第30話 レイラ 負を求めし剣聖 その12

 ――救国の英雄が、国王に剣を突きつけた……


 そんな前代未聞の出来事は、後に剣聖レイラ=バレンティンが国王へ自ら謁見したと言う形に矯正されて王国の隅々へと伝えられることとなる。


 しかしそれは後の話。



 レイラが国王に剣を突きつけた次の日の朝。

 王宮のベランダから、国王と共に顔を出したレイラは、その身に今まで見たこともない様な豪奢な衣装を纏って、ただ言われるがまま不器用に立ち尽くしていた。


 視線を下げれば、眼下に広がる広場には、救国の英雄の姿をひと目見ようと、驚くほど沢山の市民が集まっていた。


 だが


 割れんばかりの歓声が、全て自分に向けられている。そんなことすらレイラには理解することが出来ない。


 ――いったい自分はこんな場所で何をしているのだろうか……


 今になって考えれば、レイラは昨日。国王に向けた剣を下ろしてからというもの、全てが国王のペースだった様な気がする。


 大歓声の中で国王の高らかな声が響き渡っている。そしてその口から『レイラ=バレンティン』と言う名前が叫ばれる度に、広場は一層の歓声に包まれるのだ。


 ただ利用されただけなのだろうか?自分の名前が叫ばれる度にそんな不安がレイラを襲う。


 だが、彼女はその度に自分に言い聞かせるように呟くのだ。


「違う。あれは確かに取引だった……」




 昨日。玉座を下りた国王と共に、たった二人で別室へと移ったレイラ。その移り際、国王はレイラの耳元で小さく囁いた。


「悪いようにはせぬ。そなたの望みは余が叶えてやる」


 


 レイラの兄カイルが、生まれ育った村を出ていったのは、レイラの修行が第四層『無形むぎょう式』の体得に入って間もなく訪れた、春の初めのことであった。


「2日と同じ剣を振るな。百日あれば百。千日あれば千の剣を振るえ」


 それがレイラに与えられた第四層の修行方法である。無形とはそのままの意味で形が無いことを指す。


 レイラは兄が見守る中で、切る、突く、薙ぐ、払う。それ以外にも思いつく限りのありとあらゆる形を試し、その先を目指した。


 だが、村に雪解けが近づいた暖かい晴れた日のこと。一人の男が村に国境防衛軍への召集令状を持ってやって来たのである。


 そして、レイラの兄カイルは雪解けの水と共に、レイラのもとから戦地へと去って行った。



 だが、もしあの時。国王が戦争など始めなければ兄のカイルは自分のもとを去っていく事は無かったのだ。


 だからこそレイラは国王を目の前にして。「憎い」と、そう思わずにはいられなかった。




そう。あれは確かに取引だったのだ。


 レイラのたった一つの望み。それは行方不明になった兄カイル=バレンティンを探し出すことであった



 国王は言った。


「余がこの国を上げて、そなたの兄カイルとやらを探し出してやろう」と………


 そしてその代わりにレイラは、その身の自由を失った。




 今もまだ国王は眼下に集まった国民に高らかに語りかけている。

 渦巻くような歓声、そして称賛。はたしてそれらは、本当に救国の英雄レイラ=バレンティンに向けられたものなのだろうか。

 もしかしたら、その歓声も称賛も、いずれは全てを国王が持ち去ってしまうのでは無いだろうか。


 だがレイラはそれでも構わないと思った。


「兄が戻ってきてくれるなら……」



 その日


 国王は英雄レイラ=バレンティンの帰還と、新たに立ち上げた白騎士団の団長の座にレイラ=バレンティンが着任したことを集まった国民の前で高らかに宣言した。

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