蚕と化け物と異世界と

空飛パスタ

第一話:洞窟探検する羽目になったんですが......

「ん~~~~・・・」


これはどういう展開なんだろう?

確かに僕は久方ぶりに出会った大事な友との有意義な時間を過ごし、すこぶる気分が凄くよかったから会社まで徒歩で帰ろうとしていたんだが・・・


「まぁいつも通りだな・・・」


もはや恒例行事のような感覚まで感じてくる。

それもそのはず、僕はこうして異世界に行く体質・・・というのだろうか、他の人とは大分違う欠陥とも言える異世界転移の能力を持つ。

しかし最近では、例えるならば地元でたまにあるお祭りやイベント並みの頻度でこうして異世界に落ちても元の世界に戻ることが出来る装備を常備している。

そう、こういう時の為に独自で開発したスマホ、”TRIGGER(トリガー)”を常備している。

僕も含め自分が居る世界ではまれにだが異世界に転移してしまう人が一定数居て問題視されている。

その為に開発されたのがこのトリガー、我が社や他の箇所などにある巨大アンテナを通じて異世界に居ても通信連絡を可能とした次世代の画期的技術。何気に特許も取れちゃってる凄い代物だ。

そんな凄い技術が詰まったトリガー、自分用にスペックもついでに高性能にしているから趣味のスマホゲームもスイスイ遊べちゃう。

自分で開発したエミュレータソフトも入っていて専用のガジェットも欲しなっちゃって作ってしまったこともあるなぁ。

まぁさすがにエミュは不味いから市販には入ってないけども・・・


「さぁて、いつも通りアゲハちゃんに連絡してー・・・って、ん?」


いつも通り、異世界に居ても連絡を取れる専用の通信アプリを選択したのだが・・・

画面にはエラーの表示が出ていた。


「エラー? あぁ待って・・・、これ凄く嫌な予感する」


本来、エラーを吐くこと自体おかしいことだ。

自分で開発して何度も実験していてその度に不具合を見つけたら修正パッチも当ててる。

何度も異世界転移を繰り返しているからバージョンもゲームならばとんでもない数字を出している。

ゆえに、この場合想定されることが1か2ある。

まずその1、元の世界のアンテナに何らかの破壊や破損といったトラブル・アクシデントが発生した。

しかし、この手の事はまずありえないが先に来る。

開発設計した巨大アンテナは、落雷や台風、テロリズムによる破壊工作といった自体を想定して外部からの攻撃を受けても多少の損傷程度にあっても感度が低下しない設計にしてある。

その為、この1の説は話に上がるけどハズレだ。

となれば、残る2の説。

何者かによる異世界への強制転移、およびジャミングによる監禁。

これが僕が居る世界で最近になって起き始めてる異世界転移問題の原因だ。

ある意味、犯罪事件とも言える。

神に近い能力を得た外部の者が恨みや企みといった様々な理由を元に特定の人物を異界に転移させ、元の世界に帰られぬようにあらゆる手段を遮断して妨害することによりその世界に監禁するという手口。

