百合営業アイドルですが相方にガチ恋されて困っています。
おいしいお肉
第1話
伸ばした手の先に、プリズムの光。
熱い、熱い。照明の照りつける舞台の上は灼熱で、振りの一つだって飛ばせない。
観客のコールは、罵声のようにも聞こえる。
──間違えるな、外すな、このパフォーマンスを完遂しろ!
観客のサイリウムの動きは、曲の盛り上がりに合わせて激しくなっていく。私のメンカラの人より、白雪の青色を振る人が多い、気がする。 高鳴る胸の鼓動は、恋の歌のせい? それとも、昨日覚えた振り付けのせい?
私の頭に広がるのは、彼女のことばっかり。
「だ・い・す・き」
私の唇から奏でられるのは、作られた言葉。私の言葉じゃない、私の心じゃない、でもこの歌は私の演じるべき理想。
今の私は、夢見る少女である。
ステージの中心、憧れにして絶対的センター。王子様を思って、届かなくても焦がれて手を伸ばす。それが、今の私。
だから精一杯、曲の中の”私”を演じて、歌って、踊って。つま先から、指先まで全部を恋する女の子に変えて、まなざしには愛しさと恋い焦がれる激しさを宿して。全部を、彼女に向ける。
「ぼくもだよ」
舞台の上で、彼女ははとろけるような微笑みでそう言った。
そうして、私たちは振り付け通りにお互いの体を寄せ合い、まるで恋人同士のように固く手を握りあう。
すると熱狂と絶叫が聞こえる。
それらはすべて、私たちに向けられたものだ。今の声も、マイクに乗せて発信される。私たちは消費される。
観客たちの悲鳴にも似た歓声を聞きながら、私と白雪は暫くそのまま舞台上に佇んでいた。
「次の曲始まる前に、上手に捌けて」
私はマイクに乗らないように、白雪にそう伝えた。
「仰せのままに、僕のお姫様」
甘ったるい声で彼女──アイドルグループ『プリズムアイズ』の王子様•八坂白雪は囁く。
私より背の高い彼女に耳元で囁かれると、変な気持ちになる。ぞくり、と背中で何かがうごめくような、気持ち悪さ。その正体を私は知りたくない。
「そういうの、いいから」
「ふふ、手厳しいね」
白雪はそういうと、私の腰当たりに手を回した。わお、明日のエゴサ捗りそう。
※
「お疲れ様でーす! 」
「お疲れ様でーす! 」
私たちはスタッフさんへ挨拶しながら、控え室に戻る。舞台上の張り詰めた空気が緩むと、どっと汗が噴き出してくる。
白を基調とした制服モチーフの衣装が肌に張り付いて、気持ち悪かった。
「お疲れ様~今日も良かったよ、二人とも」
私が控え室のドアを開けると、仕立ての良いスーツを身に纏った女性が腰掛けていた。
「社長! 来てたなら教えてくださいよ」
「ごめんごめん、ちょうど現場終わったから、アポなしできちゃったー」
ひらひら、とのんきそうに手を振る女性は私たちの所属するアイドルグループ『プリズムアイズ』のプロデューサー兼事務所社長である。
「わざわざ来てくださったんですか? ありがとうございます」
にっこりと白雪は笑うと、優雅に一礼した。 肩当たりで切り揃えられボブカットが、さらりと揺れる。舞台を降りても、振る舞いはそのまま。さすがのプロ意識だ。
「にしても、さすが”完璧王子様”八坂白雪。今日も見事な王子様っぷりだったよ」
社長はぐっとサムズアップして、言った。
「うちのお姫様に求められたので、つい」
「ひゅー! お熱いねえお二人さん」
「社長、やめてください。あれはフリですから」
「あのねえ、真魚。いい加減見られることに慣れなさい。君も”アイドル”なんだから」
「・・・はあい」
「いい、夢を見せるなら自分も全力で夢を掛けなさい。まやかしも、嘘も、全力で貫いてこその”アイドル”よ」
いかにもプロらしく、社長は言った。
