第27話 紅玉の行方


 ユリウスが手配した馬車で色街を訪れたシュバルツは、いつものように馴染みの娼館へと向かった。クロハが楼主をしている娼館──『朱の鳥』である。


「つまり……紅玉妃様が勝手に外出をしているということかしら? 後宮から外に出て他の男と逢引きをしていると?」


 シュバルツの話を聞き、クロハは興味深そうな表情でつぶやいた。

 黒髪黒目、異国情緒ある美麗な容貌を持った高級娼婦が、いつものように民族衣装──『着物』を身に着けてシュバルツの身体にしなだれかかる。

 下から恋人の顔を見上げるクロハは着物の胸元をはだけて深い谷間を覗かせており、乱れた裾からは白い二本の脚が伸びていた。

 男であれば理性を失ってむしゃぶりつかずにはいられない煽情的な光景であったが……それを見せつけられながら、シュバルツは淡々とした口調で応える。


「逢引きかどうかまではわからないけどな。ただ……女官の様子から見るに、勝手に出かけている可能性はあると思っている」


「後宮の警備も随分とザルなのねえ……まあ、そのおかげで私達が好き勝手に出入りできるのだけど」


 クロハが苦笑しながら肩を揺らす。

 シュバルツの恋人にして協力者であるクロハは隠密集団──『夜啼鳥』のリーダーである。シュバルツを王にするべく何度も後宮に侵入しており、暗躍を続けていた。

 怪しげな集団が後宮に出入りしているというのに……いまだに王宮側の人間がそれに気づいた様子はない。ザル呼ばわりされても文句が言えない惨状である。


「ヴァイスの捜索に人手が割かれていなければ、こんなに手薄になることはなかっただろうけどな。近衛騎士の大部分が捜索に回っているようだし、今の後宮からだったら抜け出すのも難しくはないだろ」


「いっそのこと……国王陛下を暗殺してしまえば、手っ取り早く王になれるんじゃないかしら? こんな有様だったら難しくないんじゃない?」


「冗談を言えよ。父が死んだところで貴族の大部分は『魔力無し』の失格王子に従ったりはしない。内乱が勃発するのは目に見えているさ」


 クロハの軽口に、シュバルツは忌々しげに表情を歪めた。


「この国は魔力優越の思想が強いからな。たとえ俺以外の王族が全滅したとしても『魔力無し』を王として認めることはないだろう。それこそ、貴族どもを軽く凌駕する後ろ盾でも造らない限りには」


「そのために……紅玉妃さんが本当に後宮を抜け出しているのかどうか、私達に調べろと言っているのね? そのために来たのでしょう?」


「察しがいいな。まさにその通りだ。」


 シュバルツは鼻を鳴らし、胸に寄りかかってくるクロハの腰を抱く。


「紅玉妃──シンラ・レンが後宮を抜け出しているのだとしたら、彼女を篭絡させる足がかりになるかもしれない。目的はどうあれ、後宮の妃が無断で外出しているなんて絶対に許されることではないからな。男と逢引きしているのなら尚更なおさらだ」


 後宮の妃は夫以外には貞淑であることを求められる。そうでなければ、男子禁制の後宮の意味が無くなってしまう。王の妻となる妃が外に出て、男と会って子を孕むようなことはあってはならないのだ。


「むしろ……下種な想像が当たっているのであればそっちの方がいい。急所の秘密を握ってしまえば、シンラ・レンを味方につける武器になるからな」


 シュバルツの目的は後宮にいる上級妃を篭絡し、自分が王となるための足掛かりにすることだ。その手段は問わない。

 紅玉妃のスキャンダルを握ることで味方にできるのならば、むしろ手間が省けたと言っていいだろう。


「あら? もう少し、思うところはないのかしら? 貴方の妻になる女が他の男と会っているかもしれないのよ?」


「浮気を咎めろとでも言うのかよ。今さら、嫉妬なんてできるような立場じゃないだろうに」


 そもそも、シンラは双子の弟であるヴァイスの妃となるはずの女性であり、厳密にはシュバルツの妻ではなかった。

 ましてや、シュバルツは5年間の歳月を色街で暮らしていたのだ。女性に貞節やつつましさを説けるような立場ではない。

 数えられない女性と身体を重ねておいて、どんな顔で妃の不貞を咎めろというのだろうか。


「……まあ、いいわ。部下をやって紅玉妃の行動を監視させましょう」


「くれぐれも勘づかれないように気をつけろよ。彼女……シンラ・レンはかなりの達人だ。容易に尾行はさせてもらえないだろう」


「それじゃあ、凄腕を送り込まないといけないわね。隠密集団の腕の見せ所だわ」


 クロハは頼もしくも妖艶に笑う。

 口紅を引いた唇をつり上げて、挑発的に舌をチロチロと覗かせる。


「ところで……今晩は泊まっていくのでしょう? 久しぶりに可愛がってもらえるのかしら」


「ハッ! どうせそっちはそのつもりなんだろ? これだけ誘っておいて言ってくれるじゃないか」


 話し合いの最中、クロハはずっと胸や足を見せつけるように露出させていた。シュバルツを逃がすつもりでないのは明白である。


「嬉しいわ。最近は新しい恋人にばかりかまって、昔の女はないがしろにしてくれたから」


「嫌味を言うなよ。上級妃を誑かすように唆したのはお前だろうが」


「それとこれとは話は別。今夜は貴方と一緒にいたい気分なの……報酬の前金ということで遊ばせて頂戴な」


 布団を敷く手間さえ惜しんで……クロハがシュバルツの身体を押し倒して馬乗りになる。蛇が獲物を品定めするように妖艶に舌を出し、黒髪の美女が男の身体にまたがって着物を大きくはだけさせた。

 完全に脱ぎ捨てたわけではないが、東国の民族衣装はもはや服としての機能を果たしていない。形の良い大きな乳房が存分に露わになっている。


「……積極的なことだ。別にいいけどな」


 ぼやきながら、シュバルツは準備万端になったクロハの胸に手を伸ばすのだった。


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