後日談 ドクターサザナミは趣味に走る
「おぉ、おぉ……!」
画面に映る光景に、一人の白衣を着た老人が声を震わせて歓喜していた。
「ついに、ついに果たしたな!」
白く清潔な空間に機械仕掛けの最先端設備が静かに駆動している。一見、科学者が見れば垂涎の環境。だがここに窓はなく、この部屋へと通じる入口は一か所だけ。それも外から鍵が掛けられており、中から出ることはできない。
最先端設備が広がる広い部屋の中で、自身が生活するスペースは一角のスペースのみ。誰の目から見てもそこに自由はないと感じる空間だった。
「見たかクソ社長め! これが報いじゃっ!」
そう、その老人はある人物の目的のためによって監禁されていると言ってもいい扱いを受けていた。
彼の名前は
日本が誇るロボット工学の第一人者にして、ある時期に某国の会社の社長に誘われ渡航し、そのまま音沙汰が消えた人物だった。
だがその苦労も、今日この時に終わる。
「ドクターサザナミィィィ!!!」
発狂しながらサザナミ博士がいる部屋に男が入って来た。彼こそが某国に本社を構えるサイモンズ・インダストリーの社長、サイモン・ドリタスだ。
「貴様どうやってRBF大会に参加した!? VRを支給していないどころか、この部屋はあらゆる通信から隔離されているはずだ! 答えろドクターサザナミィッ!!」
唾を飛ばしながら詰め寄るサイモン社長に嫌な顔を見せながら、サザナミ博士は意地悪そうな声音で答える。
「ワシはその大会とやらには参加しておらんが?」
「ふざけたことを抜かすなぁ! 私は聞いたぞ! 貴様の声で私を嘲る忌々しい言葉の数々を! この私にふざけた言葉を発するのは貴様しかおらんではないか!」
「ほう、そこまでやってくれるか……流石じゃな」
「貴様は何を言っているんだ!?」
白々しい態度にサイモン社長が怒り狂う。そんな彼の反応を楽しんだ博士は、そろそろかと思い事の真相を話し始めた。
「ワシが参加しておらんのは事実じゃ」
「だからふざけたことを抜かすなと――」
「あの時貴様が見たワシは……ワシの人格を複製したNPCじゃったからな」
「――言って……は?」
突如明かされる事実にサイモン社長の思考が真っ白に染まった。
「N、PC……?」
「博士ー?」
博士の言葉にサイモン社長の脳が処理しきれないでいると、入り口から見知った声が響いてきた。
「おぉリーファちゃんじゃないか!」
「博士のお客さんが来たから連れて来たよー」
リーファ・ドリタス。『こんばこ』の中で四天王最賢と謳われたラファの、現実での名前だった。
「――お久しぶりです、博士」
「おぉ、おぉ! よぉ来てくれたのう!」
「だ、誰だ貴様らは!?」
サイモンズ・インダストリーの中で機密として扱われるサザナミ博士の部屋に、突如として見知らぬ武装集団が入ってきたことにサイモン社長が驚く。そんな社長に、中心人物と思われるスーツの男性が答えた。
「私たちは株式会社ボックスエンターテインメントソフトウェアの特殊実動部隊『エンフォーサーズ』……その代表である私のことは、コードネームである『ゴクラク』とお呼びください」
「な、なんだそれは……? っ、おい警備員! いや誰でもいい! こいつらを追い出せ!!」
嫌な予感をひしひしと感じさせながらも、サイモン社長は部外者であるエンフォーサーズとやらの武装集団を追い出そうと無線を使う。
しかし。
「おい、聞こえないのか!? 誰かいないのか!? 早くこいつらを追い出せと言っているんだ!」
「無駄だよーパパ」
「リ、リーファ……?」
「もう彼らが来た時点でパパは終わったんだよー」
娘の言っていることが分からない。いや理解を拒んでいるのか。それを薄々自覚しているせいか、サイモン社長は顔を蒼褪めていく。
「貴様らはいったい、何が目的だ……?」
「それは勿論、博士との契約を果たしに来ました」
「け、契約……?」
「『リワード契約』ですよ」
「っ!?」
あのゲームをやっている人間でリワードを知らない者はいない。ゲーム内に登場するリワードは全てリワード提供者が提供していた。ならばゴクラクという男が言う博士との契約とはつまり。
「な、なにを渡した?」
嫌な予感が社長の心をざわつかせて、最悪の想像が社長の脳裏に過る。ゆっくりと博士の方へと向き、顔を引き攣らせながら願うように問う。
「貴様はこいつらにいったい何を渡した……!?」
そんな社長の問いに、博士は口を開いた。
「――ワシの技術、その全てじゃ」
端的に発せられる言葉。まるでなんでもないかのように淡々と発せられたその言葉に、一瞬脳が理解を拒む。
首を傾げ、そして徐々に理解が及んでいくと。
「……はえ?」
呆然と、声が漏れた。
「ワシが培ってきたロボット工学の全てをリワードとして彼らに提供した! それでエクストラリワードになるのは予想外の結果じゃったがな!」
「ご謙遜を。博士ほどの方ならエクストラリワードとして認定されるのは当然の事かと」
「がっはっは!」
「ふ、ふざけるなああああああ!!!」
腕を振り回して発狂するように雄たけびを上げる社長。
「わ、我が社の財産を! 我が社の未来をこんな訳分からん者どもに渡したと言うのか貴様ぁ!!」
「そんな訳分からん会社が運営する大会の賞品を、これまで独占してきた貴方が何を言う」
「うるさああああああい!!!」
ゴクラクの正論に社長がぶちキレる。
「そもそもこの会社の財産とは認めておらんし、書面とかにサインもしておらんが」
「うん、私もそういう書類見たことなーい」
「どうしてこんなことをしたああああ!? 良いから早く答えろドクターサザナミィィッッ!!」
最早何も聞こえていない。
そんな彼の様子を見て、溜め息を吐いた博士はついに事の真相を語った。
「だって一向にワシに好きなロボットを作らせてくれんもん」
「――……はぁ?」
あまりに予想外で、予想以上の幼稚な理由に社長は変な顔を浮かべた。
そんな社長を見て、博士はまるで堰き止めていた不満が爆発するように言葉を発する。
「同志じゃった前社長はワシと共に理想のロボットを作り上げると誘ってくれた! じゃが彼奴が病で亡くなり、代わりに就任した貴様はワシの技術目当てのためにこのような部屋に監禁したのじゃ!!」
最初は亡くなった前社長の想いを汲んで、この会社を大きくしたいという思いに素直に従った。
より効率的に、より合理的にと突き詰めたロボットを作るのは別に何とも思わなかったが、最早性能を上げる余地すらなくなった『自称最適解』にひたすら拘る社長に博士は辟易としたのだ。
「来る日も来る日も『自称最適解』の性能にたった0.1%の誤差レベルの数値を積み重ねる毎日! ワシが他のロボットを作りたいと願い出た時はその内その内とのらりくらりと躱しやがってふざけるのも大概にしろと思ったな!!」
「な、あ……」
たったそれだけ。
たったそれだけで計画を決行した博士にサイモン社長はあり得ない物を見るような目で博士を見る。
「その時に出会ったのが、この会社に潜伏していたゴクラク殿じゃ」
「リワード提供者を探すという任務も業務に含まれていましたからね。それで食事の時間に博士と接触し、リワード契約を締結いたしました」
「な、何故博士を選んだ……?」
「この部屋の監視カメラを見ていた私たちの
――ロボットを作りたい、という願いを。
たった一瞬。
何気なく呟かれた無意識の願い。
それだけで彼らは動いたのだ。
「そこで私たちは、博士の貴方に対して『ざまぁ』を行いたいという思いも聞きました」
その結果、博士の人格をコピーしたNPCをサブクエとして登場させ、そのNPC博士が選んだプレイヤーと共にゲーム内の社長を倒すというシナリオを考えたのだ。
「そうして人格コピー用メガネ型脳波スキャナーを使って博士の人格データを手に入れた私たちは、貴方が出会ったというNPC博士を作り上げたのです」
ついでに、外の状況が分かるよう密かにこの部屋に対しネット環境も構築していたというサービス付きだ。潜伏、接触。頭の痛いワードが立て続けに聞かされた社長は既に限界だった。
「クリアできるのか、という懸念点はありましたが例えNPCの博士でもその目利きは本物でした。可能性のあるプレイヤーを自力で選び、そして見事クリアなされたのです!」
そうしてサブクエストをクリアしてしまった結果、リワード契約が執行された。
博士の持つ数世代先を行く技術が全世界に公開され、博士の知識で大きくなったサイモンズ・インダストリーの事業は、博士がいなくなったことで衰退の道を辿ることとなる。
「ふ、ふざけるな……」
博士たちの計画を聞かされた社長が怒りに震える。
「ふざけるなあああああ! 私の仕事を! 私の会社を! そんなくだらない理由で奪ったというのか貴様はあああああ!!」
「そんなん知るかああああ!! 前社長との雇用契約を先に反故したのは貴様の方じゃないかああああ!!」
「なんだと貴様あああああ!」
思わず拳を振り上げたサイモン社長だが、そこにゴクラクが止めた。
「おっと、博士を守るのも契約の内ですのでご了承ください」
「お、お前……!」
リワードの権利を獲得した者の保護は当然として、リワード提供者に対する保護もまた彼らの義務である。だからこそ、リワード契約をしている博士の下に『エンフォーサーズ』がやってきたのだ。
「それに博士の件とは関係なく、不正行為を行った貴方に対し処罰があるので覚悟をしてくださいね?」
「あ、ああ……!?」
詰んだ。
たった三文字の感情が社長の……いやただのサイモンの脳裏に過った。サイモンは膝をつき、絶望のあまりに呆然とした。
「……この会社はわたしが継ぐよー」
「いいのですか? 結構負債が多そうですが」
「いいのいいのー! わたしにはわたしを支えてくれる仲間がいるしねー!」
リーファは視線を動かすと、そこには見知った顔がいた。ガブリエラ、ユリエル、マイケル……その他にも彼女を慕う社員のみんながいた。
「それにー」
不敵な笑みを浮かべてゴクラクに宣言する。
「私なら簡単に負債を返せるからねー!」
「……これは頼もしい」
「博士の弟子だからね!」
幼少の頃から博士の下に通い詰めていたリーファは、謂わば博士の後継者だ。
長年ずっと理不尽で無駄なこと言う父に、彼女は毎回博士に反逆の意思を問うてきた。それが彼女の知らぬ間にここまで計画されていて、気付いたらこのような事態になっていた。そこに歓喜という感情はあれど、負の感情はなかった。
「それでは行きましょう博士」
「うむ」
ゴクラクに連れられ、博士が歩いて行く。
そこに。
「……いいのか?」
「……何がです?」
サイモンの無駄な足掻きにゴクラクが一応反応する。
「博士の技術は必ず世界を混乱させる……人の手には負えない技術だぞ……大型ロボットなぞ、戦争の道具になるだけだ」
サイモンの言葉には一理あった。
しかし、それで立ち止まる彼らではない。
「それは娯楽ですか?」
「は?」
「戦争は娯楽でしょうか」
「そんなわけ……」
「はい、娯楽ではありませんね」
ゴクラクはサイモンと目線を合わせるように膝をつく。
「ならばそのような事態、私たちが許しません」
「っ!」
「娯楽ではない争いを私たちは否定します。娯楽を妨げるあらゆる障害は私たちが潰します。リワードを手に入れた人々にお金を行きわたらせ、貧富による格差を潰します。そうして争いの全てを潰した後の世界こそが、私たちが目指す世界なのです」
そのために彼らは止まらない。
世界を、娯楽で満たすために。
◇
「実は、博士に会いたがっている人がいるんですよ」
「ワシに?」
通路を歩く博士にゴクラクが言う。
「会えば分かりますよ」
「ほう……?」
ここ何十年、リーファたちやゴクラクたち以外と交流をしたことがない博士には分からない。いったい誰が何十年も監禁されていた自分と会いたがっているのかも皆目見当もつかない。
「着きました。あの部屋で博士の客が待っています」
「う、うむ」
とある部屋へと案内された博士は、訝しみながらもゆっくりとドアノブを回す。するとそこにいたのは――。
「初めまして、博士……満長千里です」
「あ、あぁ……!」
映像の中で、もう一人の自分と共に戦ってくれた恩人がいたのだ。
「ゲームの中の博士が言ってました……よろしくって」
「そうか、そうか……!」
今日ほど幸せな日はない。
そう思えた博士だった。
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