第47話 チキンレース
『ティティってマジで強かったんだな』
『あいつただのギャンブル中毒じゃなかったのか』
彼女の戦いを見た視聴者たちが、そんなコメントを配信に流していた。
しかし、シェリアのようにティティの実力を知っていた人も一部いたようだ。だけど、その人達すらも多少は驚いている模様。唯一彼女の力を信じ切っていたのは、ユーザーネーム『神祖の吸血鬼』さん。ほぼ確実に、シェリアだろう。
洞窟を進むこと二時間。
俺たちは最奥にたどり着き、それまでの間にティティのレベルも一上がった。そして、いまのところ彼女の負け金額は七万円らしい。投げ銭のおかげで収支はプラスになっているようだけど、ギャンブル事態ではいつものように完全敗北だ。
「ほら、そろそろアプリを切っとけよ」
「嫌だ! あと五分――いや、あと三時間だけやらせてくれ!」
「要求増えすぎだろ……」
ボス戦が終わったらやっていいから――と中毒者をなだめつつ、視線を奥に向ける。
大広間の中央――俺たちがいる場所から二、三十メートルほど先に、丸くなって寝息を立てている双頭竜――ツインヘッドドラゴンがいた。俺たちは声を潜めることなく普通に喋っているが、敵がこちらには気付く様子はない。おそらく、テリトリー的なものがあるのだろう。
「ここから狙ったらどうなるのかしら?」
「ん? どうなんだろ――って、マジで!?」
千春は俺が止める間もなく矢を放っていた。真っ直ぐと突き進んだ矢は、ドラゴンの近くまでたどり着くと、甲高い音を立てて何かに弾かれた。やはり、あの透明のドームが出現しないと戦闘は開始されないらしい。
たぶん、相手から俺たちに対しても同様なのだろう。
「蛍さん、地球にある文化――『チキンレース』というものをご存知ですか?」
唐突に、ヤックルが口の端を吊り上げてからそんなことを聞いてくる。
「そりゃ知ってるけど、なぜ今その話を?」
「あのボスにどこまで近づけるか、勝負しませんか? 負けたほうがクッキーを奢るということで」
「別にクッキーはいらないんだが」
「も、もうっ! アホ毛が触りたいなら初めからそう言ってくださいよっ!」
「言ってないし言うつもりもないです」
くねくねと身体を揺らすミニ痴女を見てため息を吐いた。チキンレース自体は、面白そうだからやってもいいけど。
うーむ……しかしボス戦を前にして、そんなにのんびりやってもいいのだろうか?
あまり気にしてないとはいえ、いちおう配信中だし。
そう思いながら、スマホで配信画面を確認してみると、
ヤックル推し:ヤックルがやりたいって言ってるでしょうが! やりなさいよ!
ヤックルの下僕:賛成に一票です。あぁ……これが組織票という奴なのでしょうか。
犬畜生:ティティ様がたくさん映るのならば賛成
神祖の吸血鬼:私もやりたい
隙あらばメイテン:蛍さんが勝ったらお祝いにコーラ奢ってください
見慣れた視聴者たちのほか、大多数がチキンレースに賛成のようだった。みな、名前やどんなゲームかは理解しているが、実際に見たことはない様子。
「じゃあ全員でやるか――横並びになって、最大一歩、最低足一つ分は前に進むって感じでどう?」
そう言いながら千春を見てみると、彼女は肩を竦めながら「いいわ」と口にした。ボソッと「負けた人には何をしてもらおうかしら」とか言っていたけど、空耳だと信じることに。
「なかなかギャンブル性の高そうなゲームだな……面白い」
ティティはチキンレースにギャンブル性を見出したらしく、結構張り切っていた。ヤックルがカリカリと地面に引いた線の前にすでにスタンバイしている。
「じゃあ誰からやります!? みなさんチキンなら私が最初にやってあげてもいいですよ!」
「あ、あぁ。別にヤックルからでいいよ」
「では私は二番目に行かせてもらおうか」
「じゃあ私は最後にするわ」
というわけで、俺は三番目に足を進めることになった。
罰ゲームは、ヤックルが三日間クッキー禁止、ティティが三日ギャンブル禁止、俺が三日間朝シャン禁止、千春が三日間早起きとなった。罰ゲームの内容に差があるのではないかというツッコみはあったけど、ここで討論が白熱もしても面倒だから、妥協に妥協を重ねてこんな結果になった。
「ふふふ……では私から行かせてもらいます! チキンでない私は、大きな大きな一歩を踏み出しちゃいますよぉ!」
張り切った様子で鼻息を荒くそう言ったヤックルは、股が割けてしまいそうな大股で一歩を踏み出した。といっても、俺の一歩と大差ないのだけど。
「どうですか!? みなさん私の勇気に恐れを――あ」
「「「あ」」」
ヤックル推し:あ
ヤックルの下僕:あ
犬畜生:あ
神祖の吸血鬼:あ
隙あらばメイテン:あ
半透明のドームが俺たちを覆い、チキンレースは終了した。
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