偽物シンデレラ
@wakaco322
ただ生まれただけの場所と推し活
第1話 バイト
「ありがとうございました。」
小さなお店でバイトしている。私、山口琴葉。22歳。職業フリーター。
「はい。これよろしく。あら、新入りさん。見かけない顔ね。」
小さな町にあるこのお店はほぼ同じ顔ぶれしかこない。お土産とおにぎりやパンなどの軽食の販売。
このバイトを初めて2ヶ月目に突入。来る人もご年配ばかりなのでなかなか顔は覚えてもらえない。今話しかけてきたお婆ちゃんも昨日合ったばかりだ。名前なんてもっと覚えてもらえない。職場では“菊池”と偽名を使う。他のアルバイト・パートの人も同じだ。
小さな町と言うこともあって知り合いしかいない。下手すれば家もわかるレベル。それに地元に長く住み続けている人が多いので自分は知らなくても家族が知り合いだった。だから知っていると言う理由で慣れ慣れしく接してくることもある。私はそれが苦手。そうならないように偽名を名乗ってなんとか知らない人を装う。
週に3回か4回。多いときで5回のこのバイト。それだけ働いても1ヶ月の収入が10万を超えたことは無い。
1回4時間の当番制で交代していくバイト。1つの時間枠に入れるのは1人のみ。まれに2人のときもある。勤務時間が増えることも減ることもない。そのくらい1人のレジと数人の社員で回っているということだ。
「山口さん。来月のシフトなんだけど。この日だけはって日ある?」
そう聞いてきたのは社員である小林さん。3人ほどいる社員のうちシフトを組むことを担当している人だ。
スマホのカレンダーアプリを開いて予定を確認するが悲しいことに全ての日は空白。もっと言えばこの数ヶ月は家とバイト先の行き来以外どこへも出かけていないし、会話もまともにしていないかもしれない。
「特に今のところは―ないですね。」
「わかったよ。また組んだら確認お願いね。」
何人かアルバイト・パートがいる。でも、そのほとんどが主婦。残りはダブルワークと言ったところ。学生は今のところ1人もいない。家庭や仕事があって入れないという日に穴を開けないための私は補欠要員のようだ。
「来月は繁忙期だからね。時給も上げちゃうよ。」
小林さんにそう言われたものの大学生時代にやっていたバイトにくらべて数百円も時給は低いので上がったところで、もとのバイトの時給には追いつかない。
シフト表を確認すると明日は休みで次の出勤は明後日。明日の休みに何をしようか考えるものの特に行く場所もなければ、誰とも予定が合わないので誰かに会おうってことない。そもそもこの辺りにそんな友達はいない。
「おはようございます。」
「おはようございます。今日は特に変わったことはありませんでした。」
「はい。了解です。」
「じゃあ、お先に失礼します。」
同じ職場でもアルバイトやパートさんはこの交代のときぐらいしか会わないのでほとんど交流はない。会ったことがない人も多く、半分以上は面識もない。
朝の10時から働いてきっちり14時に退勤。本当は稼ぐためにももっと長時間入りたいところだが、事務所に行ってタイムカードを押す。これで今日の出勤は完了。
もう8月にもなろうとしているこの時期は日傘なしでは歩けない。
ほぼ毎日、この炎天下を歩いていると少しばかり日焼けした肌が気になる。制服を脱いだ格好は白いTシャツに黒いズボン、スニーカー。おしゃれの“お”の字もない。クローゼットにある服を着たのは一体いつが最後だろうか。
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