第41話 お披露目まであと少し。

 無事にみんなと仲直りを果たせた後、午後からは予定されていた通りシンケールス様に月下美人の振袖と、セイランさんからもらったもう一つの振袖をしっかり着付けた状態でお披露目。

 これにはエスコート(される)練習用の衣装一式を用意して戻って来てくれたルヴィニさんも立ち合い

「なん…て…なんて荘厳で神々しいお姿なの…!!」

 辛うじて絞り出された微かな声で、ルヴィニさんは息をのんで私を凝視していた。

「圧倒されるってこういうことね…。感情に言葉が追い付かないわ」

 それは最大の賛辞だと思う。

 ルヴィニさんはまるで花開く大輪の花のように顔をほころばせて、どこかふわふわとした様子だった。

 それぞれの着物のお披露目が終わったら、感動さめやらぬ様子のルヴィニさんによるレッスンが始まり、さすがのサフィはルヴィニさんも手放しで称賛するくらいスムーズにエスコートしてくれた。

 心配されていたアガートについては、それでも一応の形は出来ているらしく、ルヴィニさんが思っていたほど酷くはなかった。

 ただし「カタ過ぎるのよねぇ」とのことで、もう少し柔らかな動きで優雅に見えるようにレッスンすることになった。

 そんな感じでこの日はあっという間に夜を迎え、夕食の時間が来る頃には心地よい疲労感と、少しだけソワソワした空気にふわふわしている自分がいた。

 いつもの食事風景もみんなどこか浮足立っている感じがする。

 夕食前には以前話していた通り、フリソスさんを通して明日のタイムスケジュールを聖騎士団の皆さんに伝えてもらった。

 式典の準備については神殿を取り仕切るシンケールス様を中心に、神殿内では神官の方々に担当が振り分けられており、些細な抜けやミスも起こらぬよう徹底して作業が進められている。

 それは王宮も同じようで、国王陛下の勅命により急ピッチで全てが整えられている所。

 ただしお城での式典には当事者であるディアの意見や提案が最優先されるため、その意向を伝えて指示を出すからディアはほとんどそちらにかかりきりになる。

 夕食が始まる時間のギリギリになって神殿へ姿を見せたディアは、どこか高揚した様子だったけれど明らかに疲労も見せていた。

 一週間後のお披露目式に向けたカウントダウンは刻一刻と進んでいるのだ。

 明日は午前中にエスコートやウォーキングのレッスンをし、午後は式典に使う月下美人の株の選定を行う予定。

 因みにその月下美人の鉢植えは、今回のお披露目式のメインイベントの一つに使う。

 神殿で神子の降臨を宣言した後その場で月光神様に祈りを捧げ、満開になった鉢を今度は王宮へ運ぶ。

 運び込まれた月下美人から神子である私が手ずから花を収穫し、お酒の入った瓶に入れて花酒にしたものを国王陛下に手渡すのだ。

 100年以上ぶりに行われるお披露目式だから、これまで大切に記録され、残されてきた由緒正しきお披露目式の目録を紐解き、更に今回どのような内容を盛り込むのが最善かという議論も神殿と王宮の間で詰められてきた。

 式典は全面的に神子のバックアップをする神殿が最初に神子のお披露目をし、神印持ちによって神子が王宮へエスコートされる。

 神子の到着をもって「ユエイリアン」という国家に神子が降臨したということになり、今度は王宮にて神子のお披露目が行われる。

 それは神子の持つ月光神様の加護が神殿のみならず、国家全体にもたらされることが許可されたという意味を持つ。

 更に今回は王位継承者であるディアが神印持ちになったことで、国家安泰が揺るぎないものであるということを国内外に広く知らせるのだ。

 これについては以前から聞いていたことだけど、次の瞬間私はぎょっとして目を丸くすることになる。

「まあ、それと同時に僕が失態を犯して神印を取り消されたら、王家存続の危機に瀕するってことを公言するのと表裏一体なんだけどね」

 なんて軽いジョークかのように、とんでもないことをディアは言った。

「いやいや笑えない、笑えないよ!?」

 それって裏を返せば私の一存で国家の一大事に繋がるって事でしょう!?

