第64話 尋問
「さて……それじゃあ、そろそろ話を聞かせてもらおうか」
「…………」
シュバルツの目の前には椅子に縛りつけられた女の姿がある。
翡翠妃ヤシュ・ドラグーンに仕える女官にして、亜人連合出身の羊の獣人――メエーナであった。
シュバルツらがいる場所は王宮ではない。王宮から少し離れた場所に借りている民家の一室である。
いざという時の隠れ家の1つとして用意していた建物であり、そこに捕らえたメエーナを連れ込んで尋問を始めようとしていた。
いつものように色街に連れて行かなかったのは、流石に捕縛した女性を引きずり歩いていれば目立ってしまうからである。色街は深夜であっても人通りが少なくはない。あの界隈ではシュバルツは「バルトの若旦那」としてちょっとした有名人であり、目立つことは避けたかった。
ちなみに、この場にはシンラ・レンの姿はない。
後宮にドラゴンが現れて大騒ぎになっているのだ。いずれ妃らにも安否確認が行われることだろう。
普段から色街を遊び歩いて王宮を留守にすることが多いシュバルツならまだしも、上級妃であるシンラがいつまでも後宮から抜け出しているわけにはいかなかった。
「正直に話してくれるのなら手荒なことはしない。だが……あくまでも口を閉ざすのであれば、どんな手段を使ってでも割らせてもらうぞ」
シュバルツは低い声で宣言する。
闇の組織のメンバーにして稀代の女誑しであるシュバルツにとって、頑なな女を躾けることは手慣れた仕事だった。
穏便な手段もそうでないやり方も、嫌というほど心得ている。
「……黙秘などいたしません。全てお話いたします」
だが……拷問も調教もされていないというのにメエーナはあっさりと口を開く。
その瞳には色濃い諦めが浮かんでいた。夢も希望もないとばかりに死んだような目である。
「……随分と潔いな。ちょっと物足りないくらいだぜ」
黙秘するなら
「まあ……緊急事態だ。余計な手間が省けて助かる。それで……ヤシュはどうしてあんな姿になったんだ」
『あんな姿』とはもちろんドラゴンのことである。
獣人とはいえ、人であるヤシュがどうしてドラゴンに変身したのか、シュバルツはまずその理由が知りたかった。
「ヤシュ様は……亜人連合の盟主であられるドラグーン一族はそもそも、竜の血を引いている部族なのです」
メエーナが暗い表情のまま語りだす。
「獣人とは獣と人の両方の血を引く者。亜人に伝わる神話では、創造主がか弱く過酷な環境で生きられない『人間』に獣の力を与えたことが始まりであるとされています」
「……そうらしいな。人間側の神話や伝説では『人の成り損ない』。創造主が人間を生み出す過程で創ってしまった失敗作らしいが」
「どちらが正しいかなど、神官でも巫女でもない私には興味がありません。ただ……ヤシュ様は、ドラグーンの血統は『竜』の血を創造主より与えられた一族なのです。他の亜人にとっては神と同じ。ゆえに盟主として獣人を束ねているのです」
世界各地に『亜人』と呼ばれる種族は存在するが、その中で人と獣の相子である『獣人』の半数以上は亜人連合に所属していた。
それは仲間意識というよりも、そこにドラグーン一族という『神』がいるからなのかもしれない。
「亜人の中でも獣人種族は魔法が使えません。その代わり、獣の強靭な肉体や特殊能力を持っています。ですが……大きな代償と引き換えにして、呪いのような『本能』まで引き継いでいるのです」
「本能……」
「たとえば、狼や獅子のような肉食の獣人は強い狩猟本能を持っており、暴走して他者を襲ってしまう本能を背負っています。猫獣人が初対面の鼠獣人を襲って殺してしまう……そんな事件も珍しくはないのです」
「それじゃあ……ドラゴンであるヤシュはいったい……」
「ドラゴンが有している本能。それは雄と雌による『共食い』です」
メエーナが淡々とした口調で宣告する。
平坦な口調とは裏腹に『共食い』という単語は恐ろしく重い言葉だった。
「ドラゴンは生殖行為に及ぶ際、雌が雄を捕食するのです。雄を喰らって子種を身体に取り込み、文字通りに『精』をつけることで強い仔を産もうとする本能があるのです。そのため、ドラグーン一族の女は愛した男の血肉を貪り喰おうとするのです」
「馬鹿な……そんな一族どうやってこれまで生きてこれたんだ? そんな難儀な種族はすぐに絶滅しちまうだろ」
男を女が食べるだなんて、そんな恐ろしい行動を伝説の幻獣であるドラゴンがするだなんて初耳だった。
「男を愛さなければ変身することはありません。ヤシュ様の御両親は本能が目覚めないように愛し合うことなく、ただ血を継ぐための義務として交わって仔を産んだのです」
「……つまり、ヤシュがドラゴンに変身したのは俺を食べるためだったんだな?」
「はい。今夜は満月。獣人の本能が表に出てきやすい日です。ヤシュ様はどうやら、
「喜んで……いいんだよな、それは」
シュバルツは天井を見上げて深く溜息を吐いた。
最近の交流の中でヤシュと親しくなれている気がしたのだが……それはシュバルツの思い上がりではなかったらしい。
ヤシュはシュバルツに魅かれていたのだ。食べてしまいたいほどに愛してくれていた。
「だから……お前らは俺を殺そうとしたんだな? ヤシュが変身してしまわないように。ドラゴンの本能が目覚めないように俺を殺そうとしたんだな?」
「はい、その通りです。ですが……もう手遅れです。ドラゴンになったヤシュ様が元に戻ることはないでしょう。私達は失敗してしまったのだから」
「…………」
恨めしげな口調にシュバルツは押し黙る。
どうして殺されてくれなかったんだと言われても理不尽極まりない話だが……メエーナもネムルも他の獣人の兵士も、みんなヤシュを救うために戦っていたのだと思えば責める気にはなれなかった。
彼らはヤシュを救うために決死の覚悟で乗り込んできたのだろう。
「……どうして、そのことを俺に話さなかった? そもそも、どうして亜人連合はヤシュを妃として差し出してきたんだよ」
話してくれればこんなことにはならなかった。
それ以前に、夫を食べてしまう可能性がある娘を他国の王族に嫁がせるだなんて、亜人連合の盟主は何を考えているのだろう?
「簡単なことです。これは宣戦布告なのですよ」
「宣戦布告だと……それは、どういう意味だ?」
眉をひそめたシュバルツに、羊角の女官は嘲笑うように口元を歪める。
「ヴァイス・ウッドロウ。貴方を殺害するためにヤシュ様が刺客として送り込まれたのです。今回の嫁入りは、ドラゴンに変身したヤシュ様がウッドロウ王国を滅茶苦茶にすることを狙った攻撃なのですよ」
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