第39話
本日は定休日だけど、朝はいつも通り。俺とヤックルは公園で日課の訓練をこなした。
汗まみれの姿を千春に見られるわけにはいかないので、少し離れた場所にあるスーパーに行く余裕はない。行くとしたらコンビニで、その後パパッとシャワーを済ませる必要がある。
ただ、最近の朝食は弁当ではなくシリアルだし、牛乳もまだ冷蔵庫にあったから大丈夫だろう。
そんなわけで、親子のような身長差の俺たちは余裕を持って家に向かって歩いていたのだけど、その道中――キックスケーターで道路を走る、中学生ぐらいの白髪の少女を見かけた。
その女の子はすれ違う際にこちらをガン見しており、その後、後ろから追いかけてきた。
「あんた、森野蛍でしょ?」
「人違いです」
なんとなく面倒くさいような雰囲気を感じたので、即座に嘘を吐く。
その女の子は、朝日を反射するツヤのある長い白髪を俺から見て右側でまとめている。たしか、サイドポニーって名前の髪型だっただろうか?
口調から察せられる性格の通り、気が強そうな吊り目で、ルビーを埋め込んだかのような赤い瞳。なんだかこの子、最近どこかで見たことがある気がするんだよなぁ。
「えぇ!? 私、ずっと蛍さんのこと、森野蛍さんだと思っていました! 違うんですか!? もしかしてモリーノ・ホタールみたいな!?」
台無しだった。一緒に歩いているやつに紹介されてしまったならばもはや言い逃れはできない。とりあえず、このちんちくりんにこれ以上変なことを言わせないために、アホ毛を握りしめておくことにした。
「ぁんっ、蛍さんっ、こ、こんな人前で――っ」
「しばらく悶えてろ」
頬を紅潮させて身体をくねくねと動かすヤックルはひとまず無視して、白髪の女の子に目を向ける。彼女は俺とヤックルを見て顔を真っ赤にさせていた。
「あ、あなたたち、どういう関係なの……?」
「見てわかるだろ?」
主従関係だ。
女の子はごくりと喉を鳴らして、「そ、そう」と歯切れ悪く返事をした。
そして、空気を変えるためか一度咳ばらいをして、俺に人差し指を突きつける。
「私の名前はシェリア・ウィルソング。あなたたちには負けないわ!」
「はぁ」
なぜかライバル宣言っぽいことをされた。対抗意識を燃やされるのは別にいいのだけど、それをわざわざ宣言しにくるのはなぜだろう。
その意味を考えるべく、眉間にしわをよせて頭を働かせていると、女の子――シェリアは「ふふん」と勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「悔しいでしょう? 最初は上手くやったようだけど、残りの二つの初撃破報酬は私たちに獲られたものね。あなたたちには悪いけど、最後のボスの報酬も私たちがいただくわ」
キックスケーターのハンドルに肘を乗せ、シェリアは顎を持ち上げて居丈高に言う。
身長百四十そこらだから、どうしても子供が強がっているようにしか見えないんだよなぁ。
「二つの初撃破報酬――白髪――って、あぁ! トルテのところの子か! あの、めちゃくちゃ鼻血を出してた!」
そういえばスカルアーチャーのボス戦の配信に出ていたなぁと今更ながら思い出した。たしか彼女は、鼻から血を噴き出してその血を自在に操って攻撃していた。
異世界には骸骨相手に興奮できるツワモノがいるらしいと三人で話題にしていたものだ。
たしかに便利そうなスキルだとは思ったけど、それ以上に見た目が衝撃的だったから、普段は使わない俺の脳の記憶領域にも残っていた。
「――し、しかたないでしょ!? いつもなら腕に傷を付けて血を出すのに、この身体、なぜか血が鼻からしか出ないんだもの!」
「思春期だからな、エロいこと考えちゃうのは仕方ないさ」
「思春期じゃないってばっ! 私はもう3000年生きてるもん!」
たぶん中学二年生ぐらいなんだと思う。興奮して素の言葉遣いみたいなのも出てきているし、必死にキャラを作っているんだろうなぁ。微笑ましい。
「うんうん、アレだろ? なんか闇の儀式とかやっちゃう感じだろ?」
「それぐらいできるってば! 今はできないけど、元の身体ならできるもん!」
「うんうん、わかるわかる。目とか腕がうずいたりするんだよな?」
「その呪いはもう克服した!」
やべぇ逸材に出会ってしまった。これは生粋の中二病だ。異世界にも中二病なんて文化があることに驚きを隠せないんだが。
この子には、できればこのまま育ってほしい。面白いから。
もしかしたら異世界人のこの子は、本当に闇の儀式とかできちゃったりするのかもしれないけど、俺は中二病説を信じたい。なぜかって? そっちであってくれたほうが面白いから。
「ところでシェリアって何しに来たんだっけ?」
「――っ! せ、宣戦布告よ! 最後のボスも、私たちが初撃破報酬を頂くわ! 三日後に配信するから、見ていないさい!」
「じゃあ俺たちは明後日行くとするかぁ」
溜まる予定だったギルド設立資金も、どこかの馬鹿のせいで溜まっていないし。
三連続で初撃破報酬を獲られるのは、先のことを考えるとちょっとマズい気もする。
「や、やめてよ! 私たちが報酬を頂くの! あんたたちが明後日行くなら、私たちは明日ボス倒しに行くもん!」
「言ったな? 明日ボスを倒しに行くんだな? もしその約束破ったらどうする?」
俺は空気を重くするべく、意識して真面目な表情を作り、シェリアに問う。
「ふん――発言したからには、怖気付くつもりなんてないわ。私は吸血鬼の神祖――戦力期待値は四千万を超えて、このワールドで一番よ? 魔物相手に一度も負けたことはないし、たとえ神に力を抜かれていたとしても、他の参加者に後れを取ることなんてないわ」
はちゃめちゃな数字がシェリアの口から出てきたけど、それは別にいい。
「で、約束を破ったらどうするんだ?」
大事なのはこっちのほうだから。
俺がそう問いかけたとき、ヤックルが何か言いたげに俺の服をつまんできたが無視。コリコリとアホ毛を手でこねくり回すと「んぁあっ」と声を漏らして、しなだれるように俺にもたれかかってきた。まだ君は喋らんでよろしい。
「その時は貴方の下僕にでもなってやるわよ!」
あまり私を舐めないでちょうだい――とでも言いたげに、シェリアは睨むような視線を俺に向けてきた。
ほうほう――明日ボス戦に行かなければ、彼女は俺の下僕になってくれると。
「そうか、じゃあ配信を楽しみにしているぞ」
俺は捨て台詞のようにそう言うと、ヘロヘロになったヤックルを脇に抱えて家に向かって歩き出す。
さて――。
明日も定休日で街の外に出ることはできないんだけど、いったいシェリアはどうするつもりなんだろうなぁ。
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