第16話 息子よ、父だ





イアーゴがセオドアの船に乗ってから、4度目の帰港の時だった。



「イアーゴに、俺の息子に会わせてくれ」



波止場で商船の到着を待ち構える男がいた。ロドリゴ・ドミンゴだ。

タラップを降りるセオドアに向かって、息子に会いたいと叫ぶ。



「あんたにイアーゴという息子はいない。自分で除籍の手続きをしたんだろう。1年でもう忘れたか」


「書類上では他人になろうと、あれがワシと血のつながった息子である事は変わらんだろう。頼む、会わせてくれ。あんたは親子の再会を邪魔する様な薄情な人間じゃない筈だ」



船では、既に荷降ろし作業が始まっていた。

セオドアとロドリゴが話している間も、木箱や籠や樽を運ぶ船員たちが脇を行ったり来たりしている。



中に入れてくれ、息子に会わせてくれ、と言い募るロドリゴに、最後はセオドアの方が面倒になった。


はあ、と大きく溜め息を吐いてから「勝手に探せ」と答えた。



「か、感謝する! おいイアーゴ、どこだ、お前の父が会いに来たぞ!」



セオドアの横を通り抜け、大声を出しながらタラップを上がって行く。



その様子を、セオドアも荷運びをしていた船員たちも、どこか呆れた様子で見ていた。



「父だって」


「俺の息子だって」


「どこだどこだって騒いでるぞ」



積荷を地面に下ろしながらボソボソと呟き合っていた船員たちの視線は、彼らの横にいる男に一斉に向けられる。



「「「ここにいるのにな」」」



そう、他の船員たちと一緒に積荷を下ろしていたイアーゴは、ロドリゴの前を行ったり来たりしていたのだ。



「あ~あ、船の奥まで入ってっちゃったよ」


「しかし凄ぇな。会いたいとか騒いでた割に顔わかんねぇとか」


「目の前にいんのに」


「な~」



仲間の船員たちの言葉に、イアーゴは笑うしかない。けれど、実の父の反応に、もうイアーゴが落胆する事はなかった。




―――結局、ロドリゴはイアーゴを見つけられなかった。



彼は懐に書類を一枚忍ばせていた。ロドリゴはそこに、イアーゴのサインが欲しかったのだ。






ロドリゴがハンメルと再び取引きを始められた事で、他商会との仕事も徐々に戻り始めた。それにロドリゴが安堵したのも束の間。


今度は、妻の実家ロイテ商店から訴えられた。


理由は契約違反。

そう、イアーゴを除籍し、後継から外した事への。



自分たちの外孫が子爵位を継ぎ、ドミンゴ商会の会頭となると思えばこそ、彼らは20年以上に渡ってロドリゴを支援してきた。


それが外孫が19を過ぎた時に、いきなりの廃嫡、除籍、挙句の船乗りへの転身。


烈火の如く怒ったロイテ商店の主人が訴えを起こし、多額の違約金を請求した。

同時に、それまでロドリゴに与えていた優遇措置や独占販売権も撤廃。


結果ロドリゴは、ハンメルと和解する前と大して変わらない苦境に再び陥ってしまったのである。



ロドリゴはまず、イアーゴを返してもらおうと考えたが、それではまたハンメルを敵に回す事になると思いとどまった。

そもそも法的処理を終えているから、後継に戻すなど不可能なのだが、そこに頭が回らないほどロドリゴは焦っていた。


次に、妻を使う事を考える。もう一度孕ませるか、実家を説得させるか。40を過ぎたが産めない事もないだろう。

だがロドリゴが屋敷に向かった時、彼女は既に家を出ていた。離縁届けが置いてあった。



三番手の策が、持って来た書類だった。



ロドリゴが懐に忍ばせていたのは誓約書。


この先、イアーゴが結婚した時に生まれる第一子をドミンゴ家に渡すというもの。

ロドリゴは、それを持ってロイテ商店の主を納得させようとした。即ち、契約の成就はまだ先で、不履行などではないと。







「考える事がいちいち浅いんだよ、あの男は」



浅黒く日焼けして、肩や腕や胸に筋肉が付き始め、長く伸びた髪を後ろで一つ縛りにしたイアーゴを、かつての息子とロドリゴは最後まで見分けられず。


結局は手ぶらのまま帰って行った彼の後ろ姿に溜飲が下がったセオドアが機嫌良く帰宅すると。




「お待ちしておりました。セシリエさんのお父さん」



セオドアを出迎えたのは、愛する妻と、しっかり者の後継ぎと、可愛い娘と―――何故かもうひとり余計な男。



「お父さんに折り入ってご相談したい事があるのです」



―――俺はお前のお父さんじゃないぞ。



心の中ではそう言っても、実際に口にしなかったセオドアは、意外と理性派だ。







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