第22話 ヤックルの本気
ヤックルは回避専門、そして千春には街で購入した弓があるけど、俺はまだ何も持っていない。無手でも十分にやれるのだけど、この世界での装備は見た目以上に効果があるらしく、 俺も何か武器を持っていたほうがいいのではないかという話になった。
「というわけで、我々がやってまいりましたのは、街の北西に位置する湖! 水辺にはウルフさんやゴブリンさんが水を飲みに来ているようです。美味しいんでしょうか?」
「誰に向かって言ってんだ?」
「日本のレポーターさんの真似です。ネットで見ました!」
あぁそう。口元に木の棒をもってきていたのは、マイクを持っているつもりだったのか。
「ヤックルも一緒に飲んできたらいいじゃない? サイズ的には一緒ぐらいだから、きっと魔物も気づかないわよ」
「……蛍さん、なんだか千春さんが私に対して辛辣になっている気がするんですが、これは仲良くなれたと思っていいのでしょうか?」
「うん、いいと思うよ」
「やったーっ!」
たぶんヤックルがまた性感帯がどうのこうの言ったから、不機嫌になっているだけだと思うけど、黙っておこう。優しい嘘って大事だよね。
それはさておき。
「ここは魔物が固まっているな。他の参加者も、多数の魔物と一緒に戦っているみたいだし」
辺りを見渡してみたところ、現在三つぐらいのパーティが戦闘中だった。そしてそのどれもが、ドームの中に複数の魔物が存在している。
「ゴブリンが集まっている場所を探しましょう」
「うい~」
「合点承知っ!」
今回俺たちがこの場所にやってきた目的は、レベル上げという意味もあるのだけど、メインはゴブリンのドロップする武器を獲得することである。
掲示板の情報によれば、ドロップ率はそれなりに低いらしいし、複数回戦闘をこなす必要があるだろう。
しかしなんで俺たちは……
「異世界にきて鉄パイプを求めているんだろうなぁ」
こん棒とかのほうが、まだ良かったよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「鉄パイプをこんなにもありがたく思う日がくるとは思わなかったぜ……」
時刻は夜の七時前。
湖の周囲でゴブリンやウルフを狩っていたのだけど、肝心の鉄パイプがドロップせず、一日の外出可能時間のギリギリになってようやく一本ドロップした。
「ちなみに街で購入すると1200円らしいわ」
「ねぇなんでその情報を今言ったの? 聞きたくなかったんだけど」
俺たち三人が今日一日で稼いだ金額、二万円近いんだよ? 十本以上買えちゃうよね? その辺、千春なら分かってるよね?
「そんなに怒らないでよ……私はただ、蛍をいじめたかっただけなのに」
「いや別に怒ってな――いや怒るよ!? いじめたかっただけなら怒りしかないが!?」
「大丈夫ですか蛍さん? アホ毛、触ります?」
「『おっぱい揉む?』みたいなテンションで言わないでくれる!?」
呆れる俺に対し、ヤックルが「どうぞ」と俺に向かってズイッと胸を突き出してきた。
胸を触らせろって言ったわけじゃないし、彼女は見た目五歳児だし、ともかく色々と間違っている。揉むというより『撫でる』だろ。
「大丈夫蛍? おっぱい揉む?」
「いいんですか!? 本当にいいんですか!?」
うっかり鼻血が出そうだったぞ。いや、ちょっと出ているかもしれない。
「ダメに決まってるじゃない。アメーバからやり直しなさい」
空高く打ち上げられてから地底にねじこまれた。落差が凄いね。
「じゃあなんで聞いたんだよ……」
「蛍さん! 私のアホ毛で良ければ!」
「お前はお呼びじゃねぇっつってんだろ!」
頭を抱えながら「ひどいです!」と嘆くヤックルは放置。
俺は肩を落として街へ向かって歩きながら鉄パイプを使い心地を確認する。
この世界にも月に似た存在があるらしく、夜でも外はそこそこ明るい。