 突然の爆弾発言に心臓がぎゅっと縮まってヒヤリとなる。

「そう?でもこれってすごく重要なことなんだよ」

「それはそうだけど、私ディアのこともディアの家族の事も、もちろんユエイリアンの事も、全部そんな危険に晒さないよ!?」

 慌てて全部否定するけど、ディアは

「うん、ユウはそんなことしないって分かってる。因みに理由はユウが想像しているのとちょっと違うんだ」

 とあっけらかんと微笑んで見せた。

 ん?違うの?

「狙いは二つある」

「二つ?」

「一つは月光神様の加護を持つ神子が正式に王家を、ひいては国家全体を認めていることが知らしめられる。つまりユエイリアンに仇なせば、神子の不興を買うのは必至。月光神様の加護はおこぼれすらもらえなくなるよ、って他国に伝えられるのと同じなんだ」

「二つ目は?」

「…ユエイリアンから月光神様の加護を遠ざけたいなら、僕をどうにかすればいい、っていう他国への挑発?」

 ふふ、なんてディアは楽し気にとても綺麗で完璧な笑顔を浮かべた。

 あ、黒い…!!ディアが真っ黒で底知れぬ笑みを浮かべているわ…!!

 そりゃ一国の将来を担う王太子殿下だもの、国内外問わず「貴族社会」の狸や狐と化かし合いで鍛えられているのだろう。

 出会ってすぐの「身売り」を考えていた悲壮感たっぷりのあの頃とは全く違う、いつか「ラスボス」になるんじゃないかと思わせるくらいの覇気が見え隠れ。

 そんなディアの様子にシンケールス様も満足そうにうなずいている。

「でもそんなことしたらディアが危険だわ」

「大丈夫、それこそ王家の腕の見せ所だよ。僕っていう囮にまんまと食いついて来たおバカさんたちを一網打尽に出来るし、ユウから危険を遠ざけることができるし、一石二鳥じゃない」

「ついでに自分の身を危険に晒してまで神子をお守りする王太子がいるユエイリアンですから、横槍を入れる隙間など一切ないことが更に強調されますね」

「その上、愚かにも横槍を入れた奴らがどうなるか、見せしめにもなるな。これで大抵の国はそう簡単に手を出せなくなるし、うるさいコバエは追い払えるというわけだ」

 サフィとゲートもそう言う。

「それにね、これは僕にだけ与えられた使命だと思ってるんだ」

 ディアの笑顔はいつの間にか心底嬉しそうなものに変わっている。

「僕は僕のやり方でユウを護る。みんながそうしているようにね」

 彼が話すのを温かく見守っているサフィとゲートにも視線を向けて、ディアは目を細めた。

 そっか…。

 サフィが私の心に寄り添って身の回りの世話をすることで、私の居場所を心地よく温かくしてくれているように。

 ゲートがいつでも傍で私を見守り、伸び伸びと生活できるよう絶対の安心を確保してくれているように。

 シンケールス様が私の「家」を整え、いつもその大きな胸で抱き留めてくれているように。

 フリソスさんが、ルヴィニさんが、グラナートさんが、そしてラウルスの、ボレアンの人々がそうしてくれているように。

「それなら私は私に出来ることを一生懸命やるわ。お披露目式、楽しみだね」

 いつもとおなじ夕食の風景が、みんなの表情が、今夜は一段と輝いているような、そんな気がした。




 場所は変わって夜の厨房。

 夕食後の自由時間に一人せっせと作業中。

 隣には協力者であるフリソスさんが護衛しつつ、私の様子を穏やかに見守ってくれている。

 とはいえ二人だけというわけにはいかないので、厨房のすぐそばにある小部屋にはゲートが待機中。

 音はもちろん香りも伝わっていると思う。

 どうしても自分だけで完成させたいという私の我がままをみんなは快く聞き入れてくれた。

 警護の事を考えるといくら厨房でも一人きりにはなれないから、昼間ここから自室へ戻る時にフリソスさんに相談してみたのだ。

 ほんの数時間だけ、厨房で内緒の作業をしてもいいですか?と。

 まあ内緒と言ってもここへ来るという時点で何をするかはバレバレなんだけど「何を作るか」までは分からないから…いや、それも多分ゲートには匂いでバレちゃうから完全なるサプライズとはいかないけど、そこは仕方なし。

 でもきっとこれから作るものにどんな意味や思いが込めてあるかを知ったら、ちょっとしたサプライズにはなるだろう。

 それで十分。

 次々に浮かんでくるみんなの笑顔を思い浮かべると、私も自然と頬が緩む。

 しゃりしゃりとリンゴの真っ赤な皮を剥く手も滑らかに動く。

 この国で栽培されているリンゴは真紅と言っていいくらいの綺麗な赤い色。

 剥いた皮は全て片手鍋に入れて、水と一緒に少しの間煮込む。

 そうして赤い色素を抽出して小麦粉に混ぜ込めば、あっという間におめでたい「紅」の生地が出来上がる。

 さらに果実の部分は食感が残る程度の細かさに刻んでコンポートに。

 蒸してホクホクになったサツマイモは丁寧に裏ごし。

 それから料理長に分けてもらった白インゲンの実も、滑らかになるまでしっかり濾して白餡にする。

 リンゴのコンポートは白餡と混ぜ合わせ、サツマイモには少しミルクとバターを加えて洋風の餡にした。

 「紅」の生地にはリンゴと白餡、「白」の生地には洋風の餡を入れてくるりと包み、丁寧に形を整える。

 今回は試作だから、小さいものをどちらも4つずつ作ってみた。

 半分は出来立てを試食して、あと半分は冷めてからその味や食感を試す予定。

 出来上がった「紅白」のまあるいドーム型のお饅頭をそっと蒸し器にセットして火をつける。

「まるで魔法を見ているようです」

 心底感心してくれているフリソスさんは、胸の奥から息をつくようにしてそう呟く。

「ふふ、魔法だなんて大げさですよ」

「何をおっしゃいますか。神子様は本当に大切に食材を扱われますね。それに実に楽しそうに、嬉しそうに作業を進められている。貴女の真心がひしひしと伝わってまいります」

 そんな風に私の様子を見て感じてくれているのはすごく嬉しい。

「その言葉で安心しました。私の気持ち、ちゃんと伝えられそうです」

「もちろんですよ、必ず伝わります。以前いただいたマールスパイも大変美味しく、温かで優しい味が染みわたりました」

「え?あのパイ、フリソスさんも召し上がってくださったんですか?」

「はい。料理長の計らいで、我々騎士団員にもおすそ分けいただいたんですよ。王宮への「お使い」のお礼として」

「そうだったんですね…あ、もしよかったら、今度またパイを作った時にも召し上がってくださいますか?」

 きっとあの時は本当に一口分しかなかったと思うから。

 次はちゃんと一人分、しっかり味わえるようにしたい。

「よろしいのですか?それは嬉しい限りですが、神子様のご負担になってしまいます」

 フリソスさんは申し訳なさそうに心配してくれるけど、私としては気合が入るばかりだ。

「ご心配には及びません。いつも神殿や私を警護してくださっているんですもの、皆さんが元気になれるようなパイを作りますね」

「ああ、それはありがたい。団員がそれを知ったら大喜びして士気も上がります」

「こちらこそ、喜んでいただけるのは私にとって何よりのご褒美です」

 二人で顔を見合わせて笑顔を浮かべる。

 それから他にもゆったりと他愛無いおしゃべりを続けていると、蒸し器からふんわりとしたいい香りが漂ってきた。

 蓋を少し開けて様子を確認する。

 ほかほかのお饅頭が四つ、完成だ。

 トングでそっとつかんでお皿にのせる。

「一緒に味見していただけますか?」

「はい、大変光栄です。いただきます」

「忌憚のないご意見をお願いします」

「畏まりました」

 フリソスさんは茶目っ気たっぷりに畏まってみせてから、手にとった白いお饅頭をそっと二つに割る。

 出来立てほやほやの餡から白い湯気が上がった。

 それを上品に口へ運んで咀嚼する。

 私も同じようにしてお饅頭をぱくり。

 まだ熱々の餡を頬張ったから「はふ」と熱さを口内から逃がしつつ味や舌触りを確かめる。

 うん、まさにスイートポテトが入った洋風まんじゅうね、これは。

「なんとまろやかなお味でしょうか。とても美味い。それにこのふわふわと柔らかな生地がたまりませんね。心が和みます」

「冷めると少し硬さが出ると思います。中身の餡も味が引き締まるかも」

「なるほど、出来立てとはまた違った味わいになるのですね」

「はい。どちらが良いか、比べてみたいと思っています」

「分かりました。ではもう一つもいただきますね」

「どうぞ」

 大きな手で器用に赤い方のお饅頭をまた二つに割る。

「これは見た目にも面白いですね。綺麗な赤い生地から白い餡が見えて、大変可愛らしい」

「美味しそうに見えますか?」

「それはもう間違いなく。それに白い方と並べると更に引き立ちますね。このマールスの香りも良い…」

 生地から漂うリンゴの甘酸っぱい香りをかいで、フリソスさんはお饅頭を口に運んだ。

「!!」

 彼の美しい瞳が見開かれる。

 私はぴたりと動きを止めて彼の反応をつぶさに観察しながら言葉を待つ。

 ど、どうかな…白餡とリンゴ、お口に合うかしら…。

 祈るような気持ちで彼を見上げて、喉が動いて飲み込まれていくのを見つめる。

 フリソスさんはじっと瞳を閉じて余韻を味わっているようだ。

 そして。

「美味い…!!」

 たっぷり時間をかけて心の底からそう告げた。

 やった!!

 私は内心どころか実際にも両手を握りしめてガッツポーズ。

「初めて食べましたがこんなに美味しい菓子が存在するとは驚きです。マールスの甘酸っぱさが、控えめな甘さの餡に包まれて、ずっと味わっていたいくらいに後を引きます。でも甘味特有のしつこさや喉を刺激するような棘はなく、滑らかに口の中へ消えていく。同時に鼻を抜けるこの香り…いくつでも食べられますよ」

 キラキラまぶしい極上の微笑みと高揚した頬、まるでちょっとほろ酔い状態のような艶ものせてフリソスさんは完璧な食レポをしてくれた。

 良かった…!!

 和と洋のコラボレーションお饅頭、口にあったみたい。

「皆様のお口にも合うでしょうか?」

「確信をもって、はい、とお答えしますよ」

「生地や餡の舌触りについてはいかがでしょうか?味だけでなく食べやすさなども改善点があればぜひ」

「ふむ…そうですね、出来立てをいただいたので生地の柔らかさや餡のなめらかさも違和感はありません。強いて言うなら出来立ては餡が熱すぎるので、この美味しさを感じられるまで少々時間が必要というところでしょうか」

「熱すぎない温度になるまで少しおいた方が良さそうですね」

 その間に生地が乾燥しすぎないように気を付けなきゃ。

 私はフリソスさんの意見に「乾燥注意」を添えてメモを取る。

 少ししてからほんのり冷めて落ち着いたもう半分のお饅頭を試食すると、フリソスさんは即座にサムズアップして「完璧」の合図をくれた。

 さらに時間を置いてから熱の逃げた紅白まんじゅうをそれぞれ口に運び「熱すぎず冷めすぎず」の、温かな状態で提供するのがベストだと結論付けた。

 その後フリソスさんが率先して片付けを手伝ってくれたおかげであっという間に厨房はキレイになり、待機していたゲートも一緒に自室へ戻ることにした。







 続く

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