だけども、このトリガーのおかげで何件かはすぐに元の世界帰れたりして警察組織によって解決している。

それでも指で数える程度でしかないからまだまだ改良の余地があるのが現状。

ここ最近でも異世界経験を何度も持つ有力者が複数人誘拐される事件があったっけか。

理由としても何かの実験によるものだったそうで誘拐された者たちの力勝ちで犯人の排除によって解決したそうだが・・・


「これかなぁ~・・・」


まさか自分巻き込まれるとは。

ウチの知り合いを見てもそういった事件に巻き込まれたなんてことはないし、誰かに恨みを買ったことなんて記憶にない。

そういうことと想定すると、犯人は愉快犯という線が出てくる。

そうなると僕は凄く嫌な宝くじで当たりかハズレしかない中で唯一の当たりを引いた事となる。


「嫌な当たりだなぁ~・・・」


大抵はスマホを通じて迎えに来てもらって脱出するのが定番のようなものだが、こうなってしまうと最後まで付き合うしかない。

正直、異世界に構うほど暇していないし、会社のオフィスでまだ作りたい物が山ほどある。

一応、こういった事態を想定して会社にストックとして50以上の設計図は置いてるけども・・・


「あ~もう、悩んでも仕方ない。とりあえず先に進もう、もうこうなったらさっさと自己解決して元の世界に戻るしかない」


僕が居る世界ではこういったケースの場合、異世界転移を行った相手に対して殺害などしても許される法がある。

というか、大体は元凶を殺害などで倒さないと帰れないパターンしかない。

・・・こちらとしては手慣れている。というより、相手に対する殺意しか沸かない。

覚悟してろよ元凶、誰に対してくだらん茶番を仕掛けたか、説教垂らしながら死ぬほどしばき倒してやる。


――――・・・出発してから一時間経過した。

どうもこの洞窟。一本道なのか分かれ道も何もなく、まるで海底トンネルのように出入り口が見えないほど先があまりにも遠すぎる。


「そういう割には途轍もなく広いんだよなぁ・・・」


天井を見上げても普通のトンネルよりも一回り大きい。

地面から天井までの高さが人数人分でも足りないほどに広い。自然によって出来ている感じがするが、これほどの大きいトンネルは初めて見る。


「これなら多少派手に戦っても問題ないな・・・まぁ、さすがに爆発物とか使う戦闘はないとは思うけど・・・」


もし万が一ここが想定通り海底トンネルならば天井が崩れた場合それと同時に海水が流れ込んできて一巻の終わりだ。

なるべく爆発など大きい衝撃が伝わる戦闘だけは控える必要があるだろう。

まぁ海底トンネルでなくても瓦礫に埋もれて死ぬパターンもあるだろう。

・・・少し嫌な事を考えているながら進んでいると目の前に・・・


宝箱が道のど真ん中にポツンとあった。


「・・・・・・。」


当然の無言。怪しい、怪しすぎる。

どう考えてもこんな道のど真ん中に宝箱がポツンとあること自体ありえん。

ゲームでも100%罠の確率しかない。

周囲を見るに、魔法やワイナーなどの使ったトラップは見受けられない。

残る考えから想定するならば、これは・・・ミミックだ。


―――ミミック、宝箱に化けたモンスター。

その実態は不明だが、カラになった宝箱に潜んで待ち受けたりする個体も居たりと様々。

釣られた冒険者などを鋭い牙などで噛み砕いたり、そのまま丸呑みにしたりと一度捕まれば脱出するのが困難なモンスター


思えばこれまでの異世界人生、一度もミミックに引っかかったことがない。

存在を知ったのはいつ頃だったか、過去の異世界転移の際に冒険者が何も考えずに宝箱を開いて引っかかったのを見たぐらいだ。

いやはやしかし、まさかここに来てミミックに遭遇することになるのか?

いや待て、もしかしたら本当に宝箱の可能性もあるだろう。


「あ~~~~・・・よし、ここはゲームで覚えた判断術を使おう」


その判断術というのは凄く簡単。

とりあえず衝撃を与える。こうすることによりミミックならば反応し、本当に宝箱だった場合は無反応という事だ。

・・・まぁあくまでゲームで覚えた知識だから100%判断できるかどうか怪しいけども・・・

迷ってる場合じゃないし、やらねば損。試して見るのが一番!

