01-08「現在逃走中」
数日後。テスト返却も無事終わり、その結果に満足する一部の生徒を除き、多くの生徒が
美術部の活動はもちろん行っているのだが、現在部活は夏休みに向けて、そして夏休み明けのコンテストを目標にやる気のある部員は熱心に作品製作に取り組んでいる。しかし、特にそういった出品を考えていない彼にとっての部活動はほんの気晴らしに過ぎず、ただ思うがままに作品を製作したり、サボったりしている。
そして訪れた化学部の部室。そこでは何と、ちゃんとした化学部らしい活動が行われていた。
内容は金属の燃焼実験で、実際に教科書に
「よし、どれもちゃんと教科書通りに出来たな。だが、教科書と同じだから実験しなくて良い訳じゃない。ちゃんと自分の手で道具に
そう熱弁するのは、この化学部の
この化学部の事情を理解、
基本的に一年生の理科の授業を受け持っているが、例外として二、三年生の最初の理科の授業のみ、中原先生が行うことになっている。
その理由としては、毎年全学年全クラスの最初の授業で同じ実験を行い、去年との
去年、彼の授業を受けてきた良祐は中原先生の授業内容を知っているが、とても楽しい授業だったと記憶している。
とにかく実験が多く、一週間の授業の中で最低でも一回は実験だけで終わる場合もある。多い時は、一週間の中で三回も実験の時もあった。彼の信条は、教科書よりもまずは実験だ。今年の一年生に話を聞いても同じような話がされたと直久が笑っていた。
先生
「よし、ちゃんと記録に残しているね。実験はただやるだけでは駄目だよ? 二年生以上の子達には散々口
そして、それに最も適した教材がペットボトルロケットだと彼は持論を展開する。
ただ遠くに飛ばすのではなく、決められた点にピンポイントで着地させることが出来るかを行う。
発射点から到達点まで、どのようにしたら良いかをまず考える。
ペットボトルの大きさは、羽の形は、枚数は、位置は、水の量は、空気圧は、発射角は。当日の風向き、天候は。
一年生の時点では、初めてペットボトルロケットを作る生徒も多いだろうということで、そこまで難しいことは要求されないが、二年生以上ともなると、今度は羽の取り付け位置や大きさの
何かをするのに必ず理由がある。ただ何となくの行動の中にも、何かそれをするための何かがなければその行動をしないはずなので、そのほんの小さな理由を探るべく考えることが大事なのだとか。そして考えた後、それを今度は相手に説明することが出来るようにする。これは三年生の内容だ。
過去二回同じ実験をやって、考察と記録をノートに書いてきた。それを元に去年はこう考えて実験したが、実際はこうだったから今年はこうしたらより真っ直ぐ飛ぶのではなどの仮説を立てることが出来るようになる。
ちなみに、ペットボトルロケット用の記録は授業で使うノートとは別にファイルとルーズリーフが渡され、それを毎年書いてファイリングして先生が保管している。授業のノートと混同してしまうと、ノートを書き切ってしまうと捨ててしまったり、またはなくしてしまったりすることもあり得ることから、授業の終わりに回収し、来年の授業まで保管している。そして三年生が最後の理科の授業を終えた時にファイルが渡される。
「良いか? 実験は一回やって終わりじゃない。何回もやる必要がある。失敗しても成功しても、必ず次を行う。仮に一年生の時に成功したからといっても、では何故成功したのかを説明出来なきゃいけない。それをこの一年で学んで二年生になった時に説明出来るようにする。そしてそれを再び実験を行うことで証明する。二年生で説明出来なくても三年生で出来れば良い。仮に三年生で出来なくても、この三年間で
どうやら、一年生の授業内容について
この先生の話に真剣に聞き入っているのは残念ながら友希道と直久の二人のみで、翡翠は逃げるように実験の後片付け。アリサはいつの間にか文庫本を手に読書体勢。伸介と彰布は変わらぬ様子。良祐は、そもそも部員ではないので聞き流していた。同じような話は去年散々聞いたということもある。
実験が一通り終わった所で、何故か部員ではない良祐も駆り出されて後片付けを開始した。そして部活を終え、いつも通りに
「今日は珍しく普通の部活をしていたんだな」
しばらく会話らしい会話もなく三人で歩いていたら、部活の一部始終を見ていた良祐が感想を言う。そこに翡翠が笑って答えた。
「いつもあんな
