第15話 ヒュンとした
倒されたボスは光の粒となって。俺たちを覆っていた半透明のドームは消えた。
そして光の粒は空中で集まり、ソフト―ボール大の塊になる。
その光り輝くボールは、弧を描き街の方角へ飛んでいった。おそらく、あれが第二エリアに進むために必要な宝玉なのだろう。
終わってみれば実に呆気なく、危うげのない戦いだった。
「千春おつかれ。魔物はどうだった?」
「動く的だと思えば平気ね」
髪を掻き分けて、千春が言う。
人付き合い以外は度胸のある千春のことだから、例え相手が見たことのない魔物だったとしても臆することはないと思っていたが、予想通りだったな。
「ん? あぁ報酬か」
フォン、という機械が立ち上がるような音とともに目の前にウィンドウが現れた。
【取得経験値:150】
【取得金額:1500円】
【ドロップ品:回復薬E】
【初撃破報酬:100000円】
隣にいる千春のウィンドウを覗き込んでみると、彼女も俺と全く同じ内容が記載されていた。
二人で二十万……?
三十万円もらえるんじゃなかったっけ?
脳をフル回転させて状況を整理していると、後ろから「おい」と声を掛けられた。
振り向くと、空の細い瓶を持ったダックスさんがいた。戦闘が終わったので俺からはHPゲージは見えないが、おそらく回復薬を飲んだのだろう。よっぽどギリギリだったらしい。
「お前たち、めちゃくちゃ強いじゃねぇか!」
そう言って、いつかのように俺の背をバシバシと叩いてくる。
千春はスススと俺の陰に移動した。
「まぁこれぐらいは。スキル無しでも倒せたと思うんですけど、勝手に発動しちゃうんですよね、このスキル」
「スキルのことは別に話さなくていいぞ。俺の世界ではスキルのことを聞くのはマナー違反だったしな――そんなことより、ほら」
ダックスさんはスマートフォンをスッスッと慣れた様子で操作する。そして、「蛍もスマホを出してくれ」と言ってきた。文明の利器使いこなしてるなぁ。
言われた通りにポケットからスマホを取り出すと、彼は自分の物を俺のスマホに近づけてくる。すると、俺の画面に何かが表示された。
内容を見てみると、《ダックスから譲渡申請がきています》という文字の他、十万千五百円、それから先ほど俺と千春が得たドロップ品の回復薬が表示されていた。飲んでいたのは自前の回復薬だったのか。
「十万だけでいいですよ――千春もいいよな?」
「……まぁ、別にいいわよ」
「ってなわけで、約束通り初撃破報酬はください。ダックスさんたちが削ってくれたおかげで多少は楽できましたし」
もっと戦いたかったけど――という本音は胸にしまって、笑顔で言う。
するとダックスさんは、「んー」と困ったようにぼりぼりと頭を掻いた――が、再びスマホを操作して近づけてくる。俺の画面には、十万円だけの譲渡画面が表示された。
それを受け取り、ほっと息を吐く。
するとその瞬間、
「「「「「うぉおおおおおおおおおおっ!」」」」」
周囲でボス戦を見守っていた野次馬たちが、一斉に歓声をあげた。
そして俺たちのもとへ一直線に走ってくる。
おいおい……なんか俺たちが来てたときより倍ぐらいの人数になってないか?
「蛍、逃げるわよ」
「だな」
素早く千春に足払いを掛けて、肩と腰を支えてお姫様抱っこ。
千春も俺の行動を理解していたらしく、すぐさま首に腕をまわしてきた。
「――焼き付けろ」
「もうちょっと光をおさえてくれる? 眩しいわ」
「微調整なんてできねぇよ!?」
そんなわけで、俺と千春は群がる参加者たちから脱兎のごとく逃げ出したのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まぁこうなることは予想できていたけれど――」
「なんだかちょっと申し訳ないよな」
「いい気味よね!」
「あ、ソウデスカ」
お姫様抱っこで観客たちの前から逃げ出した俺たちは、街に入ってもたくさんの人に声を掛けられた。そしてその内容のほとんどが、『仲間にならないか』というものだった。
しかし、俺たちはその申し出を全て断った。
ギルド設立のために人数は必要だし、弱い仲間はいらず、強い仲間が欲しいという彼らの気持ちも理解できる。
だけど、手のひらを返した相手の仲間になるというと、俺も千春も気が乗らなかったのだ。
そういう意味では、最初から最後まで俺たちを勧誘していないダックスさんとかのほうが好感を持てる。
「なんにせよ、ボス戦が配信されたんだから俺たちが『戦える奴』だってことはそこそこ伝わったんじゃないか? メンバーを誘うのも楽になったと思うぞ」
ちゃぶ台を挟んで向かいに座る千春に言う。彼女は帰りにスーパーで買ったホットの緑茶を飲んでから、「そうね」と口にした。
「どうせギルド設立まで資金はまだ必要だし、少しずつ貯金しながら仲間を探しましょう」
「だなぁ……というか、千春は住む場所とかこのままでいいの?」
念のため、聞いてみる。
そりゃ千春と同棲状態であるこの環境を失いたくはないが、あくまで俺の『好き』は一方通行だ。幼馴染ということで多少許されてはいるけれど、彼女が別居を望むのであれば諦める覚悟はしている。
俺だって今の状況が異常だってことは、理解しているし。
「多少金額が上がるぐらいなら、もう少しいい部屋に移ることも検討しようかしら」
「……そっかぁ」
「家賃は蛍が出してね」
そう言って、千春はニヤリと笑う。
……ん? どういうこと?
意味が分からず首を傾げていると、千春はムッとした表情を浮かべた。
「そっちのほうがわかりやすいでしょう? 食費とかは私が出すし、蛍のパジャマとかだって私が出してるんだし」
「あ、あぁ。それはもちろんありがとうなんだけど、俺と一緒のままでいいの?」
「嫌なら一度だって一緒に寝たりしないわよ」
いいらしい。
ということはつまり、同棲公認ということでよろしいでしょうか?
同じ屋根の下で可愛い幼馴染と二人――親の目はなく、親しき間柄だ。
当然、何も起きないなんてことは――、
「変なことをしたらそのタマ握りつぶすわよ」
何も起きそうにありませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
人知れず、下半身の一部がヒュンとした。
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