近くにあった手のひらサイズの大き目の石を掴み、宝箱目掛けて投げた。

コツンというよりもゴッ!という鈍い音がして、少しの沈黙が流れた。


『ガタガタガタガタガタ!!!』


「おぉ」


狙いは的中。宝箱は途轍もない揺れ方をしはじめた。

パカッ!と宝箱の蓋が開くと中には鋭い牙と共に黒い物体・・・いやモヤと言えばいいのか兎に角言葉では言い表しにくい中身が見えた。

正体を現すと共に皮である宝箱を小刻みにバウンドさせながらこちらに近づいてくる。

何か言いたいのだろう、だが人間のように言葉を発する機能がないのだろう、何も言葉を発さずに近づいてきている。


「ストップ!」


両手を前に出して静止するように大声で言った。

普通は止まらないだろう、だがこのミミックは多少おびえる感じでピタッと止まった。


「石をぶつけたのは謝る、すまない。ただ確かめたかったから石をぶつけただけだ」


通じるかわからないけど会話を試みる。

理解したのかミミックはパカパカと蓋を開け閉めしている。

豪く大人しい・・・というよりも敵意を感じない、このまま素通りしても構わないそうだ。


「変に起こして悪かったね、ここを通してもらうよ」


そう言って先へ行こうとミミックを避けて通ると、後ろから箱がバウンドする音が聞こえる。

振り返るとミミックがついてきてるのだ。

とは言ってもこちらに襲い来る気配はない、道端で会った野良犬が後ろについてくるような感覚がする。


「・・・・・・もしかしてついてくるの?」


そうだと言いたいのか蓋を2回開け閉めした。

・・・まさかのお供が出来た。桃太郎もびっくりなお供が出来た。


「まぁ別に僕としては構わないけど、そのままだと箱痛みそうだしなぁ・・・」


こっから先は長距離の移動が想定される、そうなればミミックの箱では移動するにもキツいし何よりバウンドするもんだから箱が損傷しかねない。

それでもついてきたそうに蓋をパカパカ開け閉めしている。


「ふむ・・・ちょっと待ってね」


辺りを見渡し、手頃な大きさの石を見つける。


「・・・パンドラシステム、起動。」


石に手を当てて自分の持つ能力、パンドラシステムを起動させた。

未だにどういう理屈・原理なのかはさっぱりわからない力だが、産まれた当時からどういうわけか備わっていた。

これまで異世界転移を繰り返している僕としてはこの能力はなくてはならない必需品のような物だ。

能力としては、様々な機能があって万能という言葉がしっくりくるほど多機能だ。

その中でも一番使うのが錬金術と自分でそう呼んでいる機能。

目の前にあるのはれっきとした石、鉱物ではあるのだが強度などと言った点では自分が描く設計図通りに組み上げられない。

だがそこはパンドラシステム、石を別の物質に変換する。

もはや高度な錬金術の一種だ、石を鉄に変えて脳に描いた設計図通りに組み上げていく。

制作時間にして2~3分経っただろうか?

そうこうして出来上がったのはホームセンターなどでよく見かける台車だ。

鉄製に仕上げたからミミックの体重で壊れることはないだろう


「よし、出来た~! 君、これに乗って」


ミミックはぴょんと飛び跳ね、ガタン!という音を上げながら綺麗に台車に乗った。

台車の持ち手を握り、ガラガラと言わせながら押して進んでいく

スムーズに台車を動かせている辺りそれなりに重さがあるが、言うほどズッシリ重いわけじゃない。

だがこの大きさのミミックを手で運ぶとなると無理がある。

そう思いながら台車は洞窟の先へと進んでいく


それから20分程度経過しただろうか?

遠くで音が鳴り響いていた。

金属音・爆発音だろうか? 聞きなれた音を感知する。

音からして複数人が戦闘をしているようだ、見えていないから判別が難しいが多分複数対1の戦闘だろう。


「あ~誰か戦ってるな? これ・・・」


普通なら「やったーラッキー♪」と喜ぶ所なのだろう、だが今の自分の状態は正直駄目だ。

何処の世界にミミックを台車に乗せて運んでる冒険者が居る?

出会った瞬間・・・「おまえ怪しい奴だな、切り捨てる!」なんてことになりかねん。

どうしよう。この状況めっちゃ困る。

このまま引き返えそうにも向こうに出口があるのかわからないしここまで一時間半は歩いている。

かといって戦闘が落ち着くまでここで待機するのも良いだろうか?

否。その場合、事よっては戦闘していた冒険者側が勝ってこっちにやってくる可能性が十分に高い、というか確実にそれだ。

じゃあこのままこのミミックを置いていくか? いや良心の呵責が許してくれないし何よりどこかに隠してやり過ごすにしろ行って戻ってくる行動自体が面倒、それ以前にこんなどう隠そうと物陰が無いに等しいこんな場所では確実に見つかるのがオチだ。


「どないしょ」


思わず声が漏れた。

どうするんだこの状況、冒険者と戦ってる奴が勝つに賭けるか?いや無理だ、戦闘音を聞く限り冒険者側が圧倒的勝っている。

戦ってる奴も十分強いだろうが、分が悪い。

そう考えてる中、ミミックはパカパカとどうしたんだと言わんばかりに蓋を開け閉めしている。

君ね、今まさに君と僕の命の危機に直面してる状況なんだよ? 少しは緊張感というものを持ちなさいよ君。

えぇい、もう迷ってる時間も猶予も案もない!


