第6話 イアーゴの困惑



「セシリエとの婚約が解消って、父上、どうしてそんな話に」


「・・・どうしてだと? イアーゴ、お前まさか、理由が分からないなんて言うつもりじゃないだろうな?」



久しぶりに屋敷に帰って来たイアーゴの父ロドリゴ・ドミンゴは、息子の前で怒りも露わにそう言った。





半日ほど前のことだ。


帰国したセオドア・ハンメルが、アポなしにドミンゴ商会を突撃した。


セオドアは、ロドリゴの執務室にまで押しかけると、突然の訪問を詫びる事もなく、彼の娘セシリエ・ハンメルと、イアーゴとの婚約を解消すると宣言したのだ。



当然ロドリゴは驚き、その宣言を拒否し、契約違反だと怒った。理不尽な言いがかりだ、どう落とし前をつけてくれる、などと息巻いて。



だが、セオドアはロドリゴの目の前に証拠の山を突きつける。それらは―――





「理由・・・? 解消を言い出す理由なんて俺にはさっぱり」


「・・・お前、それ本気で言ってるのか?」


「ええ。だって、俺は何もしていません・・・・・・・・から」



そう、イアーゴは正しい。彼は本当に何もしていない。


手紙が来ても返さないし、プレゼントをもらっても礼をしない。差し入れがあっても感想すら言ってない。デートにも誘ってないし、カード一枚送らないのだから。



「・・・何も、していない、と?」


「ええ、してません」



きっぱりと言いきる息子に、ロドリゴは一度深く息を吸うと、大声で言った。



「・・・それが、それが、婚約解消の理由だぁぁぁぁっっ!!!」


「はあ?」


「・・・っ、お前は、ハンメルの娘からの手紙に返事もしなければ、贈り物もデートもしなかったそうだな!?」


「え? ええ、そうですよ。だって結婚したらセシリエとずっと一緒ですからね。それからでも遅くないでしょう。時間はたっぷりあるんだから」


「遅い! 遅いわ! 時間などもうないわ! 婚約の話はなしになったんだからな!」


「・・・え? まさか、本当に? 本当にセシリエとの婚約は解消になったんですか?」


「承諾書にサインをして渡した。きっともう役所に提出されている。数日のうちに認可されるだろう。せっかくうちに有利な契約を結べたのに・・・お前のせいでパアだ」


「っ、でも父上。俺は、セシリエと結婚するつもりでいたんです。俺のお嫁さんになる子は、セシリエだって、セシリエでよかったって」


「・・・なら、これはなんだ」



ロドリゴは、机の上にどさりと書類の束を置いた。



「よくもまあ、これだけ女を取っ替え引っ替えしておいてそんな事が言えるな。ワシはお前に言っておいた筈だぞ。結婚前はいい顔を見せておけと。なのに・・・イアーゴ、ハンメルはお前のやってる事を全部知ってるぞ」


「・・・え?」



俺の、やってること? 



イアーゴは、机に置かれた書類から、一番上のものを手に取る。



「・・・っ」



そして目を見開いた。



その紙の最初の行には。



イアーゴの最近のお気に入りの娘、「エミリー・プラント」の名が書かれていた。







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