「まあまあ、社長。お姫様は少し疲れているみたいなので。僕に免じて、今日のところは勘弁してあげてください。ね? 」
「はいはい。じゃアタシこの後彩希と心美の方行くから」
じゃあねーと手を振って、社長は去って行く。五分にも満たない会話なのに、どっと疲れた。
「早く帰ろ」
「ねえ、さっきのだけど」
「何、白雪」
「僕は、いつだって本気だよ? フリなんかじゃ、ないから」
「・・・・・・あのさ、良いから。そういうの。私たちのこれはさあ」
百合営業じゃん。
※
今から三ヶ月前、春。私と白雪は社長室に呼び出されていた。
「あなたたち、百合営業をなさい」
重々しい雰囲気を醸しながら、社長は言った。あわや解散か、と思っていたところでコレ。
私は盛大にずっこけた。
「大丈夫?海辺さん」
「あ、大丈夫。ごめん、八坂さん」
私は事務所の固くて冷たい床にずっこけた。すると白雪は、すかさず手を差し伸べてくれた
「百合営業、とは」
白雪ははて、と首をかしげた。
「こういうのだよ、八坂さん」
私はスマホに保存していた、某有名アイドルのMVを見せた。画面の中ではカラフルな衣装を身に纏った女の子同士が顔を近づけて、キスをしている。
ただこれは、実際に彼女たちが恋愛関係にあるわけではなくパフォーマンスに過ぎない。
フリ、なのだ。百合営業とはそう言うものである。仲の良い二人が本当にそう言った仲であったなら…?というファンたちの妄想を掻き立てるための、お芝居にすぎない。
関係性を消費する文化、とでも言うのだろうか。
「えーっと、つまり僕と海辺さんがいちゃいちゃすればいいってことでしょうか?」
白雪は私と彼女を指さした後、抱きしめ合う女の子たちの画像を見つめて言った。うーん。理解が浅い。
それを聞いた社長は、目をぎらりと光らせて身を乗り出した。
「甘い!その認識はハニーキャラメルホイップラテよりも甘いわよ白雪!いい?百合って言うのはね、奥が深いの。いわば関係性と関係性の醸すハーモニクス。時に傷つき、時に互いを求め、親愛、友情、愛憎、枠にはまりきらない女の子同士のすべてが内包されていると言っても過言ではないの!ただ適当にくっついてキスとかしとけば良いみたいな甘い考えは捨てなさい!」
社長は興奮した様子でまくし立てた。興奮しすぎてコーヒーカップを倒しているし、床には黒々とした水たまりができていた。
「えーっと、それはいいんですけど。どうして私と八坂さんなんですか?」
と、私は言った。
「凡人と天才は、古今東西どのカップリングでも鉄板なのよ!」
社長は熱弁した。
「凡人・・・・・・」
「天才・・・・・・?」
お互いがお互いを見つめ合い、私たちは首をかしげた。
悪かったな、ファンにも「地味子」呼ばわりされていて。
「まあ、それは冗談として、真魚はこのままウチが売れないと今年いっぱいでアイドル辞めないといけないのよ。だから、事務所としても起爆剤が欲しいってワケ」
ドゥーユーアンダスタン?と社長は言った。
「ちょっと社長、そんなことのために八坂さんを巻き込むんですか?」
私は言った。
「そんなこと、じゃないでしょ。」
社長はビシッと私の鼻先を指さして毅然と言った。
「それに、それは……」
他のメンバーには秘密にしておきたかったのだ。私の個人的な事情で、他のメンバーの士気に影響があってはいけないから。
「でも、白雪に理由を明かさないのはフェアじゃないでしょ。これからアンタと白雪は一心同体セット売りになるんだから」
私と社長が言い争っている様子を黙って観測していた白雪が、ぽつりとつぶやいた。
「海辺さん、本当に辞めてしまうの?」
「あ、うん。親との約束で、あと一年くらいしか猶予がないの」
両親との約束は高校卒業まで。私が今高校三年生だから、自然とそうなる。
