第26話 聖騎士団withゲートの訓練
聖騎士団の模擬訓練は朝食後、定刻に開始された。
模擬訓練と言ってもいきなり対戦型の練習が始まるわけじゃない。
準備運動にストレッチが始まり、軽く剣の素振りなどの基礎練習を行って身体をほぐしていく。
騎士団長のフリソスさんはもちろん、ゲートも一緒になって念入りに練習を始めていた。
そんな様子を見守る私とサフィは、用意されていた簡易テントの中。
前面の幕を上げて見晴らしよくしてもらい、背後は厚手の幕で囲われている。
ドーム型をしたそのテントは騎士団が野営を行う時に使用する物らしい。
その中でも小型のものを用意してくれた。
私はてっきり、青空の下で河原の草野球を観戦するようにゲートたちの訓練を観るのだと思っていたのだけれど
「炎天下でないとはいえ、日差しを長時間浴びるのはよくありませんから」
と、フリソスさん。
だから私は素直に厚意に甘えることにした。
訓練がすすんでいくのを快適な環境で見守る。
ゲートは団員と同じ模擬戦用の両刃の剣を手にとっていた。
それをまるで重さを感じていないかのようにくるくると回しながら、軽快に手の中で操っている。
「剣舞…みたいだね」
思わずこぼれた感想に、サフィはこちらを向いて微笑みを浮かべる。
「アガートの剣技は軽やかでしょう?」
「うん。でもあの大きさ、重さも相当だよね?」
「ええ、さらに彼は重りを追加しているんですよ。柄の部分に黒い輪が嵌めてあるのが見えますか?」
言いながらサフィが指さす先を視線で追いかけ、確かに重りが二つ分あるのを見つける。
「彼の使用する模擬刀は近衛兵用の両刃剣の刃をつぶしたものです。そもそもが騎士団のものより大きく重いんです」
「それを更に重くしてるの?全然そんな風に見えないね」
もしかしなくてもゲートってかなりの怪力かもしれない。
体幹もしっかりしてるからブレないし、あの細さで…あの細さで!!
頼もしいし羨ましいし、羨ましい。
と、ついうっかり本音が爆発しそうになったところで、隣のサフィがくすくすと笑い出した。
はっと彼の方を見ると
「ユウ、全部口に出ていますよ」
ですと。
そして
「大丈夫です。貴女のことなら私でも簡単に抱き上げられますから。ご心配なく」
と宥められた。
そうか、今の私なら…って
「油断大敵!!私も身体を動かさなきゃ」
「では後ほどアガートに相談しましょう。私もお付き合いしますよ」
サフィはそう言った後、いよいよ模擬戦が始まるようだと視線をゲートたちの方へ促した。
導かれるように移した視線の先では、ゲートが静かに模擬刀を鞘に納めて瞳を閉じたまま微動だにしない。
片方の手は刀の柄のすぐ上に構えられていて、全身から研ぎ澄まされた空気が漂っている。
戦闘についてまるで知らない私から見てもゲートに近づくのは難しいと感じられるくらい、彼には隙が見当たらない。
それどころか気迫で押されてしまう。
多分それは的外れじゃないはずだ。
だって相手は生唾を飲み込んで、一歩も踏み出せないしましてや後ずさることもできない。
これは訓練で、本来ならどんどん踏み込んで打ち合いをしなきゃいけないはず。
でもゲートの放つ覇気が、それを許さない。
吸い込まれるように見入って様子を見守っていると、次の瞬間だった。
相手の騎士がほんの少しだけつま先に力を入れてわずかに前傾姿勢をとろうとした直後。
カーン!!
模擬刀が固く打ち払われた音が辺りに響き渡った。
「そこまで!!」
フリソスさんの声が静寂を打ち破る。
ゲートは最初と同じように模擬刀を鞘に納めて静かに佇んでいた。
そして終わりを告げる声と共に雰囲気を穏やかに緩めた彼は、すぐに相手の手を取って立ち上がらせている。
相手の騎士は
「やはりさすがです。私ではとても相手になりませんでしたね」
とじっとりと額に汗を浮かべながら告げた。
「そんなことはありません。間合いのとり方や打ち込むタイミング、こちらの緩急に合わせて行われていました。日々の訓練のたまものです。次は最初から打ち合いをしてみませんか?」
「ぜひ!ぜひお願いいたします!!」
一気に騎士のやる気がみなぎったのを見て、ゲートは嬉し気に笑みを浮かべる。
二人はすぐに剣を構えて再び向かい合った。
ぶつかり合う木の高い音が小気味よく続く。
他の騎士たちもあちこちで打ち合いをしていたけれど、ゲートたちが動き始めた途端、全員の視線がそちらに集中していた。
ゲートも相手の騎士も、互いの動きと呼吸を読みあうことに夢中になっていて、周囲の視線など全く気にしているそぶりはない。
緊迫した真剣な打ち合い、そう私が感じていた時だった。
「ユウ!!」
紙一重で相手の切っ先を交わしたゲートが突然声を上げた次の瞬間、彼は手にしていた模擬刀で地面の小石を打ち飛ばし
シュッ
鋭利な音を立てたその小石が私の耳元でぴたりと止まった。
正確には、受け止められていた。
「え…?」
驚いて横を向くと、そこには
「っててて…さすがアガート。訓練とはいえ容赦ないんだから」
そう言って顔をしかめながら苦笑し、小石を受け止めた手を押さえている彼の姿があった。
「…ディア!?」
「驚かせてごめんね。でもすごいでしょ?あんなに二人だけの世界で打ち合ってても、ゲートはユウの周囲を警戒してる」
「どういうこと?」
