第3話 月光神の神子(その2)

 シンケールス様の話をまとめるとこうだった。

 この世界の男女比は8対2と女性の数が極端に少なく、女性は大切に扱われ、国に優遇されている。

 そうした事情もあって、この世界では一妻多夫という婚姻形態が一般的で、女性は最低でも2~3人の夫がいるということ。

 私が転生したのは「ユエイリアン」という国で、世界の東に位置する大国。

 国王の善政により物質的にも文化的にも豊かな国であり、女性に対する優遇政策はもちろんのこと、それでも「子を産む」という役割に縛られることなく職業選択の自由もあり、男女ともに自由意志によって自分の人生を歩んでいくことが出来ている。

 ただし、女性はこの国だけでなく世界中で貴重な存在であるため、国内外から求められていることから、犯罪に巻き込まれてしまう可能性はゼロではない。

 そこでユエイリアンでは「保護居住区」を設定し、そこに女性とその家族を住まわせ、衛兵たちが常駐して犯罪から女性を守っている。

 女性にかかる教育費や医療費などは国から補助があるため、実質免除されている。

 それでも女性の数はなかなか増えず、月光神の神子が長年望まれてきた。

 神殿による儀式が行われたこともあり、ユエイリアン国内には広く今回神子が降りてきたことは知らされている。

 近々国民にお披露目をする予定が既に進行中とのこと。

 すでに国内は熱烈歓迎ムードが広がっており、歓声が沸いているそうだ。

 月光神の神子はしばらくの間、神殿で生活することになっている。

 今いる部屋はとても簡素なものだが、それは神子の好みに合わせてカスタマイズするため、とりあえず設置されているかららしい。

 私としては別に今のままでも十分なんだけれど、すぐに国から使者がきて「神子が快適に生活できるように」色々揃えられるんだそう。

 贅沢は望んでないから、シンプルだといいな。

 そんな私自身がこれからすることといえば、月に一度、満月の夜に祈りを捧げ「生命の水」を作ること。

 「生命の水」とは、女性が女児を生む確率をあげるための「聖なる水」のことで、女性たちはそれを飲み続けることで効果が得られるそうだ。

 もし女児が生まれない場合でも、子宝に恵まれる効果は得られるため、例え少量であっても国民はみな待ち望んでいるとのこと。

 ただし、その「生命の水」は月下美人からほんの少ししか採取できない。

 しかもこの世界の月下美人は一晩で花開き、朝には散ってしまう。

 一度に大量生産できるものではないし、栽培は神殿のみに許されているため希少価値も高い。

 そこで神殿では満月の夜に合わせて大量の月下美人を育てていて、私は一晩満月の下で月下美人に囲まれて月光神様に祈りを捧げることが「仕事」となる。

 それ以外は割と自由が利く。

 この国に慣れるまでは、国や世界について学ぶことがメインになりそうだけれど。

 因みにこの世界は「月光神の神子は唯一にして絶対」の存在だから、その神子を守るという役割を担う神殿は国から独立している。

 国によっては神殿と国の間に溝が生じているところもあるらしいけれど、ユエイリアンはとてもいい関係を築きあげ、二本柱として互いを支え合い、国を盛り立てているそうだ。

 神殿で特別なことといえば、月光神の加護を受けた神官は「治癒能力」が使える。

 小さなかすり傷を治す程度から骨折や裂傷などの大きな怪我を治す能力まで、その力に差はあるものの、神官であれば使える能力だ。

 病気に関しては怪我を治すよりも大きな力が必要らしく、シンケールス様やサフィール様など、特定の人物だけが治癒可能。

 もちろん治せるものもあれば、軽くする程度しかできないものもある。

 あまりにひどい状態だと治癒は不可能な場合もあるらしい。


 というところまで話を聞きながらメモを取っていたところで

「さて、今日はこのくらいにいたしましょう。一度に詰め込んでも疲れてしまいますよ。後は徐々に学び、慣れていけばいいのです。そろそろ食事にいたしましょう」

 とシンケールス様が中断してくれた。

 ふう。

 確かに頭の中がいっぱいだ。

 とても覚えきれないし、周辺知識に関してはもっと聞きたいこともたくさんある。

 でもこれ以上は正直なところ頭痛がしてきそうだった。