父も母も、娘が『アイドル』なんて確実性のない仕事に就くのを認められないのだ。
「そういうことなら、僕も協力します」
白雪は私を見つめ、うんと力強く頷いた。
「……いいの、八坂さん。私なんかと、その、そういうコトをするのは」
百合営業、とは言っても。フリとはいえ恋人のように振る舞う必要もあるし、仲がいい以上のスキンシップを求められる事もあるだろう。
八坂さんのファンはどう思うだろう?王子様系の女子に推される女子アイドルの彼女には、所謂ガチ恋と言われるファンも多い。
中には傷付く子も、いるだろう。そのリスクを犯してまで、私と百合営業をするメリットが彼女にはない。
何せ八坂白雪はプリズムアイズの1番人気絶対的センターなのだ。
「もちろん、プリズムアイズには海辺さんが必要なんだから」
しかし、私の予想とは裏腹に、白雪はそれを了承した。社長もこうもあっさり彼女が頷くとは思っていなかったのか、面食らっている。
「本当に?いいの?」
「うん、僕は嘘はつかないし、一度決めたことは守るよ、絶対に」
「わかった。私も覚悟決める。」
さすが王子様担当。私がグッと気合いを入れて拳を握ると、ソレに呼応するように白雪が手を重ねた。彼女の宝石のように輝く真っ黒な瞳に、私が映っていた。こんな物を間近で浴びせれたら、誰だってお姫様になってしまう。
「せっかくだし、名前で呼んでよ。仲良くした方がファンは喜ぶんだよね」
からかうように彼女は私に視線を寄越す。うーん、顔が良い。
「えっと、白雪さん」
私は、少し間を置いて彼女の名前を呼んだ。苗字にさん付けより心理的ハードルが低い。
「惜しい、呼び捨ての方が良いんじゃないかな? 真魚」
そんな私の葛藤を見抜いたのか、甘ったるくいじわるな笑顔で、さらに白雪は私を煽る。
「ね、呼んでみて。白雪って」
私のカサついた唇に、彼女の薄くマニキュアの施された指先が触れる。
「白雪」
ややあって、私は敬称を無くした。
「よく出来ました」
白雪はくいっと私の顎をすくい上げた。いわゆる顎クイというやつだろうか。少女漫画なんかでは見たことがあるけれど、まさか自分がやられる側になるなんて、変な感覚だった。
視界が、彼女でいっぱいになる。心なしか爽やかないい匂いがした。
「おー! 飲み込みが早いわね、いいわよその調子」
ひゅー! と社長が指笛を吹いた。茶化し方が古い。
「おっと、今は社長がいたね。ごめんごめん、こういうのは二人きりの時にしようか」
「あー、はー。うん、それでお願いします」
こんなもん至近距離で連続で浴びせられたら、私の心臓が持たない。死ぬ。
「じゃ、そういうワケで宜しくね。真魚、白雪。まず個人SNSでお互いのツーショットを投稿するところから!」
ぐっとサムズアップして、社長は去って行った。こぼしたコーヒーは事務員さんが処理していった。
社長室に残された私たちは、早速お互いのプライベートの連絡先を交換し、自撮りの練習を始めた。もうちょっとかわいい私服を着てくればよかったな。白雪と並ぶなら一張羅で来ても足りないくらいかもしれない。
「もうちょっとくっついてくれないかな、これじゃあはみ出しちゃうよ」
白雪はぐいぐいと私との距離を詰め、私たちは肩を寄せ合い抱きしめ合っているような状態になった。白雪の黒髪のさらさらとした感触がほおをくすぐる。いくら同性同士といえど、これは近すぎるのではないだろうか。
「え、近くない? 毛穴見えちゃう」
「大丈夫、真魚はどこも綺麗だよ」
白雪はインカメを見据え、王子様フェイスを崩さないまま言った。
「白雪に言われたら嫌みにしか聞こえないんだけど」
画面に映るしみ一つない真っ白な肌。加工されていなくても、彼女は最初から宝石だったのた。名は体を表すように、八坂白雪はどこまでも美しく、そうして完璧だった。
