第十三話 恋とは知らずに

グリスローダ国の第二王子たるシェランは、元婚約者に面会を断られ、不貞腐れていた。自室のベッドに仰向けになり、何度も彼女とのやり取りを思い出す。目を閉じれば浮かぶ、先日までの温かな笑みを浮かべる彼女と、魔導士の館での、慇懃無礼な彼女……失ったものの大きさに、身悶える。せめてあの時、一方的に婚約破棄などしなければ……


知らず知らずに、王子は出会った頃のことを思い返していた。




***




出会いは、城の正面にある大庭園で行われたガーデンパーティーだった。兄の婚約披露のために開催されたものだ。

我がグリスローダ国の第一王子であり、兄でもあるジェールと、北の隣国ノイエの第二王女、セリナ様。友好国の王族同士の婚姻は、周囲から大層、歓迎されていた。


ノイエは商売が盛んな国だ。そのためグリスローダとノイエ以外にも、ハザッド帝国や南のユノベルグ共和国から招かれた客も多い。要は、いろんな外国語が氾濫する場だった。


他国語がからきしダメな俺は、通訳が近くにいるうちに、各国の招待客に、笑顔で挨拶だけ済ませる。一通り顔見せが終わったら、そそくさと国内の貴族令息令嬢が集うエリアへ、吸い寄せられるように向かった。


見栄えはイイがヘラヘラしている、ポンコツな第二王子。それが周囲の大人からの評価。だが、学園に行けば、見目麗しく、平民にも優しい第二王子殿下。居心地のいい場所に向かうのは当然だろう。


今日のパーティーは、シークレットの妃選びを兼ねていた。上位貴族の令嬢がほぼ全員、集められている。つまりは『自分の配偶者は自分で見定めろ』ということなのだ。まあ、次代の国王は出来の良い兄上で確定だし、よほど変な令嬢でなければ、誰を選んでも特に問題は無いだろう。


でも……まだ早い。しばらくは独り身でいたい。いっそ、生涯独身だって構わない。結婚すれば、仕事も増えるだろう。背負わされる責任は、少しでも軽い方がいい。どうせ、ポンコツなんだからさ。


「殿下、ご機嫌はいかがです?」


同じクラスの公爵令嬢から呼び止められる。ゴージャスな金髪の、年齢に似合わぬ色香を漂わせた美女だ。


「楽しんでいるよ、ベリンダ」


「私と、お話ししませんこと?」


「すまない、今、少し急いでいてね」


「残念ですわ」


そんな調子で、繰り返される女性陣からの誘いをすげなく断り、テーブルの前で皿に料理を山盛りにしている男の元へと、足を運んだ。


「ロイ」


「あっ! 殿下、本日もご機嫌麗しゅう……あの、イイんですか? レディ達を放置して」


「今日はイイさ。両親の目もあるし、特定の令嬢と親しくする様を見せたくない」


周囲に届かないよう、耳元でそう囁く。

クラスメイトの伯爵家令息、ロイ・ボーデン。どうでもいい雑談をするには最適の相手だ。入学時からウマが合い、よく時間を共にする。ややポッチャリしているが、人当たりが良く、勉強もそれなりにできた。話しかけるチャンスを窺う令嬢たちを後目に、俺はロイと、しばらく話し込んでいた。




すると、不意に遠くで談笑の声が起こった。異国の言葉だ。何気にそちらに視線を送る。服装からすると帝国語のようだが……残念ながら、俺には判別がつかない。


ハザッド帝国の衣装に身を包んだ人々の中心には、清楚で可憐な、スノーフレークの花を思わせる少女が、微笑みを浮かべていた。


「ああ、従妹殿だ。今日は出席していたんだな」


ロイが俺の後ろから身体を反らせて、笑い声が届いた方を見ながら言った。


「従妹?」


「ユリエル・ローデント侯爵令嬢だよ。我々より二歳下で、本家筋の伯父の娘さ。パーティーなんかには、たまにしか出てこない。一人っ子の跡取り娘だからね、悪い虫が付かないよう、大事にされてるんだろう」


「ああ、名前は聞いたことがあったな。しかし彼女は帝国語が使えるのか?」


「帝国語どころか、近隣三か国語は話せるよ。今は海を隔てた東大陸の言葉も学んでいるらしい」


「そんなに」


彼女のことが気になったが、自分とは種類の違う人間なのだとも思う。

一旦、頭の隅に片付けて、一つ前の話題の続きを、ロイに振った。


再び雑談に花が咲いた頃、ふと足元に目をやると、小さく光る物が落ちている。拾い上げると、小指の爪ほどの大きさの輝石で、リングやイヤリングの金具等は付いていない。アクセサリーの類ではなさそうだ。


後ろから、大声が聞こえ、誰かがこちらに突進してきた。どこかの国の衣装を着た、高齢の女性だ。地面を見回すと、俺の腕を掴んで、何か早口で話しかけてくる。何を言っているのかサッパリ分からないが、年齢的に相手の方が身分が上の可能性もあり、無下にはできない。


困り果てていると、右後ろから、鈴を転がすような声がした。


「お守りを知りませんか? 水色の、透き通った小さな石です」


「それなら、ここに……」


握った左手を老女の前に差し出し、開く。


「ああ……」


彼女は、命拾いをした、といった体で、手のひらの石をつまむと、こちらに何度も頭を下げた。これは確か、東方の挨拶だ。


「それは、東大陸の、寿命を延ばす御守りだそうです。彼女は、大使のお母様ですわ。とても喜んで、あなたに感謝していますよ? 第二王子殿下。あなたの先行きに幸あれ、だそうです」


振り返るとそこには、さっきの令嬢が立っていた。

柔らかそうな薄茶色の髪に、スモーキークォーツのような透き通った褐色の瞳で、静かに笑みを湛えていた。

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