第66話 竜の爪痕
翌日、シュバルツは何食わぬ顔をして王宮に戻った。
王宮では突如として現れたドラゴンへの対応に追われているらしく、大勢の兵士や文官が
せわしなく働いている兵士の中に見慣れた顔を見つけ、シュバルツは右手を挙げて声をかけた。
「やあ、ユリウス。おはよう」
「ッ……!? しゅばっ……ヴァイス殿下! ご無事だったのですね!?」
シュバルツに気がつくや、ユリウスが慌てて駆け寄ってきた。
男装の女騎士は眉を吊り上げ、怒りの形相になって詰め寄ってくる。
「いったいどちらに行っていたのですか!? 姿が見えないから心配したのですよ!?」
「何処へって……いつも通り、色街にある娼館だが?」
シュバルツは他の兵士に聞かれないよう、そっと声を潜めて応える。
ユリウスは「娼館」という言葉に顔を赤くさせるが、怯むことなく嚙みついてきた。
「貴方はまたそんな場所へ……! 殿下の留守中に大変なことがあったんですよ!? どこにも姿が見えなくて、僕がどれだけ心配したと思っているんですか!?」
「何だ、俺のことを心配してくれたのかよ? いよいよ、俺に抱かれる覚悟ができたのか?」
「そうやって茶化して……! 聞いてないんですか、後宮に正体不明の怪物が現れたんですよ! どこから侵入したのかも全く分かっていなくて、大変な騒ぎになっているんですよ!?」
ユリウスがダンダンと地面を踏み鳴らしながら訴えてくる。
やはり後宮にドラゴンが現れたことは露見しているらしい。しかし、ユリウスの口ぶりからして、その正体がヤシュ・ドラグーンであることはバレていないらしい。
「怪物って……おいおい、警備の兵士は何をやってたんだよ。サボって女でも口説いてたのか?」
「殿下と一緒にしないでください……警備の兵士ももちろん、いましたよ。だけど、誰も怪物が侵入するところなんて見ていません。もっとも、その怪物は空を飛べるようですから、塀の外で見張っていた兵士が気づかなかっただけかもしれませんけど……」
「空を飛ぶ怪物ね……まさか、伝説のドラゴンでも出たのかね?」
「正体はわかりませんけど、後宮の内部から飛び去る怪物の姿は何人もの人達が目撃しています。おまけに庭園には複数の獣の死骸があったようです。怪物との関連性はわかりませんけど……ここだけの話、翡翠妃様と側近の侍女が行方不明になっているんです。ひょっとしたら、怪物に攫われてしまったのかも……」
「なっ……ま、まさかヤシュ妃が……!」
シュバルツは露骨にショックを受けた演技をして、口元を手で押さえた。
ちょっと演技が臭かったかもしれないとユリウスの方を窺うが……男装の少女は特に疑う素振りもなく、暗い表情をしている。
「翡翠妃様は現在、捜索中です。怪物の調査も並行して進められています。しかし……ただでさえヴァイス殿下の捜索で人手が割かれていて、思うように調査は進んでいないみたいです。国王陛下や大臣様も朝からずっと会議をしており……殿下、お願いですからしばらくは王宮から出ないようにしてください。悪意ある何者かが魔物を送り込んだ可能性もあるんですからね!」
「ああ、承知した。ところで……後宮の被害はどうなっている?」
「怪我人は出ていませんよ。庭園が荒らされていて、建物の壁が破壊されていたりするくらいです。翡翠妃様と侍女殿以外に行方不明となっている方もいません」
「そうか……俺は少し、後宮に行って様子を見てこよう。妃らも不安がっているだろうし、上級妃らに慰問してくる」
「そうですね……それが良いかもしれません。僕も仕事を片付けたらすぐに行きますから、くれぐれもおかしなことはしないでくださいね」
言って、ユリウスは他の兵士のもとにパタパタと駆けていく。
小さな背中を見送って、シュバルツはとりあえず安堵に肩を落とす。
(昨晩の出来事についてはバレていない。ドラゴンと獣人、ヤシュとの関係性も今のところは大丈夫だ。とはいえ……この状態がいつまで続くかわからないな)
ヤシュの行方不明と後宮内にいるはずのない獣人の死体が関連付けられたら、それを糸口に真実が掘り起こされる可能性がある。
今のところ、父王をはじめとした王宮の人間はこぞって対処に追われており、すぐに気がつくということはなさそうだが。
(混乱が収まる前にヤシュを取り戻す。後のことはそれから考えればいい)
そのためには協力者が必要だ。
シュバルツは手を貸してくれる仲間を求めて、後宮へと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます