インタールードその6

第1話 もう一人の社長は〇〇〇オタ

 株式会社ゾーンリンク。


 元はゲーム会社として設立された会社だが、ゲームを開発するよりも先にVR機器を開発した規格外な会社だった。

 人間の脳波を完璧に解析して作られた『ヒュプノスシステム』。そしてそれを取り入れた世界初の睡眠型VR……商品名『VRリンク』を開発したことにより、世界は今やVRによって発展した。


 VR映画館。

 VRショッピング。

 VR医療トレーニング。


 現代では普通の光景となったそのどれもが、株式会社ゾーンリンクが開発したVRリンクによって普及していったのだ。

 そんな本社のオフィスにて、新入社員が集まってオフィスの休憩室を占拠する一人の女性に対して話し合っていた。


「えっと……あの人って確か」

「でも入社式で見たのとは結構別人じゃない?」

「いやでも……」

「あれ、あなたたちここで何をしているのです?」

『あ!?』


 突如として掛けられた声に驚き、目を見開いた表情で後ろを見る。するとそこにいたのは社長秘書をしている真田秘書という女性の姿だった。


「いや、えーとその……」

「? 取り敢えず社長を見掛けませんでした?」

「しゃ、社長ですか……多分、あそこじゃないかなぁって」

「え?」


 そう言って新入社員が指を差す方向に目を向けると、そこにはボサボサの頭、ジャージに白衣といった出で立ちの女性が、ソファーに座りながら、空中に投影されているホログラムウィンドウを弄っている姿があった。


「ここが……こうで……こう」

「……

「あぁ……いいね」


 深い隈が目立つ目をキラキラさせながら見る彼女。その視線の先では無数の画面が次々に流れていく異常な画面があった。


 そう。


「リワードの検証を百二十五件完了……エクストラリワード三件、リワード五十件、その他はリワードの基準に満たない論文諸々……修正改良案を提示して再申請のメールを送信、っと……」


 社長と呼ばれたこの女性。この女性こそが株式会社ゾーンリンクの社長、あら日都ひと神奈かんな社長だ。


「また社長自らがリワード検証ですか? そういうのはそれ専用の部署に任せた方がいいとあれほど……」

「やだ……こんな楽しい仕事、他の人にやらせたくない」

「どんな駄々ですか」


 いくら尊敬する会社の社長であっても目の前の自由奔放さに呆れてしまう。

 頭を抱えながら二十代という若さで社長秘書に伸し上がった秘書が改めて自社の社長を見る。


 実年齢四十過ぎ。

 ただし外見二十代みたいな詐欺。

 ジャージの上に白衣という出で立ち。


 猫背や目の隈、オタク気質などの諸々の残念ポイントから目を逸らせば完璧なスタイルを持つ美魔女がこの株式会社ゾーンリンクの社長なのだ。


 うん、世の中おかしいだろう。


「おい今私の年齢のことを考えたな……? よろしい、ならば戦争だ……今からスマブ○持ってくるからそこでボコス」

「リワード検証中なのにどうやって対戦をするのです?」

「足で……」

「絶対足攣りますよそれ」


 社長の馬鹿な発言に秘書がため息を吐く。

 そんな彼女たちのやり取りを見ながら、新人社員たちがより騒がしく目の前の光景について話し合っていた。


「や、やっぱりあの人が社長だったんだ!」

「え、入社式だとビシッてスーツ着てたじゃん!」

「憧れだったのに……」


 新入社員からの株価暴落が著しい。


「……社長……どうしてくれるんですか」

「え……なにが……?」

「……はぁ」


 駄目だ、この人は私がいないと駄目になる。そう妙に不安になる考えをする真田秘書であった。


「ところで何の用?」

「あぁそうでした。私明日から有給休暇取りますね」

「そんなわざわざ報告しなくても……」


 株式会社ゾーンリンクは社員アプリのスケジュールに有給を記入するとその場で明日から休むことができるのだ。申請も確認も調整も必要ない。AIがその間の仕事を担うというシステムがあるからこそ可能な方法だ。


「いいえ、わざわざ伝えないと社長が駄目になるじゃないですか」

「秘書からの信用がガタ落ちだぁ……」

「仕事のやりすぎで病院に運ばれたの誰でしたっけ。それも数回やったからこの建物に医療センターを増設したじゃないですか」

「福利厚生大あっぷ」

「その前にご自愛しやがれください」


 娯楽を消費し、娯楽を量産する現代社会において人々は取れる選択肢も時間も圧倒的に足りない。そんな中、サポートAIを作成した現日都社長の功績がいったいどれほどのことなのか。

 VRリンクとAI技術の二つでエクストラリワード二つと言っても過言ではないのだ。そんな世界を変えた技術者を過労程度で失わせたくない。


「あれが現日都社長かぁ……」

「ゾーンリンクってホワイトのイメージあったけど、社長からしてブラックなんじゃあ……」

「そこの君たち……」

『あ、はいぃ!!?』


 株が下がり過ぎてこの会社に入社した新人たちが労働環境に危惧していると、現日都社長が新入社員たちに声を掛ける。


「大丈夫……!」


 そう言って、サムズアップ。

 現日都社長のターンが終了した。


「……え、それだけ!?」


 そんな社長の一言に混乱する彼らに真田秘書がため息を吐きながら説明係を交代する。


「私が詳しく説明しましょう。入社する際に確認したかと思いますが、あれらの労働条件や環境は全て事実です」

「え、でも社長が……」

「社長は別です。この人ワーカホリックなので。その上で言います。新入、ベテラン問わず最高の労働環境と福利厚生が揃っているので心配しなくていいです」

「まぁ忙しい様子の社長に有給休暇の報告してるしな……」

「え、じゃあ――」


 新入社員の一人が確認するように叫ぶ。


「完全リモートワークも!?」

「可能です」

「完全週休五日に変更とか!?」

「可能です」

「映画館見放題とか!?」

「それに加えてシアター施設ありますよ」

「サウナとか!」

「春夏秋冬リゾートパークあります」

「有給休暇!」

「さっき話しました」

「海外旅行!」

「無料です」

「時給!」

「数万超えます」

「食堂!」

「世界各地の美食コンプ」

「図書館!」

「ロボット!」

「サバゲ!」


「全部揃っております」


『す、すげぇ……!!』


 あまりのホワイト待遇に新入社員が戦慄する。いいのかこんな条件で。いいのかこんな環境で。だがそんな彼らに秘書は微笑む。


「あなた方は我が社の社員として選ばれたのです。だからそんなあなた方に対する最上級の待遇を用意するのも私たちの義務なのです」

『お、おぉ……!』


 そんな彼らに現日都社長がホログラムウィンドウから目を離さずに言う。


「我が社は超絶ホワイト……大いに遊び、大いに学び、世界に娯楽を満たして欲しい。そんな君たちに私たちは期待している……あっこの申請は駄目だ却下しよう」

「どんな問題技術が?」

「大量破壊兵器を個人で作れる技術……娯楽じゃないからエンフォーサーズを動かす」 

「じゃあこっちでやります」


 えぇ……? と微かに聞こえた問題発言に新入社員たちが顔を引き攣る。

 取り敢えず一旦先ほどの発言を忘れることにして……新入社員の一人が恐る恐る現日都社長に質問をした。


「あの、社長なら仕事を全部AIに任せることができるのにどうしてしないんですか?」

「ん……そんなこと?」


 かつてAI技術は人々の仕事を奪うと懸念されてきた。だけどこうして娯楽狂いと彼女の活動によって娯楽社会となった今の世界では違う。


「ならもう一回言おうか……他の誰かに任せたくないからだよ」

『……っ』


 仕事すら娯楽となった世界。

 そんな世界で、彼女はどこぞの娯楽狂いと同じく、目に狂気を宿しながら彼らにそう答えたのだった。


 そして現日都社長が続けて言う。


「そう言えば新しい技術を思い付いた」

