サブ7 切り札は常に手の中に
第1話
「え、何あれ?」
エーシスが不思議そうな顔で目の前に起きた出来事に疑問を抱く。
まぁエーシスの趣味って大体共通点があって、基本的にキャラの服装がエーシスの琴線に触れるのが条件。あとは同姓異性問わずの恋愛雑種も一つの共通点か。今はBLに傾倒しているようだけど。
「あれは混沌王のデュエル風景だね」
「こんとんおう?」
「所謂カードゲームコンテンツだよ」
僕の言葉にエーシスが首を傾げる。
まぁエーシスが目の前の状況に理解が及ばないのも無理はないだろう。上記の好みからあまり戦略物……それもカードゲームに触れてこなかった人間だし。
《確かこサギとヤスがやってたゲームデス》
「そうそうそれそれ」
ティル・タルンギレの旅館で二人がやってたのも混沌王だ。
「こんばこのコンテンツって色んな企業と提携して実装されているものもあるんだけど、その中にとある会社とコラボした結果コンテンツが誕生することもあるんだ」
元はコラボという形で期間限定実装のはずが、ユーザーの強い要望によって正式コンテンツになったものがある。
それが混沌王カオス・イン・ザ・カード。
現実世界で有名なカードゲーム会社である『株式会社クリティカルダイス』。
その会社がこんばこ専用オリジナルカードゲームを実装したけど、それがまさかの大ヒット。今や数あるコンテンツの中でもかなり有名なコンテンツの内の一つと評されているほどだ。
:確か先日混沌王の新弾が出て、新規取り込みのためのPRが今日やるって話を聞いた気がする
:そうか、宣伝はジャッジ君がやるのか
:本当に子供なのに公式デュエリスト任されてる天才デュエリストだからな
「ほーん」
「興味なさそうだね」
「まぁ今まで触れてこなかったからねぇ」
確かに今更説明されても食いつかないか。
そう思った時だった。
「話は聞かせてもらったぜ……!」
『!?』
広場に集まっていた人々に宣伝活動をしていた奇抜な髪形の子供……ジャッジ君が突如として僕たちのところに来たんだ。
「混沌王に興味がない!? それは勿体ないぜ!」
「え、そんなに?」
「混沌王をやらないなんて人生の二十割損してるようなもんだぜ!」
「来世の分まで含めてる?」
ある意味子供らしい言い方だなぁ。
「混沌王とはデッキの情熱、魂を互いにぶつけ合い……相手のメンタルを削り切って心を折れさせるゲームだぜ!」
「前半と後半で陰陽網羅してるけど大丈夫?」
事実とは言えあまりにもあんまりな要約にエーシスがツッコミを入れてる。
当然困惑しているエーシスに対して、僕の印象込みでもう少しだけ補足しておこう。
「混沌王って一人の作家としてライバル作家と人気を争うって感じで対戦するんだよ」
キャラを出して、良いシチュエーション持たせて、それによって強化された攻撃力で相手のメンタル――つまりHP――を削るのが一連の流れと言ってもいい。
「なんか下手すれば闇が出てきそうな設定だね」
「僕もそう思う」
《人間の争いはかくも混沌としているデス》
「おっと小難しい話はこれ以上やめるんだぜ!」
アッハイ。
「それにしてもよく分かってるんだぜ! ひょっとしてアンタもデュエリストか!?」
「いや僕は配信で知ってるだけで……」
「ならあとは最後の一歩だぜ!」
そう言ってジャッジ君は僕、エーシス、マナナンのそれぞれにデッキが入ったパッケージを渡してきた。
「これは?」
「入門用スターターデッキだぜ! もう既にデッキが構築されてるからいきなり始めても問題ないぜ!」
そして続けて僕たちに通知が入る。
『混沌王カオス・イン・ザ・カードを入手しました』
『ジョブ:決闘者の習得条件を満たしました』
『ジョブ:決闘者を習得しますか?』
料理人以来の通知を聞いているとジャッジ君が声を掛けてくる。
「当然デュエルするにはジョブを決闘者に設定しないと対戦ができないぜ! 是非アンタたちに決闘者のジョブを習得して欲しいぜ!」