「行くしかない・・・行けばわかるさ、行くぞー!」


少し小走り気味に半場自棄になりながら音が響く先へと足を進めた。


それから2分経過。

音がする方へと進んでいき、辿り着くとそこには複数人の冒険者と黒いフードを被って大鎌を器用に振り回す者が戦闘していた。

やはり音を聞いた限り、冒険者側が有利だった。

黒フードの者はうまくかわしながら鎌を振るうも弾かれて反撃にあっている。


「アイリ!」


「わかってる!バーニングブレア!!!」


魔法使いが被るような帽子を被った可愛らしい女の子呪文を唱えると火炎放射器よりも強い炎が杖の先から放たれる。


「おっさん!」


「あいよ、瞬剣、隼の太刀!!!」


着物を羽織った中年男性が刀を構え、目にも止まらぬ速さで黒フードに複数回切り付ける。


「みんな!受けた傷を癒します!リカバー!」


修道女の恰好をした女の子がそう唱えると洞窟内というのに光が降り注いで戦っている冒険者達の傷を癒した。


「ありがとうリーファ!はぁッ!ブレイブクロス!」


ゲームとかでよく見る中世的な顔をした少年が自分の上半身ぐらいある剣を手足のように振るいバツ印を描くように切る。

・・・・・・想像以上に冒険者だ。

やっべ・・・これ選択ミスったかもしれ・・・


「あなた誰?」


首にナイフの刃が向けられる

いつの間に後ろに回ったのか、ちょっと後ろを振り向いて容姿を確認しようにも少しでも動けばナイフの刃が首に触れて出血しかねない。


「あ~・・・いや~・・・私は~・・・」


対人用の一人称「私」で会話を試みようとした。

だが、背後でもわかるように冗談も正論も通じないのだろう、殺気がひしひしと伝わってくる。

不味い、これ非常に不味い。

多分、声からして女の子だろう背丈的に僕より少し小柄同じぐらいの身長を持っている、背負っているような重さと腰辺りに踏まれてる感覚がそれを物語っている。

遠くから見えるあの少年と同じぐらいだろう。

いやそんなこと考えてる場合じゃない。

今、武器も携帯していないこの状況。

ミミックはこちらに何かあったのか察したのか箱の端から目がこちらを覗いていた。てか君、目移動出来たんだ凄い。


「話して、さもないと首を切るよ?」


脅し文句が怖い。

「自分は君らと同じ冒険者です」なんて言っても彼女は信じないだろうし、このまま答えなければ問答無用で首を切りに来るだろう。

はてさてどうしたもんか・・・ん?