「こういうこと」
ディアはフードを被りなおして片手に木でできた小刀を私に向けて構えてみせた。
そういえばいつもと違って全身くすんだ深緑色の装束を彼は着ている。
フードで顔を隠せば、その姿はとても一国の王子様には見えない。
しかも小刀を持っているとなれば不審者そのもので、よく言っても隠密行動をしている密偵。
どちらにしても警戒される姿だ。
「殿下、おふざけが過ぎると次はありませんよ」
明らかに不機嫌、というか怒りを浮かべたゲートが模擬刀を握りなおす。
それに反応したディアは「ごめんごめん」と少しだけ焦ったような様子でフードを外すと、ひょこっと私の背中に隠れて様子を窺っている。
私の正面には怒気を纏ったゲート。
背後には懲りていないディア。
「あ、あの、ちょっとま」
「待ちませんよ」
「ゲート?」
「例え訓練の一部とはいえ、神子に刃を向けるとは何事ですか」
いつもより数段低くなったゲートの声が唸る。
そんな彼を
「お待ちください」
と今度はサフィが止めた。
私はサフィの腕の中から彼を見上げる。
それに気付いた彼も私の顔を見て満面の笑みを浮かべる。
訳知り顔だ。
「これは模擬戦です。恐らく私たちも含めて、の」
「どういうこと?」
「つまり不測の事態が発生した時、私たちもユウの側近として護衛する能力があるかどうかを試したのでしょう。シンケールス様のお考えになりそうなことです」
澱みなくそう告げるサフィは視線をゲートの向こう側、フリソスさんよりも更にその先へ向けた。
「シンケールス様…!?」
そこには幾分満足げな笑みを口元に浮かべる神官長様がいた。
大きな手のひらを叩いて乾いた音をたてている。
シンケールス様はゆったりとした優雅な動作に見えて、あっという間に距離を縮めて私たちへ歩み寄ってきた。
「良く気付きましたね、サフィール。アガートも素晴らしい反応でした。殿下もあの速度で小石を受け止められたのはさすがです」
笑顔とともに贈られる賛辞に三人は複雑そうな表情を浮かべて一礼する。
周囲にはシンケールス様の拍手する音が小気味よく響き渡っている。
私はといえば、彼らの様子を交互に見渡してようやく事態が把握できてきた。
つまりディアは私を狙う刺客、サフィとゲートは私の護衛…っていう役割で、その能力を試されていたってこと…だよね。
サフィはディアの気配を感じてすぐさま私を腕の中に庇い込み、なんとその攻撃を防ぐためのシールド?結界?のようなものを張っていたし、ゲートは模擬戦の相手の攻撃を避けながら不審者の気配に気づいて攻撃をしかけていた。
ディアはそれをしっかり受け止めていて…。
何も気付かなかったのは私だけ。
っていうか!!
ゲートとディアもすごいけど、実はサフィもすっごく実戦向きな人だったの!?
驚きでぽかんと口を開けたまま彼を見上げる、恐らくとても間抜けな顔をした私の視線に気づいたのか、サフィはいつもの柔和な微笑みを浮かべて
「私も少しはお役に立てましたか?」
と控えめに首を傾げて問いかけてきた。
「少し!?とんでもない!サフィ凄いよ!!私全然気づかなかった。何が起こったのか分からなかったもの!」
興奮冷めやらぬ私は早口で告げる。
するとサフィは「ふふ」と優しく笑って私の身体を起こしてくれた。
「それにしてもさっきのシールド?結界?あれは何?」
「実は月光神様が授けてくださった力の一つなんです」
「サフィにだけ、特別にってこと?」
「ええ、どうやらそのようです。大きな治癒能力も先ほどのシールドも、きっとユウを護るために授けてくださったんだと思います」
「そう…ホント、びっくりしちゃった」
種明かしをされたことでホッとして胸を撫で下ろした私に
「驚かせてしまって申し訳ありません。けれどこれで安心してボレアンへ行けますね。神子、今度の調査団は精鋭ぞろいです。とても心強い遠征になります。しかし貴女のことは波打つように広く知れ渡っていきます。少なくともこの国では貴女を知らない者はいないと言っても過言ではありません。思いがけない危険が迫ることもあります。必ずサフィールたちの傍にいてください。くれぐれも彼らから離れることはありませんように。せっかくの機会ですから貴女には今度の遠征を伸び伸びと楽しんでいただきたいのです」
と、シンケールス様は静かな声で言う。
まるで父親が子供に語り掛けるような深く優しい声と口調。
そして私を見守る慈愛に満ちた眼差し。
「はい、シンケールス様」
素直に頷けば、彼の大きな手のひらが私の頭を優しく撫でてくれた。
こうして「聖騎士団withゲート」の訓練は、サプライズ付きの実践編となったわけで、その後は予定通りの内容で訓練が続けられていった。
明日のボレアン行に支障が出ないよう、午前中に訓練は切り上げられ、十二分に余力を残している爽やかなゲートと、心地よい疲労を感じている聖騎士の皆さんの達成感を味わうため息があちこちから聞こえた。
因みにディアは訓練に途中参加し、こってりゲートに絞られたみたい。
それでもバテないあたり、何だかんだディアもちゃんと日頃から訓練を受けてるんだなぁ、と感じられて益々私のやる気に火が付いたのは言うまでもない。
続く
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