第40話 戦いたくない……!



 ワールド最強らしいシェリアを下僕にできることがほぼ確定した。

 だからティティにもはや用はない――と言いたいところだけど、そこまで俺は性格が悪いつもりもないし、心の底から悪になりきれないので、シェリアを下僕にしたりするつもりは毛頭ない。ちょっとからかってみただけだ。


 女子中学生と女児とのハートフルな朝を過ごして帰宅すると、俺がシャワーを浴びている隙に、アホ毛をいじられた女児が今朝のシェリア下僕事件のことを千春にチクった。


 ヤックルがヘロヘロになっていることをいいことに、ジャンケン抜きで俺が先にシャワーを浴びたのだけど、そのことが不満だったのか、もしくはアホ毛を触られまくったことが嫌だったのか……ともかく、俺がシェリアを下僕にしようと画策しているらしいと千春に話したらしい。


 そんなわけで、俺は早朝から家の外で正座をさせられている。すみませんでした。

 朝の陽ざしと石畳の冷たく硬い感触を味わっていると、ヨロヨロとした足取りのティティが俺の前にやってきた。

 彼女は、俺が正座をしていることを気にも止めず、土下座。


「全財産、失ってしまった。もはや私には何も残っていない」


 そう言って、ティティは土下座の姿勢のまま拳を地面に叩きつける。


「そっすか、お疲れっす」


「冷たくないか!?」


 いや元からそこまで温かい人間ではないと思うぞ俺は。千春に対して以外。

 今はギャンブル中毒者のことなんかよりも、千春の機嫌をどうやって取ればいいのかを考える方が大事だ。


 一番怒っていたのはたぶん、相手が美少女であったということ、そしてヤックルのアホ毛を触りまくったことに対して。下僕云々に関しては案外なんとも思っていなさそうだった。


「昨日は『配信をしているから勝てないのかもしれない』と思って、配信無しでやったら無収入になってしまうし、日払いの宿に住んでいたからそこにも行けない。そして食料も家に置いてなかったから、昨日の夜から私はもやしひとパックしか食べていないんだ」


「なぁ、どうやったら千春の機嫌が直ると思う?」



 雑音を無視して、俺は土下座ウーマンに問いかける。


「見事なまでのスルー!? こんな美人が露頭に迷っているのだぞ!? もっと他に掛ける言葉があるんじゃないか!?」


「真面目に働け」


「ふっ――それは無理だな」


 ドヤ顔が腹立つ。

 こいつ、日本にいたら絶対『働いたら負けだと思う』とか言ってそうだ。


「まぁ別にいいよ。他に人は見つかりそうにないし、二十五万円分割で支払ってくれ」


 俺がため息混じりにそう言うと、彼女は豊満な胸に手を当てて安堵した表情を浮かべる。


「寛大な処置に感謝する。ついでにお金がないので泊めてください。あと、食料も分けてください」


「帰れ」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ティティと話していると、ヤックルと千春が玄関を開けて俺たちを家に招き入れてくれた。なぜか当たり前の様にティティも付いてきていたが、変に千春を刺激するのも怖いので黙っておく。


「二十五万円は用意できたのかしら?」


 リビングにやってきたところで、千春がさっそく本題を口にする。

 チラッとティティの顔を見てみると、彼女は滝のように汗を流していた。そして、俺に目を向けて、パチパチと下手なウインクを送ってくる。


「このギャンブル馬鹿は大負けして全財産無くなったらしいぞ。そして、掃除洗濯その他の家事は全てやるから、この家に厄介になりたいってさ」


「私はそんなめんどくさいことやりたくない!」


「じゃあ帰れや」


 ギャンブルだけしていればいいとでも思っているのかこいつは。金が欲しかったら働け。

 この前ティティの戦闘成績を確認したところ、魔物戦では5戦5勝0敗、対人戦では12戦1勝11敗という『なんでこいつが代表なんだ?』と思ってしまうような微妙な戦績だった。俺は負けしかないような戦績なので、人のことは言えないのだけど。


 だが、ヤックルと違って魔物戦も経験しているし、戦えないということはないはず。

 ならば、戦って稼ぐのが一番だろう。バイトするよりは、時給は良いはずだ。


「なぜあなたは戦わないのかしら?」


 俺が疑問に思っていた部分を、千春が聞いてくれた。

 一度も街に出たことがないと言っていたし、何か理由がありそうな気もする。


「だって戦いなんてつまらないじゃないか。パチンコのほうが何億倍も楽しいぞ! 私はあの当たるか外れるかソワソワしている時間が最高に好きなんだ!」


「死ね」


「急な暴言!? なぁ蛍、千春がすごくひどいことを言ったぞ!?」


「千春の挨拶みたいなもんだよ。俺もよく言われてるし」


「私も慣れました! 声の大きさとか声色で、千春さんの感情がちょっとわかります!」


 俺とヤックルがそう言うと、ティティは戸惑った様子で千春に目を向ける。


「そうなのか!? ち、ちなみに今の感情はどんな感じなんだ?」


「「『死ね』って感情だな(ですね)」」


「何も変わってない!?」


 そんなわけで、我が家に家事担当のギャンブル中毒が加わることになった。


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