お気楽フリーターは将来の夢を見るか?

城築ゆう

頑張れ!気弱な店長!

 私がおつとめ品のツナマヨおにぎりとインスタント味噌汁を食べ終わると、店長は待ってましたと言わんばかりにキーボードから手を離した。

「ちょっといいかな? 竹田たけださん名指しの『おきゃくさまこえ』が、また届いてるんだけど」

 気弱な中年おじさんの八の字眉。働き始めて三年と少し経ち、随分見慣れた。

「今度は『お褒めの言葉』ですか?それとも『お叱りの言葉』?」

「お褒めの言葉を伝えるときの顔に見えるかな?」

 店長は、『お客様の声』をエクセルにまとめる途中にそれを見つけたらしい。

お客様が匿名とくめいでお店に対しての意見や要望を書いた、その手のひらサイズの黄色い紙を、眼鏡を外して顔に近づける。

「これはまたものすごい字だ……。『四月二日 午後四時頃 十二番レジの竹田という店員 購入履歴を見てなれなれしく話しかけてきたので気分が悪いです』だって。心当たりはあるかな?」

 遠目に見て殴り書きとわかる『お客様の声』を、店長は丁寧に読み上げた。

 確かにカードやアプリの会員の購入履歴は記録されるようになっているけれど、その内容を確認できるのは社員さんの中でも限られた人だけ。

 バイトの私には、見られるはずもない。何の話だろう――。

 ――思い出した。多分、これ、一昨日おとといの話だ。

 たまに夫妻揃って来店される老夫婦が、その日は、奥さんが昼過ぎ、旦那さんが夕方に、とバラバラに来られた。

 ご夫婦はお二人とも確かに会員カードを提示したけれども、もちろん私は購入履歴なんか見ていない。

「旦那さんが怖そうで、奥さんが優しそうな、たまにお二人で来られるご夫婦……わかります?」

「……わからないなあ」

「そのご夫婦の奥さんが、サラダ油を買って行かれたんです。その数時間後に来店された旦那さんもサラダ油を買おうとされて。だから私、旦那さんに『サラダ油なら奥さんが先ほど買っていかれたので、いらないと思いますよ』って」

 良かれと思って。だって、サラダ油なんて何個も家にあったら邪魔だし。

「良いんだよ、ストックでも買っていかれたんでしょう」

 店長は、外していた眼鏡をかけ直し、エクセルに『お客様の声』の内容を転記する作業を再開した。

「あーそっか、うちのキッチン狭いから、二リットルのサラダ油二つあったら邪魔だなって思ったんですけど、大きいお家なら心配いりませんね」

 店長はまた手を止め、椅子いすを回転させて今度は私の方に体ごと顔を向ける。

「あのね、竹田さん。お節介はさておき、お客様はびっくりするんだ。自分や家族のお買い物を、事細ことこまかに覚えられてるだなんて思わないからね」

 私が短大生のときにこの『スーパーヴィチナート』でバイトをするようになって初めて、ほとんどの人は自分と比べると、全然他人の顔を覚えていない、というか全く他人に興味を持っていないということを知った。それに加え、良かれと思って口出ししたことが、感謝されたりうとまれたり、相手やその内容によって反応は色々だということも。

「お客様の声、お褒めの言葉獲得件数ダントツトップの竹田さんは、社長のお墨付きだよ。ただ、お叱りの言葉も同じくらいある。社長は気にせずこの調子で頑張って、なんておっしゃるけど、店長の僕はとても肝を冷やしてる」

 パソコンのすぐそばの壁には、『この街みんなのおとなりさん』と、ヴィチナートのスローガンを書いたA4の紙をラミネート加工したものがかかげられている。

 ヴィチナートの運営をしている『株式会社BB』の社長さんの直筆らしいそれは、上手くはないが下手でもない、独特な字で紙いっぱいに大きく書きつけられていた。

「でもほら、『おとなりさん』でしょ?」

私がスローガンを指差ゆびさすと、店長はわかりやすく嫌な顔をする。

「僕個人的には、竹田さんみたいな人情味溢あふれる親切な人はとても素晴らしいと思う。けれど、今のご時世そういうのをやってしまうと、クレームの対象になってしまうこともあるんだよね。今回みたいに」

 四十も半ばのおじさんに、来月二十三歳になる私が遠回しに時代遅れと言われるのは少し心外だ。

 けれども、困りきったたぬきみたいな顔を見ているとさすがに少し申し訳なさで心が痛んだ。

「はーい。気をつけます」

 わざと間の抜けた返事をすると、店長は眼鏡の奥で更にまなじりを下げ、諦めたようにパソコン作業を再開した。

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