第4話 スキル、ゲットだぜ!



 その後、きっちりとしたスーツを着こなした男性がダンジョン攻略にあたっての注意事項などを話していた。


 曰く、強制週休二日制である。

 曰く、八時間以上、街の外で活動してはならない。

 曰く、魔物殺された参加者は半日間五歳児になる。


 などなど。


 労働時間もそうだし、労災どころか死を無かったことにできるホワイト企業もビックリの内容だった。


 他にも色々と説明してくれていたが、普段頭脳労働を行っていないため、俺が覚えていられたのはこれぐらいのもの。たぶん千春が覚えてくれているのでなんとかなるだろう。


 開会式が終わり、人々はまばらに散っていく。


 ――が、こちらに歩み寄ろうとする人は一切いない。それどころか、目が合った人はそそくさと逃げるように去っていく。


 しかしなぜ、ここまで俺たちは避けられているのだろうか。


「……ふふ、みんな後悔すればいいのよ」


 黒い笑みを浮かべる千春が、背筋を凍らせるような声色で言う。


「私たち、戦力として期待されていないそうよ」


 そう言いながら、千春は開かれたしおりを俺の眼前に持ってきて、トントンと指先で一部を指し示す。えーと、なになに?


【森野蛍:対魔物戦、0勝0敗。対人戦、0勝45632敗。戦力期待値0】

【臼井千春:対魔物戦、0勝0敗。対人戦、42勝75敗。戦力期待値0】


 目を覆いたくなるような惨状だった。

 うそぉ、俺って親父にそんなに挑んでたの?

 物心ついたころから稽古をしていたとはいえ、めちゃくちゃな数字だった。


 もしマイナス評価があるなら、俺はとんでもない数字になっていたかもしれないな。加点方式バンザイ!


「場違い感は否めないし、他の人はそりゃめちゃくちゃ強いんだろうけど……せっかくだし、上位を狙いたいよな。なんでも願いを叶えてくれるって言うんだから」


 元の世界には同じ時間に帰ってこられるっていうし、ここで鍛えて帰還すれば親父を倒せるようになるかもしれない。


 デメリットがあるとすればホームシックになる可能性があるぐらいだろうけど、千春がいればその気持ちもたぶん湧いてこないだろうし、日本の街並みだからわりと平気そうだ。


「蛍は何か願い事でもあるの?」


 ふむ……願い事ねぇ。


「そういえば特にないな」


 なんでも叶えてあげると言われたからとりあえず飛びついたけど、冷静になって考えてみると特に思い浮かばない。


「万が一俺だけギリギリ入賞するようなことがあったら、千春の願いを叶えることにしよう」


 これは好感度上昇確定ではないだろうか。ご褒美にほっぺにキスぐらいしてくれるかもしれない。

 俺の回答を受けて、千春はなぜかげんなりした表情を浮かべる。なんでだ?


「蛍は道場が地区開発で潰されそうなんだから、それをなんとかしてもらったら?」


 あーたしかに。それもあるか。

 俺はどっちでもいいのだけど、親父は道場に思い入れがあるみたいだし、その願いもありかもしれない。


「それに、蛍は私が好きで好きでたまらないんでしょう? 私と付き合いたいとか願えばいいじゃない」


 自分で言っていて恥ずかしかったのか、千春は俺から視線を逸らしながらそう言い放つ。

 たしかにそれは叶えたい願いではあるんだけど、


「相手の意思を神様に変えて貰いたくなんかないよ。それに、本当にほしいものは自分の手で掴みたい性分だからな」


「……あっそ」


 そっぽを向いたまま、千春はぽつりと漏らす。


 口の端が嬉しそうにつり上がっているけど、それを指摘してしまうと毒舌が飛んできそうなので、賢い俺は自重した。


 両想いになれるまで、あと一歩というところなのかもしれない。




 二人で来た道を戻り、目覚めたアパートに帰ってきた。


 地球の神様は『世界を構築した』と言っていたけど、なぜこんなおんぼろアパートを作ったのだろうか。

 どうせ作るのなら綺麗な建物にしてほしかったです。


 玄関の扉を開けると、メイテンちゃんが俺の布団で横になっているのが見えた。

 千春はその光景を見ると、靴を脱いでつかつかと歩いて近づいていく。

 そして、


「そこをどきなさい」


「ふぐぇえ!?」


 メイテンちゃんのお腹を思いっきり踏みつけていた。

 アレ、痛いよね。俺も百回ぐらい味わったことあるよ。


「メイド天使、メイテンちゃんに向かって何をするんですか!」


 メイテンちゃんって呼び名、いつの間にか自称するようになっているんだが。気に入ったのか?


 苦し気な声を上げながらお腹を押さえて立ち上がったメイテンちゃんは、ふわふわと宙に浮かび上がると、腕組みをしてため息を吐く。


「そんな乱暴なことをするのなら、スキルをあげませんよ」


 スキル? なんか必殺技みたいなやつってことだよな?


「あなたの一存で決めていいのかしら? 神ノ子遊戯の決まりなんでしょう? しおりに書いてあったわ」


 メイテンちゃんを見上げつつも、見下ろすような視線を向ける千春。


「他の世界の人たちは、みんなスキルを一つ残して、レベル1のステータスになっているらしいわよ。私たちはスキルが元々ないから、公平性を保つためにスキルを与えられるみたい」


 さすが千春。情報収集が速い。


「なんかレベルとかステータスとか、ゲームみたいな世界だな」


「異世界ではこれが一般的みたいね」


 はー、異世界って不思議だ。


 千春の言葉にぐぬぬと言葉を漏らすメイテンちゃん。しかし、どうやら千春の言っていたことは図星だったらしく、メイテンちゃんから反論の言葉は出てこない。


「もういいです、さっさと渡して帰ります。コー〇とポテ〇でストレス発散します」


 メイテンちゃんはふてくされたようにそう言うと、俺と千春、それぞれに手の平を向けた。


 彼女の手の平からは青白い光が現れ、ふわふわと俺たちの元へと漂ってくる。

 手を伸ばすと、その光はスッと溶けるように身体に馴染んだ。



 どうやら、俺は『限界突破』というスキルを与えられたらしい。

 


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