第18話 名前を呼んで
「信じられない、これが元倉庫? 綺麗だし、お洒落だし、たくさんのお店があるし、見て回ったら楽しそう」
興奮気味に喋るセシリエの目は、すぐ前の大きな建物に釘付けだ。横に立つエーリッヒは、そんなセシリエを嬉しそうに見ている。
「エーリッヒの案なのでしょう? よく思いついたわね」
「自分でもそう思います。火事場の馬鹿力ってやつかもしれませんね」
―――なにせ必死でしたから。
あの日、必死の思いでセオドアに面会を申し込んだエーリッヒが資料と共に提示したのは、今2人の目の前にある小型ショッピングモール―――大きな倉庫を改装して中に複数店舗を配置した、リノベーションタイプの商業施設のアイデアだ。
オープンは明日。
今日はお披露目として関係者のみを招待している。招待客は皆、興味深々だ。
元々ハンメルは流通に強かった。国内外に販路を持ち、あちこちに商品保管用の倉庫を持っている。
エーリッヒは、その倉庫の一つを改造し、保管している品物をその場で売る事を提案した。要は、他の店に配送する前に、そのままそこで売るだけの話。
移送費が段違いに安くつくだけではない。
新たに店を構えるのに土地を購入する必要もなく、外側の箱も既にあるから建設費も大して要らない。かかるとしたら外装内装にかける分くらい。
ひと所で買い物をするから、集客率も購入率も格段に高くなると予想されるだけでなく、複数店舗が一箇所に集まった大型商業施設は新しい発想で話題をさらった。
中に入る店は全てハンメルが製造を請け負う、もしくは取り引きする商店のもの。これが更にハンメル商会の価値を上げる。
セオドアもウハウハのこの提案。これでエーリッヒが得たのはーーー
「ここが僕のお店です。どうぞ」
紳士服、婦人服、子ども服、雑貨、靴、アクセサリー、日用品に玩具と色々取り揃えた店が並ぶ中、一つだけ毛色の違うもの。それがイートインスペースのあるケーキショップ、そう、エーリッヒの店だ。
エーリッヒはセオドアと交渉して、アイデア料の代わりに、テナント料を2年無料にしてもらった。
これまで必死に働いて貯めたお金は目標額の約半分、けれどこれで当面の賃料や外装費用などの心配がなくなり、内装、機材設備、備品などに回す事ができた。
白と水色で統一された室内は、明るく可愛く上品だ。
買い物で歩き回って疲れた客は、喜んで寄るだろう事が想像できた。
「セシリエさんが最初のお客さまです」
そう言って勧めた席に、エーリッヒはケーキとお茶を運んでくる。
「随分とお待たせしてしまいましたが、イアーゴとの婚約解消のお祝いです」
「わあ、美味しそう。ありがとうございます」
銀色のケーキフォークを手に持ち、そっと切り分け口に入れる。クリームがふわっととろける様に口の中で消えていく。
「ふふ、すごく美味しい」
「よかったです。長くかかってしまって、すみませんでした」
「そんなのはいいんです。むしろ私が気になっているのは・・・」
セシリエはフォークを置き、エーリッヒを見上げる。
「セシリエさん?」
「私が気になるのは、エーリッヒはいつ私に敬語を使うのを止めてくれるかなってこと。だって、ほら私たち・・・せっかく、こ、恋人、になれたのに」
カチャン、とエーリッヒがフォークを取り落とす。
だがセシリエは構わず続けた。
「せめて、名前、呼び捨てにしてほしいな。あと、エーリッヒから愛称で呼ばれたい」
「・・・っ」
「ダメ・・・?」
「っ、もちろん、ダメではないです。では早速、今から呼び捨てに挑戦します・・・っ。か、覚悟はいいですか・・・っ」
「は、はい」
「では、セシリエ・・・セ、セシ」
「・・・はい」
「セシ」
「はい」
初めての名前の呼び捨て、そして愛称呼びに、セシリエは嬉しくて、目を潤ませながらエーリッヒを見上げる。
すると、エーリッヒの喉がゴクリと鳴り。
「セシ、け、結婚してください!」
「・・・へ?」
ずっと告白すらできなくて、周囲がジレる程だったと言うのに。
今だって、まだ告白しただけで婚約もしてないのに。
気がつけばそんな事を叫んでいたエーリッヒは、後で「お前は段階ってものを知らないのか!」とハワードたちに叱られる事になる。
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