第34話 顔合わせ


 数日後、シュバルツは昇級試験を受けるために改めて冒険者ギルドを訪れた。

 建物に入ると、そこには数人の男女が待ち構えており、シュバルツへと目を向けてくる。


「あ、バルトさん。時間どおりですね」


 受付カウンターの向こうからメイスが穏やかな笑みを向けてくる。

 落ち着いた笑顔はあくまでも社交的なものであり、そこから肉体関係を匂わせるようなことはしない。けれど、頭の上では三角の耳がピコピコとご機嫌そうに動いていた。


「おう、来たな。時間通りだ」


 受付カウンターの前に集まっている数人の男女……その中でも年配の男がそう口にした。


「お前が飛び級で試験を受けるバルトだな? 俺はBランク冒険者のバードンだ。今回の昇格試験における監督と試験官を務めさせてもらう」


「ああ、なるほど。よろしく頼む」


 スキンヘッドの色黒の男へ、シュバルツは軽く頭を下げて会釈をした。


 受付カウンターの前には3人の男女がいる。そこにいるのは10代から20代の若者ばかり。彼らも一緒に試験を受ける若手の冒険者なのだろう。

 それぞれ、気の強そうな青年剣士、軽装の少女、僧服を着た神官である。


「……これで全員か?」


 問題は……そこにシンラ・レンの姿がなかったこと。

 シンラに接触するために冒険者に登録して、昇格試験を受けたというのに……肝心の女剣士の姿がそこにはなかった。


(まさか……空振りだったのか?)


 シュバルツはわずかに頬を引きつらせた。


 シンラが『シーラ』という偽名で冒険者として登録していることは間違いない。すでに裏も取れている。

 さらに……今日という日付を指定して紅玉宮に面会の申し出をしたところ、シンラの都合がつかないからと断られていた。

 高い確率で昇格試験を受けに来ると思っていたのだが……当てが外れてしまったようである。


(おいおい……俺だって暇じゃないんだぞ。本気で冒険者として活動したいわけでもないのに、こんなところで無駄足を踏まされるとか笑い話じゃねえか)


 思わず肩を落としてしまうシュバルツであったが、カウンターの向こうからメイスが身体を乗り出してくる。


「あ、違いますよ、バードンさん! もう1人、女性の方が来るはずです!」


「お、そうだったか? 名簿を見落としてたか?」


 バードンが頭を掻きながら手元の資料に目を落とすと、同時にギルドの入口が開いた。


「…………!」


 扉を開けてギルドに足を踏み入れてきた人物を見て、シュバルツは声を上げそうになるのを堪えた。


 そこにいたのは紛れもなくシンラ・レン。

 東の隣国──錬王朝から嫁いできた紅玉妃の姿である。

 シンラは動きやすそうな服にレザーの軽鎧を身に着けており、茶会の時には編み込んでいた深紅の髪をポニーテールにまとめていた。

 腰には深い反りの入った剣をさげており、悠然とした足取りでカウンター前まで歩いてくる。


「すまない。遅くなってしまったな」


 凛とした澄んだ声音。

 服装は違えど、それは茶会の席でも聞いた意志の強そうなはっきりとした声である。


(いい加減な変装だな……それで本当に誤魔化せると思ってるのかよ)


 シュバルツは内心で嘆息した。


 シンラはシュバルツのように髪を染め、マジックアイテムで偽装しているわけでもなく、目立つ赤髪もそのままである。

 化粧をしていないため雰囲気は違うが、知り合いが目にすれば一目でシンラ・レンであると気がつかれてしまうだろう。

 警備の兵士に気がつかれることなく、後宮を何度も抜け出していることは称賛に値するが……細かい部分がいちいち雑である。


「どうやら、私以外は全員、集まっているようだな。先月から冒険者として活動しているシーラという。武器は見ての通り剣を使っている」


「お、おう。話は聞いている。期待の新人だって、受付嬢も誉めてたぜ」


 スキンヘッドの試験官――バードンが軽くたじろぎながら応える。

 シンラが着ている服は飾り気のないもの。化粧もしていなかったが、生来の美しさを隠せるわけもない。

 野薔薇のように生命力にあふれた美貌を向けられて、明らかにバードンは動揺していた。

 他の受験者も同じような顔になっている。その場にいた冒険者は例外なく頬を染めてシンラに見惚れている。その中には女性冒険者もいた。


(無理もないな……シンラの美しさは男だったら惚れずにはいられないだろうし、男っぽい格好をすれば女だって虜になるだろう。クロハの魔性に慣れていなかったら、俺だってヤバかっただろうよ)


 シンラは1人1人、品定めでもするかのように試験に参加する冒険者を見回していたが……シュバルツに目を向けると、わずかに怪訝そうな目つきになる。


「む……貴殿は……?」


「……どうかしたか? シーラとやら」


 シュバルツは兜で顔を隠し、マジックアイテムで印象を変えている。

 何度か顔を合わせているシンラであってもバレるはずはないのだが……。


「いや、相当な使い手とお見受けした。名を窺っても構わないだろうか?」


「……バルトという」


「バルトか。ふむ……これは楽しみな試験になりそうだ。冒険者になった甲斐があったな!」


 カラカラとやたら楽しそうに笑って、シンラがシュバルツの胸を拳で小突く。

 それは一国の姫が見せるとは思えないような粗野で武骨な仕草。冒険者にしか見えない態度である。

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