33才無職。資産7億円。カノジョはアイドル
うなぎの
第1話
今、隣で寝ているのはノラ。アイドルの鈍城ノラだ。
先に寝るのは俺だから、こいつはいつも俺より後に起きる。なんてことはない、それは当たり前の事だ。
ノラと出会ったのは親父が死んで、奴の遺品整理を一通り終えた後の、ある夜の事だ。仕事をやめたばかりの影響なのか、体力があり余っていた当時の日課はランニング。場所は近所の小学校、時間は深夜の午前二時。
俺がそんな行動を大体一月も続けられたのは、この辺がど田舎だったからだ。
そして、ノラはそこに居た。グランドへと入るための階段の途中で座っていたのだ。
そして、やれると思ったから俺はやった。
その日は冬だった。
ちょうどその頃の事だ、俺が持っていた仮想通貨が大体700倍になったのは。どんぶり勘定もいいとこだが、その時俺はその半分を金に換えた。
太った政治家が言うには、老後生活していくためには最低でも2000万必要だという。頭の悪い親父はそれを真に受けて絶望し首を吊った。あいつらしい最後だ。
「おいノラ。起きろ」
目が覚めると腹が減る。生きているのだから仕方がない。
家賃の代わりにこいつには朝飯を用意する義務がある。少なくとも、俺はそう考えている。
「・・・おはよ?するの?」
ちがう、飯だ。だが、それもいいだろう。
こいつは中々大した奴だ。アイドルとして大勢から脚光を浴びる傍ら、同名のバーチャルユーチューバーとしても活躍している。どれだけ人気があるのか知らないが、最近テレビでもちらほら見かけるようになったという事は、つまりそう言う事なのだろう。
その上、こうして週に二日間、わざわざ都会からこんなど田舎まで俺に抱かれるためだけにやって来る。行動原理は不明だが。きっと自頭はいいのだろう、かれこれ半年になるがこいつとのセックスに飽きを感じたことは無い。
「ごはん、出来たよ?」
「何をつくった?」
「お粥」
「そうか」
なによりも食い物の趣味も合っている。
お粥をゆっくりと噛んで食う。俺は噛まずに飲み込む。ノラの口の中から聞こえる音は、粥に入れた氷を粥と一緒にかみ砕く音だ。思えば、こいつの口はいつでも冷えていた。
時間は午後の4時、逐一時計を確認する癖はいつついたものなのか、覚えていない。
「お前、コンビニ行って来いよ」
「うん。わかった」
誰かが言った。狂気の中には理性が隠れている。そして、理性の中には狂気が隠れている。
これが俺にとっての前者だ。
では、理性に隠れる狂気とはなんだ。それはきっと、自分の子供を他人の手を借り金を支払ってでも堕胎させようとする行いだろう。世の中は狂気に満ちている。
金に換えた仮想通貨は、台湾とオーストラリアとスイスの銀行に預けてある。実際どこにあるのかもわからない金だが、プラスチックのカード一枚で理性が買える。安いもんだ。
ノラが隠れてこそこそプリンを買って食っている事は初めから知っていた。俺はその事を黙っているつもりだ。自分の金で買ったものかも知れないし、そうでなくとも、プリン如き、死ぬほど食えるだけの金はある。
ど田舎とは言え扇風機では流石に暑い。エアコンでも買うか。そう思いはじめる頃、大抵決まって秋になる。
夜、俺は物音がしたので起きた。明日捨てる予定だったゴミの山に誰かが足を引っ掻けたのだろう。間抜けな奴だ。
懐中電灯の光が人影をふたつ映し出す。聞きなれない言語がガラス越しに聞こえて来た。
玄関の扉は・・・鍵を掛けていない。
俺は寝台の灯りを最小設定で付け、寝室の、入り口の、床の上で横になった。
心地よく冷えた床を伝わって、何かを物色する音が聞こえて来る。価値のある物と言えば居間に干してあるノラの下着くらいなものだろう。
段々と足音が寄って来て寝室のドアが開いた。思った通り。二人だ。
「やぁ」
一人が俺の顔を踏みつけてぎょっとする。顔は見えなかったが、簡単に転んだ所を見るときっとそうだったのだろう。
もう一人は、うろたえている内に首を絞めた。学生時代、柔道の部長から教わった締め技だ。
