第2話 事件終幕。
「そうだ。とまぁここまで順序立てて話を進めてきたが、ここからは犯人を明らかにした方が話が早い。」
俺がそう言ったところで、また酒場が騒がしくなる。
「おいおい!兄ちゃん勿体ぶるなよ!」
「そうだぜ!?そこまで言ったんなら早く教えろぉ!」
まったく煩わしいことこの上ない。
殺人事件があったというのに何でこんなにコイツらは元気なんだ、事件は酒の肴じゃないだろう…。
それにこいつらに指示されずとも言うに決まっている。
さすがの俺だってこれ以上殺人犯と話しているのは気が滅入るんだ。
「わかったよ。簡潔に行こう。ジルクさんを毒殺した犯人なんだが……」
――「アーラン。君で間違いないね?」
この酒場の歴史、いやもっと言えばこの世界の歴史において、その瞬間が最も静かなのかと錯覚するほどに美しい静寂に包まれた。
そして、それを打ち破ったのは奇しくも酷く汚れた殺人犯の一声であった。
「な、何言ってんだよ!!仲間の俺がジルクを殺しただと!?それでなんになるんだってんだ!明日もいつも通り依頼があるって言うのによぉ!!」
「あーもうそういうの良いから。動機はサンドラとジルクの関係だろ?」
突然に図星をつかれたからかアーランは硬直した。
誰から見ても「こいつがどうして…」というような表情を浮かべながら微動だにしない。
「そ、そんな…どうしてアーランが…?それに私とジルクさんの関係を知っていた上で何でこんなことを…」
という言葉を僅かに洩らし、サンドラはその場に泣き崩れた。
「はぁ、分かりやすいなお前…。そんな顔してたら自分が犯人だと言っているようなものじゃないか。2人はこの前交際を始めたんだろ?以前、サンドラが俺に依頼してきたのがそれ関連だったからな。サンドラを奪ったジルク。そして俺を裏切ったサンドラを犯人にして消し去ろう。とかいう単純明快な動機さ。違うか?」
アーランは言い返すこともできないほどに唖然としていた。
まるで、いま自分が考えていることさえも見透かされていると錯覚してしまうほどに的確な指摘だったのだろう。
「そして聞かれる前に言っておく。証拠はこの街の中央。アルデバランという、かの有名な宿屋に泊まっているヘイルという商人が持っているだろう。惚れた女に家庭菜園を勧められても全く興味を持たなかったアーランが、無意味に注文した魔物避けの草の取引履歴…とかね。」
――その刹那
「う、うわぁぁ!!!クソがあぁぁ!」
そんな言葉を発しながら俺に斧を振りかざそうとしてきた。
マズイ、俺の剣は自分の席に置いてきたんだった。と間抜けにも考えていたその瞬間。
――キィンという金属音が鳴った。
それと同時にアーランは床に伏していた。
「いや。お見事な推理だったよ。探偵さん。」
そう言いながらゆっくりと剣を収めたのは、先程まで後ろにいたはずのあの美人顔だった。
「あぁ。助かった。それにしても顔に似合わないほどの剣技だ。美しい君がやったとは誰も想像できないだろう。」
「まったく、君の言っていることはよくわからない。褒めているのか貶しているのか、探偵なのかそうでないのかハッキリしてはくれないか…。それに、私も一応冒険者なんだ。これくらいは容易いよ。」
と、少し顔を赤くしながら後ろを向いた。
そして、事件も無事に解決し、人が死んだ酒場が営業を続ける訳もなく周囲は当然解散ムードになった。
「ということで!ジルクさんのことは残念でしたが、何とか事件解決ということですし!ささ!依頼人リルアさんや、酒場の外でお話の続きでも如何ですかな?」
「うん?それはこちらとしても嬉しい限りだが…探偵さん、何か焦ってないかい?キャラが変わっているよ。」
そう。俺は猛烈に焦っている。
俺はだらけて生きるのがモットーだ。
仕事でもなけりゃこんな事件にだって首は突っ込まない。
