第24話 神子のお願い
朝食を終えて私が向かったのは聖騎士団の詰所がある建物。
がっしりとした石造りの砦のような場所で、そこには騎士団の宿舎も併設されている。
本部として機能している建物、訓練施設、そして宿舎と大きく分けて三つの施設が設置されている場所だ。
その本部がある一棟に、団長であるフリソスさんの執務室がある。
私はサフィとゲートの案内でそこへやってきていた。
お披露目からしばらくの間、私の予定をどのように伝えるか相談しに来たサフィにくっついて来た、という方が正しい。
フリソスさんは執務室で今後の警護体制を検討していたようで、私たちが行くと突然の来訪に驚きつつも快く出迎えてくれた。
がっしりとしたソファに座り、サフィから早速本題が告げられる。
バルコニーでの定時挨拶について知らされると、フリソスさんも驚いていた。
それでもすぐにこちらの意図を理解してくれて、感心とともに感激しながら感謝までしてくれた。
「分かりました、神子様がそう望まれるのであれば、我々騎士団は誠心誠意、しっかりと任務にあたらせていただきます。それから、一日の予定については前日の夕食前にお伺いするというのはいかがでしょうか。その時間に大まかな予定を教えていただければ、夕食時に一斉に騎士たちに連絡できます。その時間任務に就いている者たちには申し送りの時にでも伝えられますから、こちらとしては非常に助かります」
「ということですが、いかがです?」
サフィは私に視線を移して問いかけてくれた。
「私なら大丈夫。次の日に何をするかそれまでに決めればいい、ってことだもんね」
「ええ。少しの間、神殿で過ごす時間が増えると思いますが、出来るだけ自由な時間も確保します」
「うん。神子としてのお勤めも始まるから「神子の生活」にも慣れないとね」
そう言った私にサフィは優しく微笑みかけ、フリソスさんも同じように穏やかな目で頷いてくれる。
アガートに視線を移すと、彼も心得たと言わんばかりに力強く頷いていた。
あれ?そういえば…
「ゲートとフリソス団長はお知り合い、ですよね?」
何となく気になったことを口にすると
「はい。アガート殿にはよく聖騎士団の訓練にも付き合っていただいていました」
フリソスさんが嬉し気に教えてくれる。
確か前にゲートが言ってたっけ。
身体を鍛えるのが趣味で、休みの日も訓練してる、って。
それにしても近衛隊だけじゃなく、聖騎士団の訓練にも付き合っていたなんて。
ゲートは自分のことになると自分から話すタイプじゃないから、こうやって人伝いに話を聞いて知る、っていうことがよくある。
「普段もそうでしたが、特に演習や特別任務が近づく頃になると、よく騎士団の訓練で手合わせしていただいていたのです」
「ってことは…もしかして今回もそれにあたります?」
「そうですね、神子様のお披露目は最大の特別任務と言えます」
「じゃあ、もしかしてゲートと手合わせできるのを楽しみにしている方がいたり…?」
「ええ、アガート殿との手合わせは実践向きですから、みな、学ぶことが多くいつも楽しみにしています。決して楽な訓練ではありませんが」
フリソスさんはそう言って、ゲートに目配せする。
するとゲートは少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせた。
やっぱり、ゲートを待っている人たちがいるんだ。
それは私も何だか嬉しくて、自分のことみたいに胸の中が温かくなる。
ゲートにとって神子付きの護衛任務は何より大切な任務だと思うけど、でも私だけが独り占めしていい人材じゃない。
よし。
「ね、ゲート」
「ん?」
「今度騎士団の訓練、一緒にやるのはどうかな?」
「え?」
珍しく戸惑ったようにゲートが声をあげる。
サフィは私の隣で静かに肩を震わせていた。
きっと何を考えているかお見通しのサフィには面白い展開なんだろう。
でもゲートとフリソスさんは目を丸くして私の言葉を待っている。
大丈夫、良いアイディアだと思うんです。
「身体が鈍っちゃうのももったいないでしょう?それにほら、前に訓練してるところ、見せてくれるって言ってたじゃない?ちょうどいいと思うの。だから、どうかな?」
「どうっていっても、俺はユウの護衛を・・」
「うん。だから、私も一緒に訓練見るの。そうすればゲートだけじゃなくて騎士の皆さんもいるわけでしょ?とっても安全だと思うんだけど。ダメ?」
と、かつての私なら絶対にやらないような上目遣いに、ちょこんと首を傾げてみせる。
この世界で美少女に生まれ変わった今ならきっと効果は抜群のはずだ!
