01-06「魂石ラジオ」
七月下旬。
放課後に連行された部活でも様々な言葉が飛び交うものの、ほぼすんなりと終了。夕方と言ってもまだ日の高い時間。学校を出た三人は帰宅すべく西の正門から出て北へ向かう。
隣の北方小学校でもクラブ活動を終えた生徒が、それぞれ下校する姿がみられる。
西正門から出た所で一旦足を止めた翡翠は、中学校と小学校の間に立つ大きなクスノキに向かって小さく礼をした。
「今のは?」
「まぁ、わっちの
「ふーん。にしても大きい木だよな。何で道のど真ん中に堂々と立っているんだろうとは、いつも思うけど」
「歴史ある木ですからね。学校が出来る前からあるみたいですし、わざわざ木を
「そうなんだ。てっきり皆、同じ情報を共有しているものだと思ってた」
「家ごとに伝統や秘密があったりするからねー。特にわっちら三家、まぁ実質
「え、でも
「本人も五代目候補と言っていたように、非常に歴史が浅い家でね。まぁ詳しいことはまた本人とかから聞くと良いと思うよ」
「ちなみに芝原さんは何代目なの?」
「わっち? わっちは三八代目やよ。すごいんやよー」
「さっ……」
「彼女の先祖は、
「想像も出来ないなぁ」
「でしょう? 歴史だけはあるんやよね」
「いえ、歴史だけでなく
そんなことを話しながら、二校の真北にある『
道なりに北上すると、
部活の中で話に上がった『円鏡寺』とはこの寺のことで、かなり広い敷地を
「あれが、さっき言ってた焼けた
「そう。今から三〇〇年弱程前やね」
「今は大丈夫なの?」
「どうかな。一応守りが効いて、全てを焼き尽くすまではいかなかったみたいやけど、それでも甚大な被害が出たから当時の管理者である戸田家は大変だったやろうね」
「守り?」
「そう。あ、部活では聞かれなかったから説明するのを忘れていたんやけど、【時の大結界】って言うのは、『
「それは何となくじいちゃんから聞いたことあるな。『円鏡寺』を災いから守るために、今の『大井神社』のある場所に
祖父からの北方町の歴史を聞かされていた中に、そのような話があったことを思い出す。
「そうそれ。それは本当に円鏡寺を守る存在だったんやけど、あくまで役割は円鏡寺を守ることやったから、その
「そうなんだ」
『時の太鼓』の存在自体は良祐も知っている。というか北方町民で知らない人はいないだろう。その太鼓が置かれた経緯や歴史まで知っている人はそこまで多くないだろうが、北方の土地にてとても大切なものであることは理解している。それが結界の維持にも役立っている。実感のない話に、驚きよりものんきな返事しか出なかった。
「正確には、まだ結界が生きているのかどうか分かんないんやよね。でもあれだけの強力な【
「『時の太鼓』を利用しているってことだけど、もうちょっと詳しく聞けたりしない?」
「ええよ。『時の太鼓』の役割は結界の広域化と強化。つまりは守りの
「それが壊れてしまっているかもしれないと……いずれにせよ、芝原さんが戦ったという【
そう言う友希道の表情は硬い。もしかしたら今【彼世】へ行ったら、その
「そうやね。全ての【
それが自分の役目、役割であることを誇りに思っているように話す翡翠に、良祐は昨日の出来事も含めて、格好良いと感じた。
「とりあえず、結界や守りについてはまた一度見直す必要はあるかもね。でも今ここの管轄は戸田家だから、わっちは手出し出来ないよ。口出しは出来るけど。それに、今日の部活で戸田君には話しておいたから、多分そっちから話は行くだろうし、特に向こうから何も言ってこないならわっちからは特に何も
「言わないんじゃなくて言えない?」
「まぁ、家々ごとの利権じゃないけども、昔人間はそういうゴタゴタが好きでねぇ。わっちら子供達の仲が良好でも、一方的に負の感情を持っている人もいるにはいるし。中にはお家
「面倒くさいんだなぁ」
「歴史だったり、変に権力や伝統だったりある家は、多少の差はあるけどそんなものだと思うよ」
「私の所は戸田家に属していますが、芝原とも縁がありますので、出来れば二家には仲良くしてもらいたいところです」
「表面上は仲良いよ? 後、子供同士でも。私の
「へぇ、
「そう、口うるさい
「私にも姉がいます。普段は町を離れていますので会うことは少ないですが」
「そうなんだ。俺一人っ子だからさ、兄弟とかうらやましいな」
「私の姉は……少しばかり変わっていますので、あまり相性が良くありません。仲は悪くないのですが、どうにも合わないというか……」
「そこはまぁ色々やよねぇ。わっちも会ったことあるけど、