「立場上、他の部活に加入することは難しいですから、私も少しは皆さんと役割以外で打ち込むことが出来て楽しいです。やはり、部活に所属した以上はその部活をしっかり行いたいと思っていましたので」
「友希道ちゃんは真面目やなぁ」
そうやって話しながらいつもの道を歩く。
あの日以来特に良祐の身に目立った変化や騒動はなく、また【
護衛が二人、常に下校時では
そんな油断があったのだろう。
「えっ」
「っ!」
『
すぐさま察した二人は、友希道が軽く周囲を見渡しつつバッグからラジオを出して首に掛け、その間に翡翠もバッグから一枚のお
そして二人して勢い良く一回
「「
すると周囲の景色が一変する。町並みそのものの変化は見られないが、空気感、
【
周囲には意思のない、まだ【
「佐藤君の姿がない。急ぐよ?」
「はい!」
顔を見合わせて
「「
唱えた
「佐藤君の場所は分からないけど、【
「はい」
簡単に状況を確認し、一気に駆け出す。
一方で、そこから少し距離が離れた建物と建物が密集した物陰で、良祐は
(またこの場所か……)
翡翠達とはぐれた位置から少し移動していた良祐。突然の事態で多少混乱するも、一回経験していることから周囲の様子を素早く確認し、襲われにくいようにコソコソと隠れながら移動を開始する。
この世界に来たと同時に目の前に前回の【
(多分、芝原さん達もすぐ来てくれるはず)
前回はいきなり、それも今まで自身が経験したことがない誰もいない並行世界に飛ばされるということを身を
だが、良祐の正確な位置が
≪焦るなよ?≫
良祐一人では無理だったであろうその判断も、前回聞いた声に導かれることで、何とか見つからずに移動することが出来ている。
≪次の合図であの建物と建物の間に移動だ≫
(は、はい!)
≪前よりも良い返事だ……よし、今じゃ≫
(くっ)
声の正体は未だに分からない。少なくともこちらの世界に来た時に聞き覚えのある≪逃げろ≫の一言があったおかげで、すぐに行動に移すことが出来たことに感謝している。本来なら私有地に無断で入り込んでのごっこどころではない鬼ごっこであるが、今のこの世界は自分以外に人間の姿はないので住居侵入の罪に問われることはない。
家と家の隙間や用水路、庭などの道でない場所を逃げ道としているが、この辺りは幼い頃よりこの
≪大丈夫じゃ。助けは来る。
(そうなんですか?)
≪だからもう少しの
(ありがとうございます。それにしても、あなたは本当に誰ですか?)
≪ワシか……まぁ、それはまた後じゃな。しかし
(ですよね。やっぱり見間違いじゃないですよね……)
少し気が楽になった良祐は、前回よりも割とフランクになっているその声に質問を投げ掛けるもはぐらかされてしまった。気を取り直した彼は声に指摘された通り、建物の影からコッソリと相手の姿を見る。
彼の目には、前回彼を襲った【
≪”鬼”にまで昇華するとは厄介だ。今は助けが来るのを耐えるしかないだろう≫
(お、鬼って?)
≪ほれしっかり身を隠せ≫
(は、はい!)
言われてみれば確かに鬼の形をしている。しかし、今の鬼という単語には厄介そうな何かが含まれていることを
今なお、相手はこちらを
完全に安全な場所などこの世界には存在しないが、その中でも比較的マシな場所はある。それは
声の知見によれば、あの成長した化け物相手にそんな場所に逃げ込んだ所で、ほんの少しの時間を
(あそこが門だ)
『西運寺』は『
ここに居続けることも危険だが、あの門を
そして道路へ足を踏み入れた瞬間、突然何かに足を取られて転倒してしまった。
「何で!」
思わず声を上げてしまった。足下を見ると、何か
≪こいつは
「そうは言っても!」
ズンッ……
何かが『西運寺』の門の上に降り立つ音が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、散々追い掛けていた蜘蛛がこちらを向いた。相手は良祐の様子をただ眺めている様子だったが、彼からするとみすみす罠に掛かったことを
あの小さな門の上にどうやってその巨体を置いているのかと一瞬頭を
前回翡翠が斬り飛ばした脚も修復されたのか、左右四本計八本
【
ガンッ!
重い何かがぶつかる音がしたと同時に、巨大蜘蛛の身体が何かに
「え?」
「ごめんね佐藤君! 助けに来たよ!」
「お待たせしてすみません。まさかダミーの反応に地面には糸とは……中々
翡翠と友希道。二人の【
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