「わー強引」
「まぁまぁいいじゃないか。ジョブは習得すればするほどゲームの中でできることが増えていくんだから」
《わっちゃあは決闘者になったデス》
ごめん、確かにその通りだけどマナナンが言うとちょっと可愛さの中に物騒さが芽生えたみたいな感じで笑う。
『ジョブ:決闘者を習得しました』
『ジョブをジョブ:決闘者に変更しました』
よし、これで僕も混沌王をプレイすることができるようになったぞ。
「デュエリストになったな! ふいんきで分かったぜ!」
「えーと……よし! 私も決闘者? ってのになったよ! それで? これからどうすればいいの?」
「簡単な話だぜ! デュエリストは惹かれ合う……デッキを持ったデュエリストが目が合えばデュエルの合図なんだぜ!」
「そっかぁ」
そこら辺のお約束はエーシスには通じなかったようだ。
取り敢えずエーシスの相手は同じ初心者の僕で行こう。配信で見てデュエルの流れは分かっても実践は別だからね。
「やり方は簡単! お互い対面の状態で十メートル以上離れて、デッキを構えて叫ぶんだぜ! 『デュエル!!』と!」
「行くよエーシス!」
「ばっちこーい!」
『デュエル!!』
その瞬間僕とエーシスを中心に対戦フィールドが展開されていく。僕たちの目の前にカードを置くための半透明なテーブルが浮かび、僕たちはその上につい先ほど渡されたデッキを置いた。
するとデッキが自動的にシャッフルされ、デッキの上から五枚カードが引かれて僕たちの目の前に現れた。これが僕の初手の手札か……。
「今やってるビギナーズルールはそれぞれ相手のメンタルを20ポイント先に削り切れば勝ちだぜ!」
因みにスタンダードルールだとメンタルポイントが40になるよ。
『ランダムで先攻後攻を決めます』
『エーシスが先攻になりました』
「あ、私が先攻?」
「先攻を取った最初のターンはカードを一枚ドローできないぜ! そのまま手札にあるカードだけで展開するんだぜ!」
「といってもやり方が分からないよ!?」
「先ずはキャラクターカードを登場させるんだぜ!」
「キャラクターカード……? あ、これかぁ!」
手札の中にキャラクターカードがあることを見つけたエーシスが行動する。選択すればカードが自分の役割に応じた場所に移動してくれるため迷うことはない。
「私は『可能性のモブA』を登場させるよ!」
「モブA……何も設定が書かれてないキャラか」
昨今では珍しい無設定のカードだ。
「キャラクターカードは原則自分のターンに一回だけ登場させることができるんだぜ! これを『一般演出』と呼ぶぜ!」
「え、これ以上キャラ出せないの!?」
「出す方法は他にもある! だがそれは今じゃないぜ!」
そこら辺説明すると長くなるからね。
「カードは他にもシチュエーションカード、ジャンルカード、ハプニングカードとか色々あるぜ! 先ずはカードに書かれてる設定を読み込んで使うんだぜ!」
「えーと……よしじゃあ私はこれで! ジャンルカード『学園ガックイェーイ』を展開!」
その瞬間、僕たちがいるフィールドが学校の教室になった!
「因みにエーシスのデッキは『学園物デッキ』だぜ!」
《学園物デス?》
「キャラ同士の青春、関係性によって性能が変わるカードが特徴のデッキだぜ!」
「えーと……ジャンルが学園と名の付くジャンルになっている場合、私はこのカードの設定を開示するよ!」
そうしてエーシスが出したカードは美少女のイラストが描かれたカードだ。
「『転身! 高嶺のフラワー・マイカ』! ステージゾーンにいる『可能性のモブA』は努力によって高嶺の花になる! モブAを使用済みゾーンに置いて、手札からマイカを『特殊演出』!!」
「いきなり特殊演出!?」
それは一度きりの一般演出権を使わずに、カード自身の設定でステージゾーンに登場させることができる登場方法だ。
この方法なら何回キャラを登場させても大丈夫!
