@abbacchio

第1話

 夏は嫌いだ


「はあ…ダルいな…」


夏は、いつだって僕に生を実感させる

 大きな入道雲、向日葵畑、垂れてくる汗、体の火照り、聞こえてくる蝉や子供たちの声…

 それは、死んでいたらきっと見えたり感じたり聴こえたりはしないもの

 それらは、生きていくのが嫌な僕にとって要らないもの

だから、僕は夏は嫌いだ


「確かに、これは暑くて死にそうだな」


 …そして、こいつのことも嫌いだ

こいつはいつだって僕の邪魔をしてくる

僕のすることにいつも干渉してくる

「何でいつも僕についてくるんだよ」

「ん?いや、違う違う!俺が行こうと思ったところにいつもお前がいるんだ!俺達、気が合うんじゃないかな~?」

「そんなことあるか、それに嘘付くなよ」


 僕は家に居たくなかったから、この暑いなかわざわざ外に出て、誰も来ない海の近くの駄菓子屋に来て、アイスキャンディーを買って食べていた

そしたらこいつ(名前は"悠一"っていう)が遠くから走って来て、僕の隣にわざわざ座ってきたって訳だ

「来るのは勝手だけど、もう少し僕から離れて。ただでさえ暑いのに、君がくっつくからもっと暑くなるだろ」

「ナニナニ?もしかして、俺がくっついてて照れてるの?やだ~優ちゃんったらカワイイ~!」


 (…本当にウザい…)


 悠一は高校のクラスメイトで、教室で一人で過ごしている僕にいつも声を掛けてくる、明るくてうるさい奴だ

 見た目もかっこいいし、誰にでも優しいからきっとモテているんだろう

(僕とは真反対の奴だ…)

 僕は暗くて面白味もない奴だし、見た目も悠一とは違ってかっこよくない

それに、誰にも優しくできないんだ


(他の人なら、きっと悠一と面白い話をして盛り上がれるんだろうな…)


 心が少しモヤッとした

 小学生の頃から色んな奴にいじめられてて、中学生の時に両親が事故で死んでしまっていた僕には、誰かに頼ったり甘えたりするのは無理だった

 ましてや、誰かを愛することだって

 だから辛くて、僕はずっと一人でこの世から去ろうとしていた

 ある時は、入水しようとした

 ある時は、首吊りをしようとした

 ある時は、手首を切ろうとした

でも、その全てを僕は未遂で終わらせていた

何故なら…


「いやー、それにしても本当にお前がいて良かったよ!今日もいい1日になるぜ!!」


 全ての行動を、この悠一が止めてくるからだ


 (何でなんだよ…)


 僕の中で、暗くて重い感情が溢れてくる


(何でこいつなんかに…何で、僕はただ…!)


「君なんか…」

「ん、どうしたの?優ちゃん」

「君がいつも僕のところに来なければ、僕は死ねたかもしれないのに!!」

「…………」

「いつもそうだ…!僕の死のうとするときに君は邪魔をしてくる!

海に飛び降りようとしたら、君は近くを散歩してたとか言って僕に近づいて話しかけてくる!

僕が家で首を吊ろうとしたら、君は家にやって来て下らない話を長々とする!

手首を切ろうとしたら、君は電話を掛けてきて学校であった下らない話をしてくる!

