なぜか処女懐胎して婚約破棄されました
村雨 霖
第一話 私に蝶が舞い降りた
グリスローダ国の王宮は今宵、多くの貴族達で賑わっている。
私の名はユリエル・ローデント。ローデント筆頭侯爵の長女だ。
本日の夜会は第二王子シェラン様の誕生日、加えて彼と私の婚約のお披露目のために開催されたもの。
なのに会場に着いた途端、一緒に来た両親が宰相閣下に急遽呼び出され、私は一人、入り口の片隅でポツンと待っている。
「ユリエル嬢」
不意に後ろから声を掛けられた。私の二歳上の婚約者だ。
男性としては少し高めの声。この声で名前を呼ばれるのに、まだ違和感がある。
「シェラン様」
「待っていたよ。今日はまた一段と愛らしい」
と、私に笑顔を向けるシェラン様はプラチナブロンドの髪に淡いブルーの瞳、柔らかく整った顔立ち。学園に通う令嬢たちの多くはこの人に憧れてたっけ。
でも学業は普通レベルで、特に語学は苦手でいらした。
だから家柄はまずまず、見た目はまあまあ程度でも、我が国に接する三か国の言語と帝国語を早々にマスターした私が婚約者に選ばれたのだけれど。
彼の胸元のポケットを見ると、私がこの日の為に刺繍して贈ったチーフが飾られている。
「誕生日おめでとうございます、殿下」
「ありがとう、でも『殿下』だなんて……そんなに堅苦しくしなくていいよ。君は大事なビジネスパートナーだからね」
『ビジネスパートナー』……ね。
シェラン様と顔を合わせるのは、これで三回目。初めて顔合わせをした日、婚約が決まった日、そして今日。しかし二人になる時は、なかなか遠慮のない物言いをなさる。まあ、政略結婚なんて、こんなものかも。
高位貴族の家に生まれてもともと恋愛は諦めていたし、パートナーとしては認めてもらっている分、ある意味気楽かもしれない。まあ、会話がしやすいというのは良いことだ。
でももうちょっとオブラートに包んでくれてもいいんじゃない?とは思う。
「侯爵夫妻が来るまで、まだ時間がかかりそうだ。さあ、私の腕に掴まって。入場しよう」
そんな訳で、私は初めて父以外の男性にエスコートされて、舞踏会の会場に入った。
***
殿下と二人で国王陛下と王妃殿下に挨拶をして、会場の中ほどに戻ると、広いホールに、低く心地よく通る男性の声が響く。
「夜会にお越しの皆様」
あれは確か…王立魔導士団の団長、アロイス・アードラー様だっけ。夜会に参加するなんて珍しい。
長身に魔導士の正装をまとい、長い黒髪を後ろで一つにまとめているアロイス様は、シェラン様とは違った、彫刻のような怜悧な美貌で、これまた令嬢達の熱い視線を集めている。
あれだけ綺麗な顔をなさっているなら、女性からいくらでもアプローチがありそうなものだけど、二十代半ばになってもひたすら仕事一辺倒だという噂だ。
「今夜は第二王子殿下の婚約のお披露目とのことで、余興を用意いたしました。
この場にいる全員に、精霊の加護をお授けします」
アロイス様の言葉に、会場中からほお…と感嘆の声が漏れた。
「精霊といっても力の弱い下位精霊なので、ちょっと体調が良くなる程度のものです」
と説明があるが、貴族でもこんな恩恵に預かる機会は滅多にない。私が知る限り、夜会では初めてではないだろうか。
召喚魔導士達が会場の端に1列に並び、空中に大きな召喚陣を描くと、うっすら輝く白い蝶の姿をした精霊が沢山呼び出されてきた。
蝶はホールの天井に集まり、仄かな白い光を放つと、円を描くように舞い降りてくる。
それぞれの蝶達が参加者一人一人の左胸にとまると、コサージュのように見えた。
「おお……なんだか力が湧いてきた。これが精霊の力か」
「肩の痛みが消えてきたぞ」
などと、方々から声が上がる。
力を与え終わった蝶は、光の粒になって消えていくようだ。
私のすぐ横にいた、まだうら若い伯爵夫人の胸に一匹、続いてお腹にも一匹、蝶がとまった。
「まあ…!実は私、来年母親になるんですの。嬉しいわ、お腹の子にも加護を与えて下さるのですね」
そう言って、夫人の顔がほころぶ。
近くの御婦人方達が彼女を囲んで祝う中、蝶の精霊は私にもヒラヒラと近付いてきて、左胸にとまった。
その瞬間、暖かい感触が胸から全身へと駆け抜けて、身体中が深い幸福感で満たされていく。
これが加護……
あまりの心地良さに、私はしばらくうっとりと余韻に浸った。
だが、ふと見ると、近くにもう一匹の蝶がいる。その蝶はしばらく迷うような動きを見せた後、こちらにヒラヒラと近付き……
そのまま私のお腹にとまった。
それが何を意味するのか。
ついさっき正解を見せられたばかりの周囲の人達は目を見張った。会場がにわかにざわつく。
未婚の令嬢、しかも王子の婚約者が身籠っている…と。
そんなバカな。
思わず言葉を失った。
私は子供ができるような行為どころか、キスさえもまだしたことがない。そんな事が起こり得るはずないのだ。
驚き、振り払っても、精霊はスカートにしがみついて離れない。
焦っていると、エスコートされていた左腕を不意にほどかれた。
「これはどういうことだ?」
左を見上げると、シェラン様がこれまで見たことのない怒りの表情でこちらを睨みつけている。
「キミは身籠っているのか?清らかな体では無いのか?
……よくそれでこの私と縁を繋ごうなどと思ったものだな。ひどい裏切りだ」
「違います、殿下!私、身に覚えがありません!」
必死に弁明するも、シェラン様は聞く耳を持たない。
「往生際が悪いぞ、ユリエル。
キミとの婚約は、たった今を以て破棄させてもらう!」
第二王子は振り向きもせず踵を返した。
私のドレスに掴まっていた精霊が消え、光の粒が立ち昇る。
その輝きの向こうに、彼の後ろ姿が遠ざかっていくのが見えた。
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