話している間に円鏡寺の敷地を抜け、レンガが敷き詰められた道をそのまま北上することすぐ、東西に長く伸びる北方商店街へと
商店街を抜けた三人は、古い建物が建ち並ぶ車一台分の中央通りという名の細い通りを更に北へ行く。
「そこの
「いいよ。外で待っているね」
「ありがとうございます」
二人のやり取りを隣で見ていた良祐は、友希道が入っていた店を見る。
「電器店? こんな所に店なんてあったっけ?」
「佐藤君の家はこの辺りやよね?」
「あぁ、ほら、あそこのマンションだよ」
「へぇ、じゃあ友希道ちゃんとも家が近いんやね」
「そうなの?」
「そう、今通り過ぎたそこの
「近っ、あれ? それなら昨日俺が襲われた時、真っ先に来るとしたら千歳さんってこと?」
「本来ならそうなんだけどね。ただ、あの子にも事情があってね。それが今あそこの電器店に取りに行っている物なんよ」
昨日このすぐ近くで一般市民である良祐が襲われたことに関して、あの真面目そうな友希道が自分を見捨てることは多分ないと、今日の短いやり取りで何となく思っていた彼だが、そうなると今度は、何故助けに来てくれなかったのか。
翡翠の言い方からすると、助けに来られなかったというのが正しいようだが、一体、その電器店とどのような
「お待たせしました」
「どうだった?」
「はい。新しい【
「あの、千歳さん」
「何でしょう?」
首を
「あ、えぇと、昨日のことなんだけど。芝原さんから話を聞いて」
「あぁ、私が助けに行けなかった理由ということですね」
「うん、そう」
「そうでしたね。まだ正式に謝罪をしていませんでした。そのことも含めて、申し訳ありませんでした」
「え、その」
理由を知ろうと疑問を投げ掛けると、返ってきたのは頭を下げてからの謝罪の言葉であった。突然のことに、どう声を掛けようか迷っているとすぐに頭を上げられたことで、言葉を探すのを中断する。
「私は確かに【
「え、それじゃあ、どうやって戦っているの?」
「それは……これを使うのです」
そう言って目の前に
「ラジオ?」
「はい、これは【
「アレって話せるの? それとも蜘蛛だったからかな?」
「いえ、聲というのはそういうのではなく、【
「それで分かるものなの?」
「慣れもありますが、ただラジオの音を拾うだけでは方向や距離が分かりづらいです。ですからこうしてイヤホンを繋ぐことで立体的に聞こえますので、見えなくても位置を大体特定することが出来ます。それに、私の浄化用の道具も位置を探るのに適していますので、そこまで不便に思ったことはないです。ただ、浄化用の道具はあくまで浄化の手段であって、
「それで巡回していたわっちが、その異常をキャッチしたから駆け付けたって訳なんやよ」
「へぇ、じゃあその【
「通常【
そこまで言うと、ラジオのカバーを外して五〇〇円硬貨サイズの平べったく所々
「これは【魂の結晶】または【
「へぇ、それ、
「良いですよ」
興味本位で聞いてみたが、意外にも了解が得られたので手を出して受け取った。
その瞬間。
バチッ!
「っつ!?」
激しい音と共に痛みが走った良祐は、思わず石を取り落としてしまう。それをすかさず友希道がキャッチをして事なきを得たが、彼女達の表情は信じられないという様子であった。
「佐藤君! 大丈夫!?」
「佐藤さん、どこかお怪我などは!?」
「だ、大丈夫。ちょっとビックリしただけだから……でも、何かいきなり電気みたいのがバチッて来たんだけど、よく平気で持てるね」
「……いえ、これは、本来ならば普通の人からすると、ただのちょっと
「多分、
友希道の
「わっちが昨日佐藤君から感じた何かの
「それは何ですか?」
「ごめん。あくまで想像の域を出ないから、こっちでもう少し調べさせて欲しいんやよ。古い
先程までのどこか緩かった空気が、ピンと張った糸のように緊張感のあるものに変わっている。
「でも俺、何も、そんなの知らないんだけど……」
「もしかしたら、部長も言っていたけど、あなたのお
「それなら大丈夫だと思う」
「分かった。ごめんね。友希道ちゃんもそれで良いかな?」
「元より私には意見を
「大丈夫だよ。いずれにせよ知っておくべきことだったのかもしれないし、もしかしたら昨日の【
「分かりました」
「すまん。お願いします」
そこでようやく緊張が
その後はその場で解散と思いきや、友希道が「そこの菓子屋へ寄って良いですか?」と言って栄ラジオ店から一〇数メートル北にある
彼女には真面目そうな印象をずっと
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