「神子、お腹が空いたでしょう?」

 そう問われて初めて、そういえば。と気付いた。

 お腹…空いてる。

 自覚すると余計に空腹を感じて、ようやく「生きてる」ことを実感した。

 私、生きてる。

 これが現実。私の生きる世界。

 そう実感できることが、何だか少し嬉しい。

「はい、お腹空きました」

 ちょっと恥ずかしかったけれど、正直に告げた。

「では食事の準備をさせます。楽しみにしていてください。神殿自慢のお料理を用意しますから。そうそう、準備ができるまでの間は皆さんでお話しをしていてくださいね」

 嬉しそうにシンケールス様は言って、部屋を出ていった。

 残された私たちは少しだけ緊張した空気の中、そろってティーカップに口をつける。

 誰から始めようか様子を見ている感じがあったけれど、それを破ったのはやはりというか、ディアマンテ様だった。

「神子はとても綺麗な文字を書くんだね。これって神子の記憶にある世界の文字でしょう?」

 私の書いていたメモを楽し気に見つめている。

 当たり前のように書いていた文字がこの世界のものとは違うことに、指摘されて初めて気づいた。

「とても不思議な文字だよね。丸い線が可愛い文字と、直線で作られた複雑な文字、いくつか組み合わせて使っているんだね」

「これ、やっぱりこの世界の文字ではないんですよね?」

「うん。僕たちが使う文字は1種類だよ。こんなに複雑ではないから、きっとすぐに覚えられるんじゃないかな」

 そう言いながらディアマンテ様は私が使っていた鉛筆(のようなもの)を手にとり、紙面に文字を書き始める。

 アルファベットににているような、ちょっと違うような。

 でもその仕組みは英語のそれによく似ていた。

 一文字ずつは曲線と直線で作られていて、ブロック体に似ている。

 繋げて書いていくと筆記体のように見えた。

 世界が違えば文字が違うのは当たり前ね。

 …ってことは、言葉は?

 言葉も違って当然、なのに私たちずっと会話できてる。

「あの、言葉は?私一体どんな言葉を話していますか?」

「こちらの言葉をとても流暢にお話しなさっていますよ。きっと月光神様のご加護ではないでしょうか」

 サフィール様が教えてくれた。

 私の言葉、自動変換されてるのかしら。

 ありがとう、月光神様。

 心の中でしっかりお礼を言っておく。

 するとどこかで優しく笑う女神さまの声が聞こえた気がした。

 それに安心感を覚えると、ふっと肩の力が抜けた。

 随分気を張っていたみたいだ。

「神子、疲れたならソファで休むといい。少し眠るか?食事が来たら起こすから」

「アガート様…ありがとうございます。でも大丈夫です」

「そうか。それならハーブティのお代わりを頼もう。リラックスできる」

「はい」

 すぐにアガート様は立ち上がり、廊下に控えていた人物にお茶のお代わりを頼んでくれた。

 そして彼が戻ってくると

「そうだ、神子、名前を教えてほしいな。肩書よりも、ちゃんと名前を呼びたい」

 とディアマンテ様が言った。

「あ、ごめんなさい。私すっかり忘れていました。私、由羽といいます」

「ユウ。良い名前だね。可愛い響きをしてる。神子にぴったり」

「そうですね、ユウ様とお呼びしても?」

 「様」!?

「いえ、あの、様だなんて!由羽でいいですよ」

「だが神子はこの世界で最も尊い存在だ。呼び捨てるなんてとても…」

 三人は驚いたような反応を見せたけれど、そこは切り替えの早いディアマンテ様。

「じゃあ僕たちはユウって呼ぶね」

 とすぐに承諾してくれた。

「ですがディアマンテ様、それはあまりにもおそれおお」

「サフィール、僕たちは神子の夫候補だよ。何よりも誰よりも神子の意思を尊重するのが大切でしょう?名前の呼び方で神子が委縮するようなこと、あってはいけないと思うんだ。本末転倒になっちゃう。だよね、アガート」

「それは、まあ、そう、ですが…本当にいいのか?神子をユウと呼んでも」

 アガート様はまだ戸惑っているようだった。

 ここは一押しでいけるな。

「はい!ユウって呼んでください。その方が私も嬉しいから」

「分かった。では、ユウ、これから俺たちが貴女を守るから安心してくれ」

「ありがとうございます」

 よし、やった!

