第13話 弾けたヤツ
株式会社ボックスエンターテインメントソフトウェア通称『BES』の本社にて。パソコンの前で作業していた社員の一人が不正アクセスを検知した。
「これは……」
「どうしたのかね?」
「え!? し、社長!? どうしてここに!?」
「気紛れだが」
唐突に現れ、事もなげに言う社長に社員が呆れの表情を見せる。まぁいつものことかと思い直した社員は、せっかくだからと社長に報告をする。
「実は今開催しているRBFイベントに不正アクセスをしようとしているクラッカーを検知しまして」
「ふむ……それで犯人は特定したかね?」
「はい、ですが……」
社員が困惑するように言った犯人の名前に娯楽院社長が意外そうな顔をした。
「ほう、サイモンズ・インダストリーが」
BESにクラッキングをするということはいったいどういうことなのか、大手企業であるサイモンズ・インダストリーが分からないはずがない。
だからこそ、その気概のある行動を見せたその会社に社長は面白そうな表情を浮かべた。
「そこの会社の社長が依頼人ですね。依頼内容は大会のルールに干渉する物ですが……恐らく彼の狙いは――」
依頼の内容を逆にハッキングして情報を入手していた社員がサイモン社長の思惑を推測する。BESの人たちは皆、とある筋から既にサイモン社長の思想をある程度掴んでいる。だから今のRBFの状況からどう暴走するのか容易に予測できたのだ。
「それでどうしますか? クラッキングを邪魔して、逆に依頼者含めて実行犯を捕まえますか?」
BESのセキュリティは世界最高峰である。ここにいる平社員含めて全員ウィザード級のハッカーであり、日夜迫り来るクラッキング被害に対してまるで赤子と遊ぶように対処してきているのだ。
今回のサイモンズ・インダストリーからのクラッキングもいつものように余裕で対処できる範疇。だがそんな社員の言葉に対して社長は――。
「いや、面白そうだからこのままにしよう!」
「えぇ……」
娯楽院遊世は娯楽狂いである。
そして自社の事を信頼しているが故に、こうして時折娯楽イベントになりそうな事案を敢えて様子見をする悪癖があったのだ。
「まぁ、いっか……」
そんないつもの悪癖を見せる社長に、社員は呆れながら受け入れた。それにどうせこの程度の腕ではシステムに干渉すらできないので、敢えて件のクラッカーに道筋を用意して誘導させることも忘れない。これで件のクラッカーは大会のルールに干渉できるだろう。
ついでに言うと。
「さて、プレイヤーたちはどう対処するのかな」
ここにいる社員は皆、娯楽院の娯楽狂いに感化されているため彼らも様々な状況を楽しむ性格をするようになっていた。
◇
決勝戦当日。
『さぁ数日間続いた熱戦にようやく終わりが見えてきました! システムMIX対システムMIXを超える戦いが決勝で見られるのか? そう不安に思う方、ご安心ください! 何せ、この決勝では数々の驚きを見せてくれたセンリ、マスクド・リプル両選手は当然として! 同じく決勝戦に進出したのはあの四天王最強の男!!』
他の四天王とは違い、ただ一人だけが奇跡的にエクスメタトロンとはマッチングが離れていた男。そんな彼だが、彼は彼で他の参加者たちを易々と打ち倒し、悠々と決勝戦へとやってきていたのだ。
『青コーナー! 機体登録名『キラースパイダー』! 最後の四天王がダークホースの快進撃を止め、仲間の仇を討てるのか!? 四天王最強の男ぉぉぉ!! ミカアアアアアエルゥゥゥゥ!!!』
転送装置の光から現れたのは、司会の言葉通りやはりキラースパイダーだった。
『続いて赤コーナー! 彗星のように突如現れ、四天王を次々と撃破していった革命機! 機体登録名『超時空機動勇者エクスメタトロン』!! オンステージ!! センリ選手とマスクド・リプル選手だあああああああ!!!』
期待に応え、ズンズンと白い機体がステージの上に立つ。
しかし。
『……セーブモードか』
ずんぐりむっくりとした姿で現れたエクスメタトロンにミカエルがそう呟く。
「ふん、お主もキラースパイダーで来ておるではないか。今の内にバースデイコマンドとやらで先に変身しといた方が良いぞ? もしくはその中にまたシステムMIX搭載の機体があるのかの?」
『生憎だが……私にこの機体以外の機体はない』
「なに?」
博士の挑発にミカエルが事もなげに返した。
『バースデイ機体は提案を却下したせいで私専用の機体を制作していないし、システムMIX搭載の機体に関しては我が社の社長が毛嫌いをしているため作っていない』
「えぇ……」
随分と正直に事情を説明してくれるミカエルに博士は顔を引き攣らせた。
『そもそもの話――』
そう言って、キラースパイダーがジャキンと触手にある銃をエクスメタトロンへと構える。
『――社長から許可されていない機体に乗るなど、業務違反だろう』
「……堅物じゃな」
『堅物で結構。私は忠実に業務を全うするだけだ。その業務に従い君たちをここで破壊する』
「……ッ!」
キラースパイダーから発せられるプレッシャーに博士が顔を顰めた。これまで確かに強敵と呼べるような相手と戦ってきたが、これほどまでの圧力を見せた相手はこれが初めて。まさしく、最強と呼ぶほどの実力者だろう。
だがそこに。
『しかしそれ以上に私は君と話し合いたい……センリさん』
「は?」
ミカエルの唐突なセリフに博士は咄嗟に理解が追い付かなかった。
『センリさん……私は貴女の歌声を聞いて寝落ちして以来、いつも頭の中にセンリさんの姿が浮かび上がるんだ。また貴女の歌を聞きたいと、また会いたいと恋焦がれるようになった』
「……」
