……。俺は今、どうしても彼女の前に立つことしか考えられないのだ。
「そうだよ。俺は君の言う通り正直ビビっちゃってるんだよ。俺の身体は緊張でガチガチだ。それが悪いかよ?」
それは開き直りの言葉だ。
こんな土壇場になって、そんな事を言ってどうする?俺だってそんな事は分かっていた。「決して俺は怖気づいたわけじゃない。」それを分かってもらいたいなんて思うのは多分俺の勝手な自己満足だ。
でも……。
「俺にだってそこいらの虫けらぐらいのプライドはあるんだ。だったらやるしか無いだろう?強敵を目の前にして男の俺が女の子の後ろにいて良い理由がないじゃん。」
ほんと、俺ってこんな臭い事言うやつだったかな……。でも、そんな臭い言葉を口に出した瞬間。俺の身体の緊張がストンと抜けた。
「まったく……あなたって人は、あいも変わらず……。」
背中で小さくそんな声が聞こえた気がした。だが、そんな声もドラゴンの凄まじい
「私に任せれば簡単に勝てるって言ってるのに、どう仕様もないんだから。でも、貴方がどうしてもって言うんだったら良いことを教えて上げるわ。」
今度は、耳元ではっきりと聞き取れる声。でも、既にドラゴンの鼻息すら聞こえて来そうなこの距離では、俺はもう彼女の言葉に耳を貸してやる余裕すら無いのだ。
だと言うのに……。
「力は丹田より出るが一つ所に留まらず、常にそれを全身に巡らす……。」
その言葉は、まるで俺の心に直接語りかけてきたかのように身体中に染み渡る。
理解出来る……。いや、俺は既にその言葉の意味を知っているのだ。
「貴方の力は今、両腕にしか注がれていないわ。身体は全身の力のバランスが取れてこそ最高の力を発揮するの。それを忘れちゃ駄目。」
それも何時か何処かで聞いた事がある。果して誰の言葉だっただろうか……。
だがその問いに答えなどは無い。なぜならそれは俺自身の言葉だからだ。
刹那。ドラゴンの二度目の咆哮と共に、毒姫が叫ぶ。
「で、いつ行くの?」
この感じ……。そう言えば遠い昔にも……。確かあの時も俺はこう叫んだんだ。
「そりゃぁもちろん――今でしょ!」
そして、俺は気合一発。反り返る様なモーションから頭上に高々と掲げた剣を、姫が……いや、いつかの俺が言った通りに体全体をバネにして一気に真下へと振り下ろした。
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