だがそれは生きるために仕方のないことだ。しかし、しかしだ。この後に来るであろう奴を危惧しているのだ俺は。
「いやぁ。参ったねぇシュン。君がこの街に来てから早半年。その間に起きた事件の8割、いや9割に君は関わっていると断言しようじゃあないか!そう、もはや君が犯人と言われても僕は言い返せないね!」
そんなふざけた声が俺の背中をなぞるように掛けられた。
いや、実際に指で背をなぞられたのかもしれない。
「俺も断言しよう。お前ほど面倒臭い奴はこの世で居ないとな。」
それを聞くとその男は少し怒ったような、悲しそうな顔をして話を続けた。
「そんなつれない事を言うんじゃあないよ!さぁ!いつものようにこの最強騎士&名探偵の肩書きを持つこのクリスと推理対決をしようじゃあ-」
「結構です。間に合ってます。それじゃ。」
やはり間に合わなかった。
伊達に騎士をやっている訳では無いということかクリスめ。情報が早すぎるだろちきしょう。
「まぁ待ちたまえ!そこまで時間は取らせないよ。何せ僕がすぐに事件を解決してみせるからね!」
こいつは何でこんな夜でも元気なんだよ、と俺は不毛なことを考えた。
「えぇと。クリスさん?で良かったかな?事件のことならこちらの探偵さんがもう解決しちゃったみたいだけれど…」
リルアが申し訳なさそうにクリスに声を掛けた。
まぁ俺はこれっぽちも申し訳ないとは思わないが。
事件なんて誰が解決しようと同じではないか。
「そ、そんなぁぁぁ!!また不戦敗だというのか!探偵の能力には事件に巻き込まれる能力も必要だと言うのかあぁぁ!」
「いや、そんなもん誰が望むんだよ。俺だって好き好んで巻き込まれている訳じゃない。」
そんなふざけたことを話しているうちにクリスの顔が突如として強ばった。
こういう時は真面目に面倒臭い事件について話し出す。
だから俺はこいつと会いたくないんだ。
「とまぁ。おふざけはこのくらいにして置こう。事件とは別件でライバルの君には伝えたいことがあってね。」
夜が俺たちを包み込んだ。
そしてこの空気感はただならぬ物であると、俺だけでなく初対面のリルアでさえ感じ取っていただろう。
「最近僕のところに良からぬ事件の情報が入ってきてね。箝口令が敷かれていて詳しい情報はあまり話せないのだけれど…。まぁ例の教団関連ということだけ君に伝えておこう。」
教団…か。
内心、予想通りの回答であったことに俺は深い絶望と気だるさを覚えた。
「いつもならここで君に事件の推理ショーをしてもらう所だけれど、そちらの麗しい令嬢と何か予定がありそうだね。その話はまた後日にでも聞くとしよう。さらば!我が永遠のライバルよ!!」
「お、おう。じゃーなー?」
そんな腑抜けた声が出るほど呆気なく、嵐のようにクリスは去っていった。
アイツは面倒臭い奴だが、いつもの推理ショーが無いなら話は別だ。
過去にアイツに絡まれて、事件後に4時間も足止めされたのは今でもクソみたいな思い出だ。
これもリルアのおかげか。
うん。心の中で神様仏様依頼人様リルア様と唱えよう。
これから毎日だ。
「な、なんだか嵐のようなお友達だね?探偵さん。というか今変なこと考えてないかい?」
「いや。そんなことは無い。まぁ色々あったが依頼の件の続きを話さないか?」
「そうだね。私としては君の能力というのも気になる所だしね。」
そんなことを言いながらもリルアの紺碧の美しい瞳は輝いていた。
さてはこいつ好奇心旺盛だな。
「あぁ。その事についてなら大体の検討はついてるんじゃないのか?推理が始まる前に、アーランが犯人ではないかと疑っていた君の観察眼なら。」
俺がそう言うと、リルアは少し驚いたような顔を見せながらも同時に笑顔を見せた。
これだから夜は嫌いだ。明るい物が目立ちすぎる…。
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