──隣にいたくねえ。表情がどんどん固くなる私に、彼女は言った。
「ほら、笑ってお姫様」
バシャッという音。加工アプリに切り取られた私と白雪は、わざとらしいくらいのピンクのチークで彩られていた。
「ほら、かわいい」
写真を指さして、白雪は自慢げに言った。
「全然、白雪の方が、ずっとかわいいよ」
私はぼーっとスマホの画面をスワイプしながら、撮った写真を吟味する。白雪に写りの悪い写真など存在しない。あるとしたら私の方だけである。比較的写りの良い写真を選んで、そしてお互いのSNSにアップした。
「これから僕たちは一心同体だよ。よろしくね、真魚」
と、白雪は言った。
※
それから、私たちは『しらまお』としてお互いを売り始めた。SNSでは頻繁にツーショットをアップし、お揃いの小物を身につけ、化粧品を送り合う。時々一緒に出かけたりもした。
『白雪からもらったリップ すごい使いやすい!また買おうかな』
『真魚とスタバ 一口分けてもらってけど、僕には甘過ぎかも』
『白雪の家にお泊まり 部屋綺麗 ウチには呼べない』
『@真魚 片付けに行こうか? 』
『@白雪 絶対やめて』
やりとりをするたび、変な気持ちになる。プリズムアイズとして一緒に活動し始めて二年。
こんなに頻繁にメンバーとプライベートなやりとりをすることはなかったし。レッスンと現場と、学校の往復の日々で遊びに行くなんて、考えたこともなかった。
「きっとこれ、真魚に似合うよ」
そんな風に白雪に選んでもらった服を着て、白雪からもらった化粧品で自分を彩る。アリバイ作りみたいに休日に出かけて、くだらない話をして。
一緒にレッスンする時も、どうやったら仲良く見えるか研究して、ライブのMCでは積極的にお互いに絡みに行っては空回った。
※
今日は、一人で自主練。
私一人だけ、新曲の振り付けがうまくいかない。どうしても一箇所ずれる。
白雪も私も、前提条件は同じはずだ。学生で、アイドルで、なのにこんなに違う。
八坂白雪は完璧なアイドルだ。360度どこから見ても光り輝いて、歌もダンスもミスしたところを見たことがない。プリズムアイズの絶対的エース、それが彼女。その隣に並ぶには、どれだけ努力したって足りない。
マイナスをゼロにするための努力なんか、足りないのに。
覚えきれない新曲のフリを体に叩き込むために、もう一回通しで踊る。私と白雪がメインの歌割だから、音外したりしたら格好が悪すぎる。
白雪の隣に並ぶために、私ができることなんてこれしかない。
音源を流して、振りのお手本の動画を見ながら、自分なりに鏡の前でそれを再現する。でも、やっぱりどこかうまくいかない。うまく噛み合わない。足がもつれる。
『事務所も不人気をどうにかしようと必死』
『白雪に迷惑掛けてる』
『プリズムアイズって百合豚に媚びててキモいんだよな』
エゴサしてればいやでも目に入る言葉たち。傷付く資格は私にない。
私の都合に、白雪を巻き込んでいる。
その自覚はある。でも、白雪は飄々と笑うばかりだし、私を責めたりしない。それが一番辛かった。才能がないと言われるより、アイドルをやめろと言われるより、それが一番辛かった。
余計なことを考えていたせいか、肺がきいきいと痛む。
音が途切れる。もう一回。と立ち上がった私を、誰かが強引に床に押し戻す。
「はい真魚、一旦休憩にしようか」
白雪は結露のついた冷たいスポーツドリンクを私に差し出す。その冷たさに触れて、自分がひどく喉が渇いていたことに気づいた。
「白雪!?なんでここに……」
いつの間に。
「事務所に用事があって、たまたま。だよ。」
白雪は床に乱暴に放り投げた私の汗まみれのタオルを拾うと、しげしげと眺めた。
