一の四 茂治 五月二十九日
またこのパターンか、と
朝、学校へ登校して席に着くと、友達四人が昨日カラオケに行って盛り上がった話をしている。お前も来ればよかったのに、などと茂治に言う者もいたが、茂治自身は皆がカラオケに行くことも知らなかったし、誘われもしなかったのである。
自分がのけ者にされることは高校に入学してから恒常的に続いていた。去年の修学旅行も友達とは違う班に組み込まれたし、球技大会ではメンバーに入れてもらうことはなかった。
けっして表面化することのない、深沈と海底に滞留したヘドロのように、いじめとも呼べない悪辣な意志が教室に膨満し、そのすべてが彼に向かって流れてくるようだった。
このクラスは、いや人間社会という物は、他人を貶め、自分を少しでも優れていると見せたい低俗な人間ばかりだし、少しでも毛色の違うものは集団から排除しようとする矮小な人間が幅をきかせていた。
そういういやしい悪意が人間という生物のシステムの一環として存在していて、空気を吸うように、ごく平然と、ごくあたりまえに他者排斥が行われているのだ。
茂治は授業を受けながらいつも思う、
――横柄な教師に対して、授業中に悪態をついて教室を飛びだしたらどうなるだろう。
クラスの全員が一斉に後を追いかけてきて教室に戻るように説得してくれる、という、サブスクリプションの動画配信サイトで観た、三、四十年前の古臭い学園ドラマのような展開になるのであろうか。いや、なるまい。きっと俺などは放っておかれるだろう。
そんな
笹木原高校は茂治の通う
そうして茂治は最近の日課のように行っている笹木原高校の周辺を一周してから、コンビニエンスストアへと入った。
すべて先日の、ウォーキング中に峠道で悪霊の攻撃から救ってくれた謎の言葉を話す女の子を探すためであった。
彼女の着ていた制服から、笹木原高校の生徒であるということはすぐにわかったが、だからといって、彼女に近づく道をすぐに開通できるかというとそんなことはなく、ただ、あてどなく高校の周りを自転車で回って偶然の出会いを待つより他に考えが浮かばなかったのである。
店内をぐるりと巡って適当なスナック菓子などを買って、茂治はレジで支払いをしている客の後ろにならんだ。
やがて、その客が清算を終えて立ち去った直後であった。
それまで姿も形も見えなかったのに、店の奥から突然に現れた七十歳ばかりと思われる男の年寄りがいきなり、
「列はこっちだろ」
などと偉そうな口ぶりで言いながら、茂治をおしのけるようにして、横合いから割り込んできた。
見れば確かに、床には列を作る目印の矢印が横向きに書かれてあったが、茂治はまるで気が付かなかった。気が付かなかった茂治も悪いが、なにも人を押しのけて、あんなふうな言い方で非難しなくたっていいじゃないか。
唖然とする茂治を尻目に老人は会計を終えて、立ち去るときもさらに、ダメを押すようにして、なんでこっちにならばんのだ、などとのたまいながら立ち去っていった。
茂治は、口の中で、そんなことは知らない、とつぶやくだけがやっとであった。
世の中がこれほど悪意に満ちているとは思わなかった、と茂治は家へと自転車を走らせながら思った。
人間諸事、自分のことしか考えていない。
クラスメートだってそうだ、さっきの老人だってそうだ。他人の上げ足をとって、自分が得をすることしか頭にはありはしないのだ。
ああいう威張りくさった、傲慢な老人が生き残っていて、自分の祖母のような優しい老人が、なぜ癌にかかって苦しみながら亡くならねばならなかったのだろう、と茂治は先年他界した祖母の顔を思い浮かべるのだった。やさしかった祖母のことを思えば、老害、などという俗な言葉は使いたくなかったが、さっきの老人のことを思えば、老害くたばれ、と罵りたくもなるのだった。
いや、このままではいけない、早く嫌なことは忘れなくてはいけない。あれは歳をとって脳が硬直した爺さんの妄言だったのだ。頭を切り替えよう。
そうして忘れようとする端から、すぐに先ほどの情景が思い出され、またむかむかと腹が煮立ってくるようであった。
――やはり、世の中は間違っている。
人に対する優しさというものがまるで欠如している。
こういう世の中は正さなくてはならない。
それには強い力が必要だ。
人知を超えた力が必要だ。
やはり、あの女生徒と絶対に会わねばならぬ。
会って、彼女から超能力を得るすべを聞き出さなくてはならぬ。
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