『ガタガタガタガタガタ』


ミミックが震え始める。

そして次の瞬間、突然台車から飛び上がった。しかもかなりのジャンプ力で・・・


「えっ?」


後ろから小さく声が聞こえた、ミミックの突然のジャンプに気が逸れたんだ。

しめた、今しかない。

素早くナイフを握る手を片手で掴み、もう片方の腕で彼女の腹部目掛けて膝打ちをした。

うまくいった、彼女は突然の出来事と不意打ちに怯みナイフを地面に落とした。

そしてそのまま背負い投げで台車に叩きつけた。奇跡なのか、そのまま彼女は台車に乗った状態になり、すかさず台車を戦闘が行われる方へ目掛けて蹴り飛ばした。

それと共に地面に転がっているナイフを掬い上げるように拾い、自分も戦場へと駆け足で入っていく。


「なっ!?」

「えぇ!?」

「あぁん?」

「何事ですか!?」


冒険者たちも突然のことで気がこっちに逸れた。

自分は黒フードと冒険者の間に割って入るように立ち止まった。

それと共に飛び跳ねていたミミックが丁度僕の横に着地した。狙ってるのか君。


「何者だ!? 魔王の手先か!」

「回答としては”違う”よ。まぁ哀れにも洞窟に迷い込んだ冒険者だ」


いや無理あるなこの言い訳、今度はもう少しマシな嘘付こう


「そんな嘘っぱち誰が信じるって言うのよ!モンスターの盾になるように立ってるし、何よりあんたの隣いるのミミックじゃない!魔王の手下以外何だって言うのよ!」


うん、正論、ドが付くほど正論。

どこからどう見てもその魔王とやらの手先にしか見えないよね? そうだよね~・・・


「そう信じたければどうぞ。でも私としては君らと争う気なんてさらさら無いんだ」

「ほぅ?じゃあその手に持つナイフはなんだい?それに・・・そのつんざく様に凍てついた氷のような殺気・・・ただもんじゃねぇな、あんた・・・」


なにその謳い文句。おまえ氷柱みてぇだなって言いたいのか。

確かに瞬間冷凍機とか作ったことあるけどさ僕。


「このナイフはそちらのお嬢さんの物だよ。 何もしていないのにこちらに刃を向けてきてね、思わず抵抗したってところだよ」

「へぇ・・・」


信じてないなこいつも・・・

でもここでナイフ捨てたとしても説得として意味ないし、逆に立場が危うくなる・・・


「ナターシャ、大丈夫か?」

「けほっ・・・みんな気を付けて、そいつ・・・危険だよ」


あ、駄目だわそんな台詞吐いたらどうしようもねぇわ。

もうみんなこっち睨んでるよ、殺気立ってるよ。

・・・しょうがないかなぁ・・・


(ちょっと、君。)


緊張状態の中、後ろにいる黒フードにこっそりと声を掛ける。


(こうなった以上、逃げるが勝ち、ミミック持ってあの乗り物まで走って、そこから全速力で逃げるよ)


黒フードは言葉を理解したのか、何も言わずにミミックの方を見る。

当のミミックはやる気満々なのか、蓋をパカパカ言わしていた。その意気は良しだけど分が悪すぎだって君。

10秒経っただろうか、長いようで短い時間が流れ、緊張状態もいよいよもって爆発寸前だった。


(3・・・2・・・1・・・)

「GOGOGO!!!」


僕の合図と共に黒フードはミミックを拾い上げ、僕は台車に手を掴む。


「逃げる気か!?」

「逃がすかよぉッ!!」


ミミックを台車に乗せた黒フードはすかさず鎌を振るい、こちらに向かう冒険者を振り払った。


「くっ!」

「よし、君も乗って!」


黒フードは言われるままミミックの上に乗るような形で台車に乗り、僕は全速力フルパワーで足を走らせた。

ガラガラと大きく音を鳴らして台車は走り、まだ持つ体力と肺を酷使させながら追ってくる冒険者から全速力で逃げた。

後ろから魔法だろうか、炎やら雷やらが飛んでくるわ、ナイフも飛んでくるわでてんわやんわで頭が若干困惑しそうになるほどヒーヒー言いながら走った。


「えぇい仕方ない!パンドラシステム、起動!!!」


出口が見えない上に冒険者たちが必要以上に血眼に追いかけて来る以上、悠長に走っていてはいずれ追いつかれると判断し、パンドラシステムを起動させ、台車を分解・組み上げる。

その間、手に持っているナイフも分解して再度組み上げる。

これほどの規模をほぼ同時に複数組み直す作業は脳を焼くほどしんどい、鼻血が出てきた。

だが知ったことか、こっちは死ぬのが嫌だから必死なんだ、鼻血程度なんだ脳が若干しんどくなるのがなんだ、生き残るならば多少の出血と倦怠感なんざ耐れる。

脳を回せ、フル回転させろ、設計図を思い描け、必要な材料を作り上げろ、材料が足りなければそこいらの石を拾え、秒で完成させろ、いつもの事だろ余裕で出来る筈だカイコ。

石を拾い、物質を変えろ、鉄に変え、火薬に変え、組み上げて完成させろ。


―――出来上がった!