……どうしてなんだよ!何で君は僕を死なせてくれないんだ!」

「…だから、言ってるじゃん。気が合うから、たまたま俺が行く先にお前がいるんだって」

「嘘だ!そんな訳無い!…馬鹿にしてるんだろ?僕が誰とも仲良くできなくて、しかも死ぬことだってできないから!君みたいに、優しくなれないから!」

「………………」

「本当は!…本当は、僕だって君と仲良くしたい!話がしたいのに!…何で上手くいかないんだ…」

「おい」


-ギュッ

 悠一が僕を抱き締めてきた


「な…!は、離れ…」

「馬鹿なこと言ってんのは、お前の方だろ」

「え…?」

「俺はお前を死なせたくないんだ。誰よりもお前を愛してるから」

「……!」

「お前が死のうとしてる時に俺がお前の側にいるのは、俺の強い想いがそうさせてるんだ」

「それって、どういう…」

「んー、最初は本当に偶然だったんだぜ。散歩してたら、今にも海に飛び込みそうなお前がいて、なんだか嫌な予感がして話しかけてたんだ。

それでその時思ったんだ。『こいつ、またやる気だぞ。それだけは駄目だ』ってな。

お前を絶対に死なせたくなくて、ずっと側にいてやりたくて…

だから、お前が死なないように願い続けてたら、いつの間にか予知夢?みたいに、死ぬ前のお前が俺の頭の中に現れるようになったって訳よ!」

「何だよそれ…意味分かんないよ…」

「大丈夫だ!問題ない!だって俺にも分からん!!」


 悠一はそう言って笑った

何なんだよ、本当に…どうしてこんな僕を…


「何でこんな僕を君は怒らないんだ?」

「…え、怒る要素あったか?…強いて言うなら、もうちょい自分のこと大切にしろくらいしか言うこと無いけど?」

「…」


 …何も言い返せない


 僕が何回も自殺し損ねるのは、悠一の予知夢(?)のせいなのか…?そんなことってあるのか?でも、そしたら…


「もしかして…」

「ん?」

「今日君が僕のところに来たのも、その予知夢のせいなのか?」

「そうそう!なんか、こう…ビビッと来たのよ!嫌な予感が!昼寝してたけど、すぐに飛び起きて外に出たんだ。お前に会って、助けるために」

「やっぱり…厄介なものだな…」

「いや、俺にとっては神様からの大切な贈り物だぜ!こうしてお前を…大好きな人を救えるんだからさ」


(また言った…)

本気かも分からないし、「愛してる」とか「大好き」とかで僕は浮かれたりできない

そもそも、悠一にはもう…いるんじゃないのか?


「あのさ、気軽に僕に好きとか言わないでくれる?」

「気軽に言ってるつもりはないけど…、何で?」

「いや、だって…もういるだろ?彼女とかさ…そもそも男の僕に、好きとか言うなよ」

「お前勘違いしてるぞ?俺には彼女とかいないし、そもそも、俺は性別で好きとか嫌いとか決めてねぇーし!お前だから…お前が良いから好きだって言ってんの!」


悠一は顔を真っ赤にして、大きな声で言ってきた

 (嘘だろ…そんな…)


誰かに愛してもらえるなんて、好きになってもらえるなんて、僕にはあり得ないって思ってたのに

 体や頬が、急激に熱くなった


(暑いのは嫌いなのに…)


「僕は…」

「うん」

「僕は暑いのが嫌いで、夏とか無くなればいいと思ってた。暑いと汗が出てきて、嫌でも生きてるってことを実感させられるから」

「うん」

「向日葵畑を家族と一緒に見るのが凄く好きだった。父さんに肩車してもらってさ…凄い、綺麗だったな…」

「…うん」

「蝉を採りに行くのも好きだった。母さん驚かせるくらい採りに行ってさ…家中蝉の声でうるさくなって怒られて…」

「…うん」

「でも、その家族はもういないんだ…!僕が中一の時に事故で亡くなったから…!もう笑い合うこともできない、声も聞けなくなってしまった…!父さんも母さんも悪いことなんか何もしてないのに!」

「……」

「僕…!僕もう辛いよ…!」


 ボロボロと涙が零れた

誰かの前で泣くのは、きっと初めてだ

今までずっと我慢してきた辛さが、心の奥から溢れてきた


「優真」


悠一がまた抱き締めてきた

「本当に辛かったんだな…よく今までずっと一人で耐えてたな。苦しかったから死のうとしてたんだな」


(名前…優真って、呼んでくれた…?)


 初めてこの辛さを認めてもらえた気がした


「……君が…君だけは分かってくれるのかなって、初めて助けられたときに思った。こんな僕を大切にしてくれるのかなって」

「当たり前だろ?お前の…優真のことは俺が幸せにしたい。今まで一人で耐えてきたなら、それは俺も一緒に支えていきたい。お前が辛くなったらいつだって側にいるし、話を聞くよ。だから、もう自殺とか考えるなよ。俺は優真の心の支えになりたい」

「…本当にありがとう、僕も悠一が大好きだよ。だから、僕の側にいて。離れないで、一人にしないで…!」


悠一を抱き締め返したら、向日葵畑みたいな爽やかな笑顔で笑ってくれた



僕は、夏は嫌いだった。

でも、これから先、僕はこの暑さも向日葵畑も蝉の声も、そして悠一の声も凄く大好きになるだろう

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