「っ」
案の定、ゲートは真っ赤な顔で言葉に詰まった。
あとはフリソスさんと約束すればいい。
「というわけで、フリソス団長いかがですか?騎士団の皆さんがお披露目に向けてお忙しいのは分かっているんですが、ぜひ訓練の様子を見てみたいんです」
期待を込めた眼差しを向けると、それ以上に期待と喜びが込められた視線がこっちを向いていた。
「こちらこそ、ぜひおいで下さい!!神子様に見ていただけるなんて、これほど光栄なことはありません。特別任務に向けて士気も上がります」
「ではいつがよろしいですか?」
「アガート殿の都合がつくときで構いません。こちらはすぐにでも準備できますから」
「だって。いつがいい?アガート」
「え?いや、俺は、ユウと常に行動するから…」
「じゃあ急だけど明日はどう?ボレアンに行く前の方がいいと思うの」
フリソスさんの援護射撃も受けて、畳みかける。
ゲートは変わらず戸惑っている様子だったけど、私たちが手合わせ実施の方向で固まったのを感じ取り
「ユウがそれでいいなら、俺はいつでも構わない」
と答えた。
大成功!
私は心の中で特大ガッツポーズ。
多分フリソスさんも同じだったと思う。
だから私は最後にもう一つ我がままを言ってみることにした。
「これから特に予定がない時は、騎士団の訓練にゲートも参加する、っていうのはどう?私は必ず訓練を見学するし、サフィにも一緒にいてもらう。絶対に勝手な行動はしないから」
ね?とサフィにも同意を求める。
すると彼は全て分かっている様子で、小さく笑って「仕方ありませんね。ユウの願いなら」とOKしてくれた。
ここまでくればゲートも観念して、反論する気はなくなったみたい。
「分かった。他ならぬユウの頼みなら、団長さえよければ参加させてもらうよ。確かに、ユウを護るために腕は磨いておきたいからな」
「私に否やはありません。すぐに明日の訓練を実践的演習に切り替える連絡をします。お時間はいつ頃がよろしいですか?」
フリソスさんの問いにゲートが視線をこちらへ向ける。
「朝食の後はどう?遅すぎちゃう?」
「いや、いつも騎士団の訓練に参加する時とほとんど変わらない。サフィールの都合は?」
「私は構いませんよ。神官としての予定はいくらでも前後させられますから」
「ではいつもと同じ時刻で予定します。神子様には安全な場所で見守っていただけるよう、席をご用意します」
「あ、なんなら芝生にシートを敷いて座るだけでも大丈夫ですよ?」
何だか大仰しくなりそうで、そう申し出た所
「「だめです(だ)」」
サフィとゲートに断固拒否された。
かくして「騎士団の訓練withゲート」は明日実施ということでまとまった。
聖騎士団の詰所から自室に戻り、今度は旅支度。
ボレアン行に向けて荷造りをすることになった。
本来はサフィが全て旅の準備をしてくれるらしいんだけど、自分の荷物は自分でやりたいと申し出ると、彼はそう言い出すことを予想していたのか、笑顔で承諾してくれた。
…とはいえ、今回の目的は「調査」だから、ひらひらしていて動きが制限されるようなドレスを着ることはない。
動きやすい神官服を神子用に少し改造したものをサフィが用意してくれていた。
トップスは軽く、裾も腰ぐらいまでの神官特有の貫頭衣で、ボトムスは動きやすく生地も柔らかなワイドパンツといった感じ。
貫頭衣をカットソーに変えたらかつての現代日本でも通用しそうなオシャレな仕上がり。
そのセットを予備も含めて五着持っていく。
すごいのはそれぞれ色違いで、貫頭衣に施されている月下美人の模様まで丁寧に布を重ねて作られている所。
「いつの間にこんなに用意してくれてたの?」
「毎日少しずつ進めただけですよ。本当は刺繍したかったのですが、さすがにそれでは間に合いませんから、妥協してしまいました」
「いや、これ妥協っていうレベルじゃないよ」