「またですか? いったいどれだけエクストラリワードを量産するつもりです?」

「今度はリワード」

「同じことです……」

「これでまた世界に発展が……広がりんぐ」

「進化に発展……本当社長好きですね」


 そんな秘書の言葉に、現日都神奈社長が微笑んだ。


「これが私のだからね……」




 ◇




「――ということがあったけど……流石に働き過ぎと秘書に言われたので、こうして美味しいと評判のラーメン屋に来たのだった……」

「はぁ……」


 うん。それでも聞くよ?

 なんでゾーンリンクの現日都社長が僕の隣にいるの?


「見ず知らずの人からの話を聞いてくれそうだから……」

「遺憾の意」


 ジャン流と関わって以来、外食に積極的じゃなかった僕は外食に興味を示すようになった。なのでちょっと遠出して美味しいと評判のラーメン屋に行ったんだけど……何故か隣に変な女性がやってきて自分語りを始めたのだ。


「それがまさか本当に現日都社長だったなんて……!」

「うむ……うみゃい……」

「気になってラーメンに集中できない……ズズ」

「普通に食べてるじゃないかい嬢ちゃん」


 大将、ちょっと黙ってて。


「モグモグ……君って確かセンリっていうプレイヤーだよね」

「モグモグ……あ、はいそうです」

「モグモグ……うむ、いつも配信を見てるよ」

「まるであっさり醬油ラーメンみたいに重要な話を流すねこの人たち」


 大将、ちょっと黙ってて。


「楽しんでてくれてこちらも嬉しいよ」

「……こっちもプレイして楽しいです」

「苦しゅうないぞよ」

「なんだいその口調」


 大将、さっきからツッコミを入れてくるせいで僕がツッコミを入れる隙がないんだけど。そんな大将の出しゃばりに疑問を抱いていると、現日都社長は何かを思い返すように語り始める。


「娯楽を世界に満たす……アイツの言葉に脳をやられてな」

「アイツ……娯楽院社長ですか」

「今はそんな名前だった」


 改名届け出してたもんね。


「アイツの言葉、情熱は本物だ……私も娯楽で満たされていく世界を見てもう娯楽抜きで生きられない体になった……」

「そうですか……」

「なので私も娯楽を楽しもうとね……それでこんばこの世界に『リアルパートナー権』を報酬としたサブクエを入れたのだよワトソン君」

「……そうですか」


 持ってます。

 それ持ってますよ社長。


「まさか君が手に入れるとはね……娯楽に愛されてるよ君」

「社長に言われるとちょっと複雑ですね」

「なんで」


 だって娯楽に人生捧げてる人の言うことだから……。まぁそんなことは思っても言わずに、心の内に留めておくけど。


「あの、質問をしていいですか?」

「いいぞよ……」

「なんでそういう報酬を?」

「これには私の野望が関わっているのだよ……」

「や、野望ですか……」

「そう――」


 まるでどこぞの娯楽狂いのような狂気を宿した目でこちらに向きながら、熱に浮かれたような様子で答える。




「――この世界をロック○ンエグゼみたいな世界にするという野望がね」




 あっやっぱり狂ってるねこの人。




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 あとがき


 娯楽院社長

 世界を娯楽で満たしたい狂人。

 娯楽=世界平和と信じて疑わない。


 現日都社長

 娯楽院社長の誘いによって脳を焼かれた人。

 技術によって世界が発展=娯楽と認識する狂人。

 重度のロックマンエグゼオタク。

 ただし6で完結してそのままにして欲しい気持ちと続編を出して欲しいという二つの心がある。


 リアルパートナー権

 つまりロックマンエグゼでいうナビ。

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