「わー!それ、汗臭いからだめっ」
「そう?僕はあんまり気にしないけどな」
白雪はにこ、と笑うと私の隣に腰を下ろした。レッスン室の床に座っているだけのに、なぜかピクニックに来たような不思議な優雅さがあった。
「……スカート、珍しいね」
後ろに大きくスリットの入った黒いワンピース。夏らしい涼しそうな素材で、シンプルながら白雪の魅力を引き立てている。私と出かける時はパンツルックが多かったので、少し意外だった。
「ああ、今日はたまたま、そういう気分だったんだ……変かな?」
じ、とやけにしおらしく白雪は言った。
「ううん、ちっとも。いつもの格好も素敵だけど白雪って、本当に何着ても似合うね」
多分白雪に似合わない服なんてないんじゃないかな?と半ば本気で思う。
「……あ、ありがと。真魚」
白雪はぽそっと呟いた。
「こっちこそ、ありがとう。なんかちょっと、ドツボにハマっちゃって、負のループ入りそうだったから助かるよ」
せっかくなので、レッスンを終わらせた後白雪とアイスを食べに行った。お互いのメンカラ(白雪は白、私は水色)に合わせたアイスにして、ツーショットも撮った。
「美味しいね」と笑う白雪とは対照的に、私はいつまでこの売り方を続けるべきか考えていた。
※
そして現在。
私たちは、また社長室に呼び出されていた。
「百合営業が好評よ! 」
社長はまた机から身を乗り出してそういった。コーヒーは溢れていなかった。
「しらまお、評判良いのよ~! プリズムアイズ関連商品の売り上げも二倍に伸びたし」
恐ろしいくらいの成果が出ていた。
「何がどうなってそうなったんですか? 」
私は社長にそう問いかけた。
「いやねえ、みんな、今まで気づいていなかったのよ。しらまおという可能性に」
社長はぐっと拳を握りしめて、天を仰いだ。覇王のごとき風格が漂っていた。
「そこは僕らの実力じゃないんですね、ちょっと悔しいな」
白雪は、肩をすくめて曖昧に笑った。そうして、一瞬だけちらっと視線をこちらによこす。
「大丈夫、実力は折り紙付きだから。世間がようやく私たちに追いついたの」
自信満々に、社長は胸を張る。
「良かったね、真魚。これでアイドル続けられるよ」
「ああ、うん……」
白雪は私に向かって、優しく微笑んだ。でも、なんだか胸のもやもやは晴れない。このままでいいのかな。
「それじゃあ、これからも百合営業は継続の方向でお願いするわね」
社長の言葉を遮るように、白雪は口を開いた。
「そのことなんですけど、僕もう百合営業はやめたいんです」
迷いない様子で白雪はそう言った。途端に、社長室の空気が凍り付く。
「えっ?」
突然のことに、それ以外言葉が出なかった。寝耳に水とはこのことだり
「うん、相談もなしにごめんね」
白雪は私をまっすぐに見据えている。こんな時でも、涼やかな美貌は揺らがないので美人は良いなぁ。
「いや、あの。私も同じことを言おうと思ってたから、びっくりして」
「そう、なの?」
白雪は意外とばかりに目を瞬かせた。
「……ちなみに、二人の理由を聞いても?」
と、蚊帳の外気味だった社長が恐る恐る手を上げた。
「白雪は私と一緒じゃ駄目なんじゃないかと思って。ほら、勿論百合営業のお陰でついたファンもいるけど、百合営業で離れていったファンもいるでしょ?私はそもそもの母数が少ないから良いけど、白雪にはむしろマイナスなんじゃないかと思って」
それだけが理由じゃないけど。嘘はついてない。
なんだかズルをしているような気がするから、とか白雪の隣に並ぶには私じゃ不相応なんじゃないかとか。口に出すのがカッコ悪いことばっかりだ。
「ふぅん、真魚はそう思ってたんだ」