『こうしてこの大会で会えたことはまさに運命と言えるだろう。だが私たちは今や敵同士……あぁセンリさん、どうして君はセンリさんなんだ。運命はかくも残酷な物かと呪ったりもした』
「いや、その」
くねくねと動き回るキラースパイダーの触手に「こいつ、キモイな……」と観客全員が思った。
『だがこうして私の前に君は現れた。ならば私も私の全てを使い、君の全てを受け止めて見せよう! そして私が勝てば、この気持ちをどうか受け入れて貰えないだろうか!』
バッと触手を広げ、迎え入れる準備をするミカエルに博士は冷や汗をかきながら内心こう呟いた。
――いやあの、そのセンリは今いないんじゃが。
そう、今のエクスメタトロンにセンリは乗っていない。というのも試合の時間になってもその姿を現さなかったのだ。そのため、博士はこうして一人でセーブモードのエクスメタトロンで現れたのだ。
ついでに言うと、システムMIXを起動するにはジョブの力を持つセンリがいないとセーブモードから変身できないというのもあるが。
『さぁ君の麗しい声を聞かせてくれ!』
「……」
さぁどうしよう。
そう博士が困惑していたその時だった。
「ちょーっと待ったああああ!!」
『むっ!?』
「この声は……!?」
会場の遥か上空。空中に浮かぶ歌詞の道から飛び降りる一つの影があった。
「センリか!?」
『なにっ!?』
そう、落ちてきているのはバードボルテージバイクに乗ったセンリだった。どこか煤のような物を服に付着しながらも、かなりの勢いで落下してきている。
「博士えええええ!!」
「よし来た! ドッキングモード!!」
センリの言葉を受け、エクスメタトロンが形態変化する。背中から穴が開き、まるで落ちてくるセンリを受け止めるかのように移動したのだ。
対するセンリの方も変化が起きていた。
センリが乗るバードボルテージバイクが折り畳まれ、まるで操縦席のように変化したのだ。そう、普段エクスメタトロンに乗っているセンリの席は、博士の手によりコクピットモジュールをバードボルテージバイクに搭載していたのだ。
そうしてそのまま操縦席へと変化したバードボルテージバイクが、エクスメタトロンの背中の穴にドッキングする。
「ボルテージ、オン!!」
「ぬおおおおお!!」
「『システムMIX、起動!!』」
『ピーガガガ……ACCEPT』
パーツがパージされ、中から真の姿が現れる。
『超時空機動勇者エクスメタトロン、MIXモード!』
見慣れた僕らの勇者がこうして顕現したのだ。
◇
「はぁ、はぁ……ごめんなさい博士……遅れてしまいました」
「何があったのか?」
「いやその……試合会場に行こうとしたら――」
以下、回想。
『ヒャッハー!! 依頼でお前を足止めしてやるぜー!』
『お前たちは! あの時の荒くれPK!』
『試合時間まで足止めすれば俺たちに莫大な報酬が入るんだよぉ!!』
『だったらもう一度このロケットランチャーで!』
『無駄だぁ! そのロケットランチャーは説明書を見ないと逆方向にロケットが飛んでいく仕様なのはリサーチ済みよぉ!!』
『なんだって!?』
どうやら僕のアーカイブ配信から研究を重ねて出した結論らしい。
『おっと! 説明書を読む時間も与えないぜぇ?』
『くっ!?』
説明書の内容を暗記ではなく『読みながら』でないといけないところまで把握しているなんて。なんという努力の方向音痴だ。
まぁでも。
『だったら後ろを向いて撃てばいいんでしょ!?』
『はえ?』
逃げながら僕はロケットランチャーを放ちました。説明書を読んでいないので当然のようにロケットが後方に行きました。後方には僕を追って来る荒くれどもがいました。現場からは以上です。
以上、回想終わり。
「といったことがありまして……」
「なんというか災難だったのう……相手が」
今なんて?
「ところであの人は何をやっているんです?」
「あー彼奴は……その」
見ればキラースパイダーの触手が動揺したようにウネウネ揺れているようだけど。
『そんな、私が一世一代の告白をしている時にセンリさんがいなかったなんて……! なんという運命のいたずらなのか!?』
「え、告白?」
「気にせんとええと思うんじゃが……」
『……いや、いや! 告白はまたすればいい! 寧ろ一回口に出したら緊張がなくなった! なんという僥倖だろう!』
え、何?
あの人は何言ってんの?
『センリさん! 私の気持ちを聞いてくれないだろうか!?』
「え、気持ち?」
「愛の告白らしい」
「愛の告白ぅ!?」
え、あの人、男の人だよね?
なんで!?
『さぁ聞いてくれ!』
「そもそもセンリは男じゃが大丈夫なのか?」
見かねた博士がようやく僕を男だと証言してくれた。その瞬間、相手の機体がまるで時が止まったかのように動きを止めた。
『……へ? 男?』
「そうです! 僕は男です!」
トドメのセリフにキラースパイダーの触手がガタガタと震え始める。いやそんなに? どれだけ衝撃を受けているんだ……。
『そんな……嘘だ……私を騙している……』
「いやセンリは男じゃぞ?」
冗談を言っている雰囲気じゃない博士の言葉にミカエルはようやく事実を言っているのだと知り、苦悩する。自分の初恋は男の人という事実に彼は悩んで、悩んで……最終的に彼は――。
『……それでも、いい!!』
――彼は、弾けた。
「え?」
『男でもいい!! 私はセンリさんに惚れたんだ! それが例え同じ性別であろうと、私は君を愛している!!』
「ええええええええええええ!?」
『この気持ち! まさしく愛だ!!』
『戦闘中に告白するヤツ』
『な ん で す こ れ』
『あの野郎何私のセンリきゅんに告白をかましてやがるんだこの――』
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