「ユウに気に入っていただけたなら嬉しいのですが、後ほど刺繍して縫い直そうと思っています」
「え?」
「やはりきちんと手間暇かけたものをユウにお召しになっていただきたいですから」
サフィは笑顔で、どこかウキウキしているようにも見える。
「ありがとう。でもムリしないでね?」
「はい。あ、そうだ、あとこちらを御髪に使わせていただきたいのですが、よろしいですか?」
そう言って差し出されたのは、色とりどりのシュシュ。
貫頭衣の色と同じ組み合わせ。
「これも作ったの?」
「ええ、せっかくですから」
どこまでも器用なサフィのお手製シュシュは編み込まれたレースに縁取られ可愛らしい仕上がりだ。
この完成度の高さ、きっとルヴィニさんにも引けをとらない。
「こういうオシャレができるのって嬉しいな」
「それは良かったです。今度はフードを被る必要はありませんから、好きな髪型にできますよ」
「ホント?」
と言っても、個人的にはお忍びの時の編み込みヘアーも好きだった。
それにサフィが作ってくれる髪型はどれも素敵で「これじゃなきゃイヤ」というこだわりもないから、いつもみたいにお任せになりそうなんだけど…。
せっかく好きな髪型に、って言ってくれたのに「お任せ」じゃ拍子抜けさせちゃうかな、と心配になりながらふとサフィの手に視線が向く。
細長くて骨ばった指。
でも意外と手のひらは厚みがあって頼もしさがある。
あの手で器用に私の髪を結ってくれてるんだなぁ、としみじみ感じていると「あ」と思いついてしまった。
「ねえ、サフィ、お願い事してもいい?」
「もちろん」
サフィは嬉しそうに頷いてくれる。
「あのね、私にヘアアレンジの仕方を教えてほしいの」
そう告げた私を見るサフィの視線と表情が一瞬固まる。
あ、あれ?
私何かまずいこと言った?
「サフィ?」
「はっ…いえ、申し訳ありません。ユウ、それは何かお気に召さないことがあったということでしょうか?」
見るからに悲壮感たっぷりで、今にもうるうると涙が浮かんできそうな勢いのサフィが私の両手をとっている。
「えっ?どうして?そんなことないよ!いつも綺麗に結ってくれるじゃない」
「ではなぜご自分でなさろうと…?」
そう言われて気付いた。
「サフィ、それ勘違いだよ」
「勘違い?」
「うん。もちろん自分で髪をいじれるようになるのは嬉しいけど、私サフィの髪を結ってみたいの」
「えっ?」
瞬時瞳がきらめいて口角が上がる。
「ユウが、私の髪を?結ってくださるんですか!?」
稀に見るテンションマックスなサフィは歓喜で頬を赤らめる。
「いや、あの、サフィの髪を結うというか、私も誰かの髪を編んでみたいな、って。あ、でも私全然上手にできないの。今まで自分の髪で試したことあるけど、どうもうまく編み込めないから諦めてて。だから」
「私の髪で練習してください、ぜひ!」
サフィは全力で前のめりになった。
「ホントにいいの?サフィの髪、ぐちゃぐちゃになっちゃうかも」
「構いませんよ。ユウのお役に立てるのなら本望です。どうぞ、練習台にお使いください。それに貴女の望みとあらば、私が一からお教えいたしますから。必ず上達なさいますよ。ですが…」
「何?」
「毎朝ユウの髪を結うのは私の日課であり、喜びであり、幸せでもあります。ですからどうか、今後も私にやらせてはいただけませんか?」
懇願するようなサフィの瞳は寂し気に揺れている。
どうやら新たな勘違いが生じているみたい。
「大丈夫、それはこれからもサフィにお願いします」
「はい!」
「代わりにサフィの髪を結わせてね?」
「喜んで!!」
かつての世界だったらどこぞの居酒屋チェーンで、そんな感じの掛け声があったなぁ、なんてぼんやり思い出しながら、サフィの満面の笑みに私は何だか照れくさくなったのだった。
続く
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