三の四 茂治 七月三十日
夏だというのに、黒のパーカーのフードを目深にかぶって、
能力を使って二階のベランダから真っ暗な庭へと飛びおり、三キロばかりも獲物を求めて幹線道路にそって歩いて、標的が溜まっていそうな高架下や、側道をつなぐ
その青と白の看板のコンビニは、広い駐車場があって、駐車場の奥まった位置に店舗が立っていて、暗黒の景色の中に、白白とした明かりを放射状に放出していた。
その店舗の端の、暗黒と光明の混ざり合う狭間のような空間に、彼らは半円に並んで座って、タバコを吸いながら大声で話し、笑い、他人の迷惑よりも自分たちの楽しみを優先させて、無思慮な逸楽にふけっているのだった。
歳は茂治と同じくらいであろう。
かつてなら目を合わさないようにして通り過ぎたであろうその五人の一団に、茂治はわざと近づいて行き、フードの陰から横目でじっと彼らの醜い態度を見つめつつ、ゆっくりと通り過ぎた。ゲラゲラと品のない笑いをあげていた不良たちは、ふと笑うのをとめて、刃物のような鋭い光をやどした目で茂治を追った。
目で追われつつ通り過ぎた茂治は、ふっとひと息吐くと、脱兎のごとく駆け出した。
案の定、不良たちはなかば反射的に、はじかれたように立ちあがり、茂治を追って駆け出した。猟犬の本能のままに突き動かされたような挙動であった。
茂治はコンビニの駐車場を駆け抜けて、さらに奥まった所にある公民館を目指した。公民館の入り口は鉄のゲートで閉ざされていて、茂治は追い詰められた獲物のように、冷たいゲートに背を押し付けて、迫り来る不良たちを怯えた顔で迎えるのだった。
周りには人家はなく、公民館の駐車場が広がってい、その脇に雑木林が黒く染まっているのであった。
やがて、不良たちが追いついてきた。
途端に茂治の襟首をつかんで、ねじり揚げ、ゲートに背を押し付けるのだった。
「なんで逃げるんだよ、ああん」
タバコ臭い、顔をそむけたくなるような息を吐きながら、不良がさらに締め上げる。
「や、やめてください、僕、何もしてないじゃないですか」
「何もしてないならなんで逃げたんだよ」
「やめてください、ゆるしてください」
「ゆるしてやるよ。そのカバンの中のもんを全部よこすんならな」
言いつつ、不良は茂治のボディーバッグに手を伸ばした。
瞬間。
不良の首に黒い触手が巻きつき、茂治から引きはがすように遠ざけた。
茂治は触手を操って、不良を持ちあげると、周りを取り囲んでいた仲間に向けて投げつけた。不良の体は勢いよく飛んで、仲間のひとりに激突し、もつれ合ったふたりが地面に転がった。
フードの奥からのぞき見える茂治の唇が、異常なほど醜くゆがんだ。
そして、一分にも満たない時間が過ぎ、怒号が悲鳴に変わり、不良たちはその強靭な体を、暗黒の大地に沈めることになったのだった。
茂治は笑った。
心の底から、本当におかしくて仕方がないというくらいに、狂喜の哄笑をあげた。
まったく快楽であった。
これほどの快楽がこの世に存在するであろうか。
今まで弱い者達を虐げてきた狂犬のような者どもを、圧倒的な力をもって打ちのめす快楽であった。追い詰められたふりをすれば、狂犬どもは調子に乗って襲いかかり、襲いかかった鼻先を窮鼠に噛まれて狼狽する姿も、薪をくべるように快楽を高揚させるのだった。
それは麻薬のような依存性をもって茂治を覆い包んだ。体の芯までしみわたってくる陶酔に流されるまま、もう何日もの夜を、不良狩りに費やしてきた。
――コワセ。
またあの声が聞こえた。地を這う亡者のような声であった。
茂治の口がさらに醜くゆがみ、目が血走って狂気をはらんだ。
そうしてまた、哄笑するのだった。
いくら笑っても次から次におかしさが込み上げてきて、茂治は口を開け腹を押さえひたすら笑い続けた。
「つまらん男だ」
夜空ににじむように広がっていく茂治の笑声が、ひくいひとことに突如かき消された。
茂治が振り向くと、巫女と呼ばれる女性とともにいた気障な男がまるで気配を感じさせずそこにいた。黒いスーツに黒ぶちの眼鏡をかけ、綺麗に撫でつけた髪に、整った顔の細い眉と切れ長の目があやしいほどに美しく、片手だけをズボンのポケットにつっこんで、革靴を鳴らしながら歩いてくる。
男は倒れている男たちなどまるで意に介す素振りもなく茂治に近寄って来、指で眼鏡のずれをなおして、低いがよく通る声で言った。
「こんな小事に力を使って何が面白い」
茂治はじっと男を見つめた。そのいぶかしむ目つきすらもまるで気にもとめず、男は続けた。
「役に立ってみないか、本当の正義のために」
男はにやりと笑った。優しげでありながら、どこか高みから人を見下したような笑みであった。
「私はルーファス・ウォン。
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