大きな荷台が付いた四輪バギー、手には拳銃を握りしめ、弾丸は十分に装填されていた。


「かがんで!」


荷台に乗っている黒フードに言うと黒フードはミミックの蓋を閉じながら上半身を下げた。

ありったけの銃弾をぶっ放した。


「何ッ!?」

「きゃあっ!?」

「ぐあっ!!」


冒険者たちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せ、肩に、足に、腹にそれぞれ数発当たった。

そのまま地面に倒れこんだ、足が止まった、今だ全速力で逃げろ。

バギーのエンジンを吹かせながら洞窟の出口まで走っていく


10分ぐらい経っただろうか、ようやく見えた光に安堵した。


「出口・・・!」


そしてそのまま何事もなく、バギーは出口を抜けた。

少し進んだところでバギーを止めて、僕はそのまま座席にもたれ掛かり垂れる鼻血とボォーとする視界を放置し、深呼吸をした。


「すぅー・・・はぁー・・・」


これがパンドラシステムの唯一の代償。

ある程度の規模ならば問題ない、ただその規模の許容範囲を超すと自身の脳への必要量が大幅に超え、多大な負荷をもたらしてやがてオーバーヒートする。

まぁ脳みそは人体のコンピューターとされる部位、そこを大いに使った能力ゆえの事だ。

幾ら設計図をすぐに書き上げる才能があっても、それを3Dプリンターのように作り上げるという作業が入るならば色々と話は複雑な事になる。

パンドラシステムには他にも様々な機能があるけど、この錬金術といった機能を使うとまるで制限があるかのように大規模な制作は肉体が追い付かない。

この程度の規模の場合なら鼻血と倦怠感程度で済むが、飛行機などといった分類の場合だともれなく脳が焼き切れて死ぬ。

そんだけ大きな力に対する代償が付いてくる力だ。

確かにこの世のありとあらゆる物質を強制的に別の物に変えてしまうんだ、もはや神の力とも言える禁術。

ただの人間がそうポンポン扱っていい代物じゃない。


(あ~・・・青い空と白い雲が広がってらぁ・・・)


まだ呆ける頭と乾いていく鼻血を感じながら静かに背もたれしていた座席から起き上がりゆっくりと降りる。

降りてすぐに荷台のところを見ると黒フードとミミックがこちらを見ており、何かを訴えるような感じをしていた。


「ここまで逃げれば少しは大丈夫だろう、ミミック・・・は喋れないのはわかったけど、君は? 言葉わかる?」


僕がそう質問すると黒フードは頷いた、だが言葉を発しない。

どうやら彼もミミック同様喋れない体質の子というわけか・・・

だけれども言葉によるコミュニケーションが取れるのは上々だ。

生物・・・特に人間は思考の理解があるのであれば手話などといった様々なコミュニケーションが取れる。

黒フードの彼は足がぼやけて腕も黒く手も指先が鋭く尖った爪のような見た目をしていてもちゃんとコミュニケーションが取れて敵意がないのであればこの上ない事だ。


「そうかそうか。 まぁこちらの言葉がわかるならそれに越したことはないよ」


さて、このままこの先に見える森の中を抜ける方が良いかな・・・

その時だった。

黒フードが突然こちらに向かって跪いたのだ。


「えっ? ちょっ・・・どうしたの急に!?」


何かを祈るようにも見える素振り・・・もしかして・・・


「助けてもらったことに関する感謝なの? それは・・・」


頷いた。

いやまぁあの場は成り行きとはいえ助けたには変わりないが、こちらとしては「困っている人がいれば助けてあげよう」の自分が作って殆ど自分しか守っていない馬鹿正直でアホみたいな社訓に従ったまでで・・・う~ん・・・


「いいよいいよ、顔上げて。 僕としては成り行きとはいえ困ってた君を助けたかったのは本心だし、見返り欲しさでやってるわけじゃないから」


そう言うと「しかし・・・」と言わんばかりに納得してない感じが伝わる素振りを見せる。

う~ん、もうここまで来ちゃったならば仕方ないかなぁ・・・


「う~ん・・・じゃあ、僕と一緒に来ない? このまま別れてもまたああいうのに襲われそうだし、君なんか悪そうに見えないからね」


ぱぁと気分が晴れるようにこちらを見て拝むように両手を合わせ会釈する。

わしゃ神様かってーの・・・いやまぁ枯木工房って会社の社長ではあるけどさぁ・・・

まぁ数奇な出来事が重なったとはいえ、心強い仲間が増えたのはシンプルに喜べる。

僕は黒フードを荷台に乗るように言って再びバギーの座席に座る。

エンジンは止めずにいたからアクセルを回して発進させて森の中へと入っていく


「出来れば死なないように平和的な道なりでありますように・・・」


そう願いながら二名のお供を連れたバギーは進んでいく・・・




......以上が物語の始まり、冒頭部分。

彼は幾度の体験を超え、幾度の修羅場を潜り抜け、......幾度の苦痛を味わうだろう。

さぁ行くがいい蚕よ、哀れで儚く惨めな虫よ。

飛べぬ羽を背負い、偽りの力を振るい、幾多の代償を払い、私の前に来るがいい。

心待ちにしているよ。

蚕。

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