 名前で呼ばれるのがこんなに嬉しいなんて久しぶりだ。

 そして最後まで葛藤していたサフィール様も

「分かりました。それでは私もユウと呼ばせていただきます。ユウ、私たちに何でも言ってくださいね。私たちは貴女のために側にいますから」

 と折れてくれた。

 そんな二人を見て

「ユウ、僕も貴女のために頼れる男になるから。楽しみにしててね」

 と嬉しそうに笑うディアマンテ様。

 三人の想いにはまだ戸惑ってしまうけれど、それでも純粋に向けられる想いは嬉しかった。

「良かった。ユウ、ちょっと笑ってくれたね」

「あ…」

「えくぼが出来てる。可愛い」

 そんな事を言いながら笑顔を浮かべるディアマンテ様の方が嬉しそう。

 見ているこっちまでもっと嬉しくなるような、眩しい笑顔だ。

「そうだな。ユウは笑っている方がいい。その笑顔は俺たちが守るから」

「アガート様…」

 言い方は淡々としているのに浮かべられた微笑みがあまりにも優しすぎて、告げられたセリフと相まってとてつもない破壊力だ。

 私の心臓は一気に早鐘を打ち始めた。

 耳の奥にまで響いてくる自分の鼓動。

 思わず胸を押さえて顔を逸らすと

「ちょっとアガート!そういうのズルいから!!」

 ディアマンテ様が拗ねたように抗議の声を上げた。

 もう、そういうところが何だかたまらなく可愛らしく見えてしまう。

 仮成人してる、って言ってたけどサフィール様たちと比べたらやっぱり若いなぁ。

 ん…?

 そういえば「仮成人」って何?

「ディアマンテ様は成人してらっしゃるんですよね?」

「えっ?もしかして今の僕を見て疑ってる?いいよ、分かってる。二人と違って子供っぽい、って思ったんでしょ?はぁ」

「あ、ごめんなさい、違うの。そうじゃなくて」

 分かりやすく落ち込んだ子犬のような彼に、慌てて否定してみるけれど。

「ふふ。いいよ、本当に大丈夫」

 と彼は突然大人びた苦笑を浮かべた。


 トクン


 不覚にも胸が高鳴る。

 この人たちはあれね、多分自分の顔面偏差値が抜群に高いことなんて自覚していない。

 見た目も中身も良いって何それ、どんなチートなの。

 などと思っている私を見てディアマンテ様はまた笑みを深くした。

「あのね、ユエイリアンでは18歳から二年間は仮成人と言って、社会人見習いみたいな扱いになるんだ。仕事を覚えたり色々な制度を理解するための期間だよ。でも成人としての権利も義務もあるから、結婚も許されているってこと。そして20歳になったら一人前の「成人」として認められるんだよ。女性はその限りじゃないんだけどね」

「男性と女性で違うんですか?」

「うん。女性はもっと早く「成人」するよ。えっと、何ていうか、身体の仕組み上そうなっているというか」

「ディアマンテ様?」

 突然もごもごし始めた。

 心なしか顔も赤くなってきている気がする。

 まるで困ったように視線を彷徨わせて、結局サフィール様に救いを求めたようだ。

「この世界において女性は妊娠、出産できる状態になると成人として扱われるんですよ」

 サフィール様は私を気遣いながらそう教えてくれた。

 そっか…そうよね、女性が少ないっていう事はそもそも少子化が進んでしまう危険性を孕んでいて、さらに晩婚化なんてことになったら尚更国としては困ってしまう。

 何だかかつて私が生きていた世界とそう変わらない気がしてきた。

 ここまで大々的に妊娠・出産を求められてはいなかったけれど、少子化も晩婚化も社会問題になりつつあったもの。

 あの頃はそういう話題すらも「セクハラ」になりかねなかった。

 でもそんな悠長なことを言っていられるような状況じゃないのよね、この世界は。

「つまり私はもう成人しているんですよね?」

「恐らく。神子は成人した状態でこの世界に遣わされると教えられています。でも焦る必要はありません。女性に期待されている役割のことばかり考えたら、プレッシャーでしょう?」

「サフィール様…」

「ただでさえ神子という特別なお立場なんです。ユウはきっと真剣に受け止めて頑張ろうとしてしまうでしょう?ほんの短い時間ですが、お話の中でそう感じました。でも子を成すのは女性だけでも、男性だけでも出来ない事です。互いがいて初めて出来る事。それは全てにおいて言える事なんです。貴女の肩にのしかかってくるものは、私たちも一緒に背負いますから。一人で抱えないでください」

「サフィールの言う通りだ。それだけは約束してほしい」

 アガート様の真っ直ぐな眼差しが私の心まで射抜いてくる。

 それは不快なものではなく、むしろとても温かいもの。

 これからどうなっていくのか全く分からないけれど、今はこの人たちの言葉を信じよう。

 瞳を、そして心を信じてみよう。



 この世界で幸せになるために、私は差し伸べられた手をとることにした。







 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る