「どう? 少しは使えそう?」
弄りモードはすでに終了したようで、俺の隣を歩きながら千春が聞いてくる。
「握り心地的には棒術って感じだけど、この長さなら剣術のほうが相性いいだろうな」
鉄パイプの長さは七十センチほど。
本当にただの真っ直ぐな鉄パイプで、グリップがあるわけでもなく、そこらの工事現場から拾ってきたような代物だった。いちおう、攻撃力はプラス3されるらしい。
「蛍さんはどんな武術をやってきたんですか?」
俺たちの速度に合わせるべく、早歩き状態のヤックルが聞いてくる。
いちおう「もう少し遅く歩こうか?」と聞いたけど、本人が拒否したのでこの状態だ。
「んー、色々教えられたからなぁ。中途半端だろうけど、だいたいの武術はできると思うぞ」
合気道も柔道も剣道も空手も、テコンドーとかムエタイの技なんかも覚えている。
「ちなみに千春は弓で世界一だ。すごかっただろ?」
「はい! 蛍さんも千春さんも、世界代表にふさわしいと思いました!」
明るい表情でそう言ったヤックルだったが、徐々にその顔を暗くさせていく。
「でも、やっぱり自分がなぜ選ばれたのかはわからないです。この神ノ子遊戯に呼ばれたのは凄く嬉しくて光栄で、日本サイコーって思うんですが。他の参加者のみなさんも、凄い人たちばかりですし」
尻すぼみになりながら、ヤックルが言う。
たしかに……それは俺も思っていた。
街の外で戦っている人たちをみたところ、皆戦闘技術に関してはかなりデキる人ばかりだった。唯一魔物がいない世界出身の俺も千春ですら、魔物を倒せるのだし。
そんななか、魔物と戦えないヤックルは異質な存在だ。
「走るのが得意なのよね? ちょっと蛍と競争してみたら?」
落ち込むヤックルを見かねたのか、千春からそんな提案が出た。
たしかに得意分野は『走ること』と言っていたし、彼女の気分を盛り上げるためにもいいかもしれない。
ステータスがどれぐらい身体に影響するかはなんとなくわかったし、俺とヤックルの『速さ』のステータスは、それぞれ20と25。ヤックルのほうが少し高い。
以前公園で走っているのを見たし、このステータス差ならばちょうど同じぐらいの速度になるのではないかと思う。ぎりぎり、俺が勝つかな――といった感じだ。
「いいんですか!? 本当に勝ったらクッキー買ってくれるんですか!?」
「そんなこと一言も言ってないけど、まぁそれでいいよ」
俺が頭を掻きながらそう言うと、ヤックルは先ほどまで意気消沈していたのが嘘のように明るい表情になった。それどころか、こちらを見上げてニヤリを口の端を吊り上げる。
「私はこれでも、走りに関しては誰にも負けない自信がありますよ」
「そりゃ楽しみだ」
きっとアホゲスト族の中での話なんだろうなぁと思いつつ、スタートの準備をする。
俺はクラウチングで、ヤックルはスタンディング。
「じゃあ始めるわよ――いちについて……よ~い、どん!」
千春の可愛い合図を聞いて、俺は地面を蹴った。
「――うっそだろ!?」
スタートしてからコンマ数秒で、すでに俺はヤックルの背を追うような形になっていた。
しかも、その距離はみるみる離されていく。
スキルを使った様子はないし、あれがヤックル本来の走りってことか!? いくらなんでも速すぎじゃね!?
これは予想外……ズルだけど、たしかめさせてもらうとしよう。
「――焼きつけろっ!」
限界突破のスキルを無理やり発動させて、獲物をしとめるつもりでヤックルを追う。
が――、
「く、はははっ――なんだよ。お前やっぱり、世界の代表じゃないか」
ステータスでは俺が勝っていた。
さらにスキルを使ってステータスを倍化しているのにも関わらず、俺とヤックルの間にできた差は、広がる一方だった。
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