第22話 毒の姫 その4
俺は、その時……。
彼女に『毒』と言われて確かにギョッとはしたけれど……。彼女の得意気な表情に『こいつやべぇ女かも』とも思ったりもしたけれど……。
矢じりに毒が塗られていたと言うのなら、矢を受けたワイバーンが突然空から落ちてきたのも頷ける。俺も詳しいわけではないけれど、例えばフグやエイ……それにハブなんかのヘビの毒もかなり致死性が高いと言うのは誰もが知っている話だろ?
その毒が、ワイバーンの様に大きな生物にここまで即効性があるのかと言われれば、それはわからないけれど。でもここは俺達の住んでいた世界とは違う異世界だ。その様な毒があったとしても不思議ではない。
と、まぁ……。いちおう地上戦にそなえて剣を握ってはいるが、いっこうに出番のなさそうな俺そんなことを考えながら……。いっさい的を違えることのない彼女の弓の腕と、恐ろしい程の効果を発揮するこの異世界の毒にただただ見とれるばかりである。
ふと気がつけば、百を超えるワイバーン達の猛攻がいつの間にか始まっていた……。
遠距離攻撃が苦手な妹のレイラだってあんなに頑張っている。隣の女も次々にワイバーンを射落としている。
だが、正直言って今の俺にはすることが無い……。ていうか「何で俺はここにいるの?」なんて疑問ま湧いてくる始末。正直このままだと剣聖の師匠たる俺の見せ場全部が、このぽっと出の薄汚い娘に全部取られてしまう。
その状況は、俺にとって明らかにまずい状況なのだ。
ならば、地上戦はレイラに任せて、俺も先ほどワイバーンの翼に風穴を空けたあの『指弾』で戦うほうが、無駄に剣を握りつっ立っているだけより効率が良いはずである。
そう思った俺は、構えていた剣を鞘に戻し、地面に落ちている手頃な小石を拾い上げた。そして前方に突き出した指に気の力をいっぱいに込めて狙い一発。その小石は発射された瞬間に音速を超え、バシンッっというを大きな音を放つ。そして空気との摩擦で白い閃光をまとい一直線に飛んで行く。その姿はまさに光の矢である。
もちろん俺の指弾は的を外さずワイバーンに命中した。今度は翼などではない。狙ったのは奴の頭だ。力なく地上へと落ちていく頭の無くなったワイバーン。
どや?俺だってこれくらい簡単にできるねんで!――
おもわず関西弁でイキってしまいそうになったのを、俺は師匠らしく耐える。そしてさもそれが当然だという表情を取り繕いながら……。
チラッ
俺は横目で彼女の表情を確認した。
当然……驚いているだろう、びっくりしているだろう、唖然としているだろう、腰を抜かしているだろう……。そう思っていたのに。彼女が俺に向ける、このなんとも言えない表情は何だ? 明らかに、そうじゃないって顔してますやん……。
しかも、何だかわからないけど、俺に手の平を差し出して来て……。
「んっ……!」
って。
いやいや、んっだけじゃ何が言いたいのか分かりませんよ。だって俺達さっき出会ったばかりでしょう。そんな以心伝心みたいな態度をとられてもねぇ……。
何となく、何かを欲しがってるなぁ~って言うのはわかるけど……。取り敢えず今手に持っている小石でも与えて見るか……。
「んんっ、んんっ……。」
今度は、頭を振った。まぁ分かってはいたけど違うようだ。じゃぁ小腹でも空いているのか? なんてしょうもないクイズを今はやっている場合ではない。ワイバーンの群れとの戦闘中だぞ。
だから……
「ごめん。はっきりと口で言ってもらいたいのだが……。」
俺がそう言ったとしても、何も間違っていなかったよね。
なのにこの女ったら……さもそれが当然の様に――
「あなたねぇ。私が手を差し出したら矢が無いってことでしょ。それくらいわかりなさいよ。」
とか言ってくるの。そんなのしるかって思うでしょ。だから俺は「矢なんか持ってるわけ無いじゃん俺は剣士なんだよ」って言ったらさ――
「じゃぁ、さっさと飛竜の体から引っこ抜いて集めて来る!」
だってさ……。
まぁね。もう俺は慣れっこだから我慢できるけどさ、普通はそうはいかないよ。大事なことだから2回言うけど、俺は慣れっこだから怒ったりはしないし、おとなしく言う事を聞こうとは思うけどね。
そう、この感じ。俺はこんな相手の都合なんて一切お構い無しの身勝手な女を、既にもう一人知っている。だから経験として身に沁みて知っているのである。
はっきり言おう。これ従わないと絶対に俺が損するやつだから……。
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