流石僕の妹だ、理解が早い!
「これで攻撃力1のモブAは攻撃力5のヒロインに生まれ変わったよ!」
:攻撃力5に耐久力3のマイコか
:まぁ入門用だし
:おいおい水を差さないの!
:すまんぬ
「だが先攻1ターン目は攻撃できないぜ!」
「じゃあこれでターンエンドかぁ……」
これでエーシスのターンは終わり。
次は僕のターンだ!
「僕のターン、ドロー!」
引いたカードは可能性のモブAか。やっぱり入門用のデッキだからか、共通のカードが入れられてるね。
「因みにエーシス」
「なにー?」
「僕が受け取ったデッキは『恋愛物デッキ』だよ」
「恋愛物……? これってデッキ逆じゃない?」
「か、可愛い方に渡せって先輩が言ってたんだぜ……!」
:草
:小学生から可愛いって認識されてるセンリちゃん
:こーれジャッジ君の性癖が手遅れです
「またか! またお兄ちゃんは妹の私に美少女マウントを取るんか!」
「だから僕は男だってば!?」
「――え!?」
そんな僕の言葉にジャッジ君が驚いた顔をした。
:アカン
:聞こえましたでしょうか
:あぁ聞こえたな
:『何か』が壊れた音が――!
「取り敢えず、僕は手札からシチュエーションカード『始まりの曲がり角』を展開!」
「始まりの曲がり角!?」
このカードは相手ステージゾーンにキャラクターカードが存在している場合にシーン展開できる! これによって僕は手札からキャラクターカードを一般演出権の行使なしで登場させることができるんだ!
「この設定によって僕は手札から『可能性のモブA』を登場させる! 更に僕は、僕のモブAとエーシスのマイコを対象にシチュエーションカード『恋するコンタクト』をシーン展開する!」
◇
私の名前はマイコ。
学園ガックイェーイの新一年生。
中学校の頃の私はいつも地味なモブだった。
でも今は違う、私は生まれ変わったの!
それが私、高嶺の花のマイコよ!
でも――。
「いたっ!」
「うわっ!?」
ある日、通学途中の曲がり角で私は一人の男子生徒とぶつかってしまった。思わず尻もちをつきそうだった私をその男子生徒が支える。
「ご、ごめん……大丈夫?」
「え、えぇ……ありがとう」
その男子生徒はモブ顔だった。
何も特徴がなさそうな普通の男子。
でも何故だろう……普通の顔だというのに、その優しそうな顔で語りかけてくると何故か心臓がドキドキしてしまう。
違う、私は高嶺の花。
相手はモブ。
そう、私はモブから脱却したの!
「あ、頭にゴミが付いてるよ」
「あ」
だというのに、どうして?
相手はモブなのに、モブらしからぬ優しさで接せられると――!!
「それじゃあ先に行くよ!」
「待っ――」
どうしよう……私。
私の学園生活……いったいどうなっちゃうの~!?
◇
「なんか寸劇が始まったけど、つまり! シチュエーションの対象になってしまったエーシスのマイコは、僕のモブAがいる限り攻撃力は0になる!」
「えぇ!? 高嶺の花がチョロインになった!?」
といっても0になるのは攻撃力の方だ。
マイコの耐久力は3のままだし、モブAだと三回攻撃しないと倒せない。マイコを倒さない限りはエーシスのメンタルをブレイクさせることもできないんだ。
「まだまだ行くよ!」
「お兄ちゃんには負けないからね!!」
――その後。
嫉妬に狂ったモブAが攻撃力を上げる包丁を装備してマイコを刺し殺し、最終的に僕が勝った。いやぁ~面白かったなぁ!
「こんなんクソゲー!!」
妹の負け惜しみが心地良いね!
「うん……! これでまた新しいデュエリストが増えたぜ!」
だけど僕たちは知らない。
「な、なんだそのカードは……!?」
『……くっくっく』
「ぐわーっ!?」
初めてのデュエルで一喜一憂していた僕らを余所に……謎の魔の手が広がっているという事実に――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます