二〇二✕年 秋
五の一 ヨンジャ 九月一日
先週の登校日に
ソ・ヨンジャは落胆し、夏休みの由里と過ごした日日の記憶が幻想か何かではなかろうかとさえ思えて、二学期初日の今日までの一週間ばかり、はたして彼女と会えるのかどうか、心に不安ばかりが募っていた。
スマートフォンのメッセンジャーアプリでやりとりはしてはいたが、それはどこか現実感がともなわない、虚構の相手と会話をしているような感覚でもあった。
そうして教室の廊下に近い自分の席に座って、着着と時を刻む腕時計の針をじっとみつめていると、始業五分前になり、やっぱり今日も会えはしないのだと半分あきらめかけていた時、
「おはよう、
そう言って後ろから肩を叩くのは、まぎれもない由里であった。
「あ、ユリッペ、よかった」
「よかった、ってなんで?」
「だって、先週来なかったから」
「あれ?鹿児島の親戚の家に行くから休むって、メッセージ送ったよね、届いてなかった?」
「いや、読んだけど、それでも会えないと不安だったよ」
「鈴ちゃんって意外と心配症なのね」
「もう寂しかった」
「私も寂しかった」
はしゃぐように大声でそんな話を朝からするものだから、まわりのクラスメートたちが驚いて振り返ったり、冷めた目でみられたりしたが、そんな冷眼視もふたりには平気だった。気にもとめなかった。ただ久しぶりにあえたことがうれしくて、ただきゃあきゃあ言いながら互いの目を見つめ合った。
始業式が終わり、短いホームルームも終わって、由里を送って家まで向かった。
普段は教室やせいぜい校門辺りで別れてしまうのだが、たまには送らせてとヨンジャが言うと、ええ一緒に帰りましょうと由里が答えた。
家まで向かう間の、由里との会話はいつもの通りで、お互いの弟の悪口であったり、成績の悩みであったり、すぐに始まる実力テストの不安であったりして、やがて由里の韓流ドラマの(ほとんど一方的な)語りが始まったのであった。
しかし、いつの間にかふたりは無口になっていた。なぜかはわからないが、なんとなく話がとぎれ、それっきり黙りこんでしまったのだった。
静かに並んで歩道を歩き信号で立ち止まった瞬間、ふと、由里の手がヨンジャの手に触れた。触れたと思ったら、由里の小指がヨンジャの小指に絡みついてきた。流れるようにごく自然に、からめたのだった。
ヨンジャの鼓動が大きく高鳴った。
ヨンジャも彼女の小指を握るように小指に力を入れた。
そうして絡む由里の指は、温かくって柔らかい、由里の性格そのままのような感触であった。
どんどんと叩きつけるような脈動が由里に伝わりはしないかと焦燥にかられると、さらに動悸が高鳴った。
信号が青に変わって歩き出しても、ふたりは指を絡めたままでいた。
ヨンジャはそっと、由里の顔を横目で見た。
由里は、素知らぬような顔で前を見て歩いている。
歩きながら、ヨンジャは思った。
どうして由里は指を絡めたのだろう。どうしていつまでも絡め続けているのだろう。たんに友達として仲良しだから絡めたのだろうか、それとも――。
上気した顔に気づかれないように、ちょっと顔を彼女と反対に向けた姿勢で、ヨンジャは歩いた。
なんでこうも胸が苦しいのだろう。息が苦しいのだろう。ただ小指と小指が絡み合っているだけなのに、こんなに細いつながりなのに、なぜこうも太鼓のように鼓動が打ちつけるのだろう。
繁華街を逸れて、閉じたシャッターの目立つ
「家、意外と近かったんだね」
「うん、良かったら、ちょっと寄ってく?」
「いえ、お昼時だから、おじゃましちゃ悪いわ」
「いっしょに食べて行けばいいのに」
「突然だと、やっぱりお母さんに悪いよ」
「そう、じゃあ、また今度遊びに来てね」
「うん、絶対」
ふたりは絡めていた指をはなし、その手を振って別れた。
ヨンジャがしばらく行ったの交差点で振り返ると、由里はまだこっちを見て立っていた。
また手を振って、にっこり笑ってヨンジャは道を曲がった。
まだ、胸がどきどきと脈打っていた。
小指には由里の温もりと柔らかい感触がまだ指先に残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます