第7話 約束
「婚約解消おめでとうございます、セシリエさん。今日はひとりでこちらに?」
「ふふ、エーリッヒさん、ありがとうございます。兄は昨日、父と酒盛りして二日酔いになってしまって。母は商会がありますし、私ひとりで来ました。あ、でも護衛は付いてますよ?」
「ああ、それはそうか。セシリエさんは貴族ですからね。なら安心です」
アーノルドから報告書を貰う為に通っていたケーキショップの筈が、いつの間にかすっかりお気に入りの店になっていたセシリエは、婚約解消が決まってもう行く必要もないのに、気づけばこの週末も足が向かっていた。
そこで偶然、アーノルドの弟エーリッヒに
そのまま何となく同席となり、エーリッヒはケーキを5つ、セシリエは2つオーダーした。
「・・・思ったよりも早くて、びっくりしました」
それはケーキが出てくるまでの時間ではなく。
セシリエとイアーゴの婚約解消の事を言っていると気づいたセシリエは、そうですね、と頷いた。
「ドミンゴ子爵が早めに決断したみたいですよ。父の剣幕に恐れをなしたのかもしれませんね。正解だと思います」
もし
でもその分、余計に時間はかかった筈。
だって、ハンメルには金がある。それはもう、国王から爵位を賜るくらいには稼いでいるのだ。
あちらにとってハードルの高い婚約破棄を突きつけても、余計に時間や手間がかかるだけ。
迅速に対応するだけで、あちらの瑕疵の度合いが減るのだ。その辺りのロドリゴ・ドミンゴの判断は早かった。
息子の監督という面ではダメダメだったが、商人としての見極めは出来る人の様だ。
なんて考えに耽っていると、向かいの席からエーリッヒが少し沈んだ顔で口を開いた。
「僕もお手伝いをすると言って・・・結局、出番はあれきりでしたね」
「あら、あの時は本当に助かったのですよ。エーリッヒさんにしかできない役でしたもの。アーノルドさんも頑張って調べてくれましたし、本当にお2人にはお世話になりました」
「そう言ってもらえると嬉しいけど」
ケーキをつつきながら、エーリッヒは苦笑する。
「兄はいつも浮気調査しか仕事がないとぼやいてましたが、今回のことでちょっと仕事に対する見方が変わったようです。正直、僕も就職先を情報ギルドに変えるのもありかな、なんて思いました」
「エーリッヒさんは何を希望されてるんです?」
「ケーキの・・・小さな店でいいので、ケーキショップのオーナーになりたいんです」
「オーナー、ですか? 作る方ではなく?」
「ええ。何度か挑戦したんですけど、僕は食べる才能しかないみたいで。自分でケーキを作るのは諦めました」
「まあ、ふふ、食べる才能ですか。それを言うなら私もですね。私もケーキは食べる専門です。クッキーなら作れますけど」
「・・・あ、そうだ。それなら」
何か思いついたらしいエーリッヒが、ぱっと顔を上げる。
「僕の店が持てた時にケーキをご馳走します。前にたくさんケーキを食べさせてくれたお礼に」
「エーリッヒさんたら。あれは私たちからのお礼でご馳走したんですよ? お礼にお礼って変じゃないですか」
「そうでした。じゃあ、婚約解消のお祝いならどうですか」
「まあ、それはもちろん嬉しいですけど」
随分と先の長い約束に、セシリエは吹き出した。
「でもそれなら、早くお店を持ってくださらないと、私、待ちくたびれてしまいますよ?」
「あ」
エーリッヒはそうか、と呟いて、それから顔を赤くして頬を掻いて。
頑張ります、とガッツポーズをした。
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