結論を言えば。奴らは逮捕だ。もっとも、こんな馬鹿な連中だから、それは時間の問題だったはずだ。聞けば、コンビニから帰るノラの事を付けていたらしい。
警官からの電話を聞いている最中。実に、久しぶりに劣等感を感じた。隣にはノラが居る。
羨ましいよ。まるで動物みたいじゃないか。
好きなモノがある。ウルトラマンだ。
女の裸はあれに似ているから。嫌いじゃない。これがきっと冷たければ、心から好きだと言えるのかも知れない。
「・・・!」
あれに対する情熱と、伴う知識にだけは誰にも負けない自信があった。
だが中学生だった時の話だ。俺に初めての劣等感を感じさせた男が居た。同級生の田村だ。
当時は、SNSは勿論、インターネットも無い時代だった。
テレビで放送されている内容が全てだと思い込んでいた俺に、田村はそのさらに先にある景色を見せつけた。
「お前もう帰るんだろ?」
「あしたの夕方まで居たい。ダメ?」
「じゃぁ飯作っとけよ。俺コンビニ行って来る」
「はい」
田村の家は建設会社を経営していて金があってデカかった。親父の評判も、会社の評判もよかった。けど、当時はまだバブル経済の真っただ中、それがはじけてからは、会社の名前も聞かなくなった。
家に帰ると、ベッドの上でノラが寝ている。キッチンの火はついたままだった。
コンドームをテーブルの上に放り投げると。家の呼び鈴が鳴る。
警官だろうか?
いいや、田村であった。
「・・・ー!・・・・!」
なんと言ったか?覚えていない。顔からして再会を喜ぶ挨拶だろう。
半分開けた扉から一歩踏み込もうとした田村を俺は態度でやめさせる。
部屋の中には裸の女がいるからだ。面倒事は増やしたくない。やって寝る。その予定の邪魔になる。
「何しに来たんだ?田村」
弱者男性という言葉がある。
能力もない、見た目もさえない、そんな社会的立場の弱い男たちを表す言葉だ。
今の田村はまさにそれだった。
いったい、奴らのなにがこれほどまでに憐れなのか。それは、ネットやSNS上で、お互いに罵り合うという、自傷行為に等しい行いを日常的に繰り返しているからだ。
「・・・・!・・・・!」
田村は言った。
近所のコンビニの店員を食事に誘って、年齢を理由に断られたそうだ。その事を誰かに聞いてほしくてわざわざ訪ねて来たらしい。他に誰もいなかったとはいえ。
さすがにキモい。
こんな奴を、何故敵視していたのだろうか?不思議に思う。
「お前、ウルトラマンまだ見てるか?」
「え?そんなの見てるわけないだろ?今見てんのはこのすばだよ。それよか今度一緒にマリオカートやろうぜ!」
ガキか。俺はその提案を無視する。まるで興味が無いからだ。
「そうか。どんな話なんだ」
「どんな話って?このすば?ラブコメだよ。主人公が可愛いヒロインたちにかこまれる奴」
「そうか」
がっかりだ。こいつはもうおしまいだ。
「お前、利用されてるだけだぞ」
「え・・・?」
俺のTシャツを着てノラが部屋から出て来る。
俺は田村を帰らせて2度と来るなと扉越しに奴へと伝えた。
例のコンビニ店員に俺は声を掛ける。差し出した商品に目をやって、その顔に打算的なものが浮かんだ。
それから、ずっと3Pだ。当然。マリオカートではない。
「お前、歳いくつだ?」
俺がそう尋ねると、そいつは19だと答える。ノラよりも二つ年上だ。
「そうか、結構いってるんだな」
すると、奴は謝罪を繰り返す。
俺は寝て、入れ替わるようにノラが起きた。それから、そいつ、名前をツバサと言った。が寝て、入れ替わるように俺が起きた。
ツバサがはたちになった頃、水着を買って海に行く。
車は、最も安全だという車種をレンタルした。支払いはカード。
車で片道1時間。たったの一時間で、景色はガラリと変わる。
人気のない砂浜を選んで、馬鹿みたいにたくさんの荷物から引っぱり出されたビニールシートの上で横になる。
寝て、起きて、やった。
勿論、ビーチバレーなどではない。
33才無職。資産7億円。カノジョはアイドル うなぎの @unaginoryuusei
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