歯切れの悪い私の態度に、白雪は若干声のトーンを落とす。なぜ私が責められている風になるのか。
「白雪だって、もう辞めたいんでしょ?私にだけそんな風にいうこと無いんじゃない?」
辞めたいのは自分も同じのくせに、と非難の意味を込めて私は白雪を見つめかえした。すると白雪は露骨に私から目を逸らす。
「いや、僕は……その……」
前髪を直すようにいじりながら、白雪はちらちらとこちらに視線を寄越す。
「モゴモゴしてないで、はっきり言って」
「……僕、真魚のこと、ほんとに好きになっちゃったんだ。だからもう、演技なんてしたくない」
「は?」
予想外の答えに、私は唖然とする。
白雪はあっやっべーという顔をしていた。王子様フェイス、崩れてんぞ。
「あ、今の、忘れて」
白雪はその真っ白な肌を、林檎のように赤く染めて慌てふためいた。
「さすがに無理じゃない?」
人生に巻き戻しはない。覆水盆に返らず。
つまるところ、白雪の失言はばっちり私の耳に入っていた。衝撃的すぎてしばらく忘れられそうにない。
「あーえっと、白雪、真魚。邪魔者は退散するわね?」と、社長は一人そそくさと部屋から逃げていった。そして私は取り残される。おいおいこの空気の中で置いていかないでくれよ、と助けを求めるも社長は振り向きもしなかった。
大人のくせに卑怯だ。
沈黙。沈黙。このままでは埒が開かないので
「好きって、あの好き。ライクの方?」
「ラブの方、かなぁ」
白雪はなんとも気まずそうにこちらの様子をうかがっていた。
「僕、本気で真魚が好き。だからこれからは演技じゃなくて、本当にしらまおになりたい」
社長室に、白雪の熱い告白がこだました。好き、SUKI、空き。現実逃避のように、好きが脳内で躍り、ぶわりと桃色の空気が、周囲に漂い始める。
「……参考までに聞きたいんだけど、私のどこが好きなの?」
ドッキリだったりしないかな、と現実逃避してみるも手応えはない。
「その、いつも一生懸命なところとか、頑張り屋さんなところとか、誰よりも1番努力してるのに微妙に歌が下手なところとか、必死で振りの練習してる時の人を殺しそうな目とか……」
後半なんかおかしくない?と突っ込みそうになるのを必死で抑える。
「あと、僕が王子様じゃなくても、許してくれるところ」
白雪はぽっと頬を染める。そこのやたらと質感を伴った言葉に私はなんとも言えない気持ちになる。
「いや、それは、嬉しいんだけど。でも駄目でしょ。私たち、アイドルなんだから」
私は、もっともらしい言い訳を並べた。白雪のことは嫌いじゃないけど、そういう対象として見たことがない。
「……ダメ?」
白雪は私を壁際に追い詰めて、徐にこちらに体を押し付けてくる。いわゆる壁ドンというやつだ。
「いや、その、」
「ダメ?」
白雪はここぞとばかりに顔を近づけて、私の耳元で囁いた。こんなところで王子様を発揮するな。
「近い近い近い近い」
「僕たちこんなに仲良くなったのに今更、嘘でしたなんて出来ないよね?」
「そ、それはそうだけど」
ダメ押し、とばかりに白雪は私にささやく。
「それに、そんなこと言えばお姫様たちからどう言われるか、」
──わからないほど真魚も馬鹿じゃないでしょう?
それは、悪魔のように蠱惑的で、天使のよに清廉な笑顔だった。
背中にぞわりと悪寒が走るのに、心臓はばくばくしている。
「ハイ……ヨロシクオネガイサマス」
頷くしかなかった。
こうして、私たちは名実共に「しらまお」になってしまったのだけど。
私が本当に白雪を好きになってしまうのはまた別の話。
百合営業アイドルですが相方にガチ恋されて困っています。 おいしいお肉 @oishii-29
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