回復職の悪役令嬢 エピソード1 私だけが転職方法を知っている

ぷにちゃん/MFブックス

プロローグ

 今日は有給休暇を使っているので、会社は休み。

 いつもより三時間も早く寝たけど朝はゆっくり起きて、のんびり朝食を堪能する。メニューは前から気になっていた高級食パンと、卵三個のスクランブルエッグ。それと砂糖たっぷりの紅茶。

 ん~~、ありえないほど優雅!

 朝食の後はささっと洗濯と掃除を済ませてしまう。これでもう、今日は一日何もしなくていい。

「社用のスマホの電源も切ったし、準備万端!」

 ベッドでごろごろしていると、ちょうどメンテナンス終了時刻になった。今回は新パッチがきていて、新しく〈最果ての村エデン〉が実装されるのだ。

 毎回パッチがくるたびに最高難易度! とうたっているけれど、数ヶ月もすれば攻略法も固まってくる。アイテムの入手方法や新要素などを調べ尽くし、ユーザーによって攻略ページが増えていく。その攻略には、実は私も加わっている。自分で言うのもあれだけれど、これでもちょっとは名の知れた古参プレイヤーなのだ。

「……でも、今回のパッチはいつもと違うっていううわさがあるんだよね」

 というのも、実装される〈最果ての村エデン〉は、女神フローディア関連だという噂がある。女神フローディアは世界の聖属性の最上位にいるキャラクターで、つまり、そんじょそこらのNPCノンプレイヤーキャラクター──プレイヤーが動かしていない、ゲームのプログラムで動くキャラクター──と一緒にしてはいけないということ。


 私が楽しく語っているのは、大人気ゲーム『リアズライフオンライン』──通称『リアズ』。

 米ゼロリアム社と日本ONIGIRI社がタッグを組んで開発した、世界発のVR型オープンワールドMMO。ゲームコンセプトは、『憧れた非日常の世界を全力で楽しむ』というもので、今や知らない人はいないほどの人気になっている。

 VRヘッドギアと指先に装着する両手デバイスがセットになった『リアズリンク』をつけてオープンワールドを駆け巡り、好きなことができる。それはのんびりした生活だったり、剣や魔法でモンスターと戦ったりと様々だ。

 スタート時の職業ジョブは〈ノービス〉から始まり、〈剣士〉〈探検者〉〈狩人〉〈魔法使い〉〈いやし手〉の基本職に転職することができる。ほかにも、一定の条件を満たすと転職できる〈闇の魔法師ダークメイジ〉〈じゅ〉〈忍者〉などの戦闘職、〈料理人〉〈細工師〉〈〉などの生産職、〈お手伝い〉〈吟遊詩人〉などの支援職もある。さらに、全プレイヤーからたった一人しかなれないユニーク職もあるのだ。

 しかもゲームはまだまだ謎が多く、毎日のように新発見がSNSに投稿されている。


「さてさて、ログインを──っとおぉうっ」

 リアズリンクを起動したら『メンテナンス延長』の文字。いや、うん、大丈夫。わかってた。絶対に延長するだろうなってわかってた。もちろん終了時間は未定です。いつものことです。ちなみに終了時間未定の場合は基本的に半日以上かかる。

「だけどこんなことは想定済み! なんと明日も有給を取っている!!」

 ……でも、ちょっとくらい期待を持ちたかったんだよ……。

 仕方がないのでPVを見て、今回の新パッチの予習をすることにした。リアズリンクはゲームに接続していなくても、ネットの閲覧やチャットなどのコミュニティを利用することができる。

「あれ? 公式から新しい動画が出てる! チェックだ!」

 再生すると、ダンジョンで戦う様子が映っていた。

「お~、これはありがたい」

 私は回復などを行う〈アークビショップ〉なので、モンスターの対応など一通り把握していないといけない。でないと、立ち回りの仕方がわからずパーティが全滅してしまう。

「うーわ、新ダンジョンのモンスターえっぐ!!」

 前回公開されたフィールド動画のときも同じ感想を口走った気がする。〈最果ての村エデン〉から船に乗って行けるダンジョンが二つあるのだが、今回はそのうちの一つの動画だった。

 ドレスを着た黒いゴーストが微笑ほほえみ、くるくる踊るように黒炎の攻撃を放つ。それを食らったプレイヤーのHPが70%ほど減っている。

「えっっっぐぅぅ……!」

 出現するのはほとんどがアンデッド系で、物理攻撃が効かないモンスターも多そうだ。そのくせ魔法耐性はそこそこ高いので、高火力がなければ倒すのも難しいだろう。

 前衛の人数は抑えて、魔法系の後衛を増やして攻略するのがいいかな? だけど最初だから、盾持ちを多めにして安定性を重視する選択もありだと思う。回復も私一人だけじゃなくて、ほかにもいた方がいいかもしれない。

 ん~~、悩ましいね。

 ログインしたらいつものメンバーがいるだろうから、まずは様子見っていうところかな?

「あーあ、早く遊びたいな~」

 コミュニティを確認してみるも誰もいなかった。きっとメンテが長時間終わらないことを悟って、各自好きなことをしているのだろう。だけどそのくせみんな情報が早いので、メンテが終わるとすぐに接続してくるのがいつものパターンだ。


 私はリアズリンクを外してベッドから起き上がった。このまま寝転んでいたら普通に夜まで寝ちゃいそうだ。……夜まで寝てもまだメンテしているだろうけど。

「あ……」

 ふいに、棚に置いてある『リアズラブ』が目に入った。これは『リアズライフオンライン』のスピンオフの乙女ゲームだ。シナリオに登場するNPCの男キャラの人気が出て、乙女ゲームになったというちょっと珍しいパターン。

 世界観が同じなのでプレイはしてみたけれど、私はやっぱり『リアズ』の方が断然好きだ。

 個人的に『リアズ』のいいところは、戦闘や多彩な職業ジョブもそうだけれど、ゲーム内の景色が幻想的で美しいところ! 作り物なのでさすがに現実世界には負けてしまうけれど、映像クオリティとしては高い部類に入ると思う。

 ……私がこんなに『リアズ』にはまったのは、学生時代に足をしてしまったからだ。陸上をやっていて、とにかく走ったりすることが大好きだった。今のところ日常生活に支障はないけれど、もう昔みたいに全力で走ることはできない。

 だから私はいっそう『リアズ』の世界に引き込まれているのだろう。

「いつか『リアズ』の世界を実際にこの目で見られたら……と思うけど、さすがにゲームの中じゃ無理だもんね」

 世界の大自然を巡れば似たような風景はあるかもしれないけれど、残念ながらゲーマーに大自然に挑めるだけの体力はないのだ。


「さて、珈琲コーヒーでもれて掲示板のチェックでもしようかな」

 公式から新しい動画が出たので、きっとメンテ延長の愚痴以外の情報交換もされているはずだ。米ゼロリアム社は情報ろうえいにとても厳しいこともあり、おそらく公式動画以外の新情報はないだろうけれど、新しいマップやモンスターの話や、どんな攻撃をしてみようかとか、装備は何がいいとか、そんな内容を話すだけで楽しい。

「ふんふんふ~ん♪」

 我が家に本格的な珈琲マシーンはないので、鼻歌交じりでインスタント珈琲を用意する。あとはお茶請けがあれば完璧だ。

「そういえばおせんべいがあったはず」

 珈琲に煎餅かい! とツッコミたいところだが、しいものは一緒に食べても別々に食べても結局美味しいのだ。

「確か棚に……あっ」

 お煎餅を取ろうとしたら、棚から『リアズラブ』のパッケージを落としてしまった。いけないいけない。時間はあるし、休憩のあとで棚を整理をしようかな? そう考えながらパッケージをベッドにぽんと軽く投げると、リアズリンクの上に乗ってしまった。

「わわっ! 壊れては……ないね? よかった」

 リアズリンクは精密機械なので、乱暴にして壊れてしまったら大変だ。新パッチ直後にリアズリンクを壊してログインできませんなんて言ったら、仲間全員に怒られてしまう。ちなみにリアズリンク、お値段はなんと八万九〇〇〇円なり

 私はお煎餅を食べながらスマホを起動し、『リアズ』の掲示板を見る。

 ほとんどの人が「新ダンジョンは魔法一択でしょ」とコメントしている。そこに反論しているのは、物理攻撃がメインの人たちだ。属性武器があるから戦力になるし勝てますと書いてある。

「ん~、間違ってはないけど魔法ばっかりの狩りは単調になりやすいからなぁ……」

 物理攻撃がメインの場合、どんな装備にするかはしっかり考えた方がよさそうだ。属性武器にしちゃうと全体的な性能が落ちる。かといって、武器に属性を付与しながら戦うにはアイテムの消費が結構大きい。無理やりお金で勝つスタイルだ。

「ん~、思いついたことは全部やってみてもいいかもね」

 私は支援のことも考えないといけない。狩場によって必要なスキルや補助アイテムが変わるので、すぐ準備できるようにしておきたい。

 基本的な消耗品は倉庫に入ってるから大丈夫だと思うけど、状態異常があるかもしれないからそっち系のアイテムはいつもよりたくさん持とうかな?

「あとは…………」

 私は狩りのシミュレーションをしながらメンテが終わるのを待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る