第63話 母親の真実
琥珀さんはまさか娘の友達から説教されるだなんて思っていなかったのだろう。
目を大きく見開き、驚いた様子で俺の方を見つめている。
「……真白が窪田君に私の男グセが悪いって話をしたの?」
「えっと……。はい。そうです」
真白から琥珀さんの男グセが悪いという話を聞いたことは言わない方がいいかとも思った。
しかし、そんな話は家族である天川しか知らないだろうし『違います』とは安易に言えなかった。
「……そうなのね。というかそんな話する人真白しかいないわよね」
「僕に琥珀さんの男グセが悪い話をした真白に怒ってるんですか?」
「……いいえ。その逆よ。嬉しいの。真白がそんな話を窪田君にしたことが」
「嬉しい……?」
自分の男グセが悪いだなんて話を娘が同級生に話したことが嬉しい?
普通そんな話を同級生に言われるのは、体裁を気にして嫌がるものではないのだろうか。
「ええ。真白に『自分に父親がいない』って辛いことを話せる信頼できる友達ができたんだなって」
「し、信頼されてるかどうかはわかりませんけど」
琥珀さんの発言は、天川のことを心の底から想っているからこそできる発言だ。
そうでなければ自分の男グセが悪いなんて話をされれば、怒って手をあげたっておかしくはない。
本当に琥珀さんは、天川に悪影響を与える程男グセが悪い人なのだろうか。
話をしている感じ、琥珀さんがそんなことをするような人には見えない。
だとするならば、なぜそこまで男グセが悪くなってしまったのだろうか。
「私が男グセが悪いって話はね、事実だけど事実じゃないの」
「それはどういうことですか?」
「……真白が信頼してる人なら話してもいいかな」
「……?」
「真白の父親はね、もうこの世にはいないの」
「--え?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中を様々な考えが駆け巡った。
天川の父親がもうこの世にはいない?
それは言葉通り、もう亡くなってこの世にはいないということでいいのか? だとするならば、なぜ天川の父親は亡くなってしまったんだ? そのことを天川は知らないのか?
様々な疑問が頭の中を駆け巡るが、俺はその中でも一番気になった疑問を琥珀さんにぶつけた。
「それは離婚してからの話ですか? それとも離婚する前の話ですか?」
「その質問は少しおかしいわね。質問に答えるとするなら後者だけれど、死んでしまったら離婚はできないから」
琥珀さんの話は信じがたい内容ではあるが、嘘をつく必要もないだろうし恐らく真実なのだろう。
その話を理解するのは容易だが、あまりにも受け入れ難い内容である。
しかし、真白の父親が亡くなっていたという話を真実だと受け入れると、琥珀さんが天川に離婚をしていたと嘘をついていた理由や、男グセが悪いと言われていた所以もわかってきた気がする。
「それを真白は知らないってことですか?」
「ええ。まだ小さかった真白にお父さんが亡くなったと伝えるのはあまりにも酷だと思ったから」
「……そういうことだったんですね」
「ええ。男グセが悪いと言われてるのも、真白にいい父親を連れてきてあげないと、なんて責任感から男の人と沢山関係を持った結果なの。でも責任感で寄ってくる私を心の底から好きになってくれる人はいなくてね。ついさっきいい感じになってた男の人にまた別れを告げられてきたところよ」
「--っ」
琥珀さんの気持ちはその状況に立たされたことのない俺でも理解できる。
娘に父親がいない酷な人生を味わわせたくないと必死だったのだろうが、その必死さが空回りしてしまったのだろう。
「でもね、私も薄々わかってるの。真白が新しいお父さんを連れてきても喜ばないって。だからね、もうやめようかなって思ってたところに窪田君が来てくれて……。もう男の人と関係を持つのは終わりにする決心がついたわ」
「……」
「だから窪田君、真白を大切にしてあげてね」
そうは言われても、俺はただの友達でしかない。
彼氏という立場であるなら、天川に対してしてやれることも色々あるかもしれないが、今の俺ではただ天川の良き友達であることしかできないのだ。
「……友達として、大切にします」
「……ふふっ。いつか真白さんをくださいって挨拶しにくるの楽しみにしてるわね」
「--っ⁉︎」
琥珀さんがとんでもないことをぶっ込んできてすぐに天川がトイレから戻ってきた。
「あー、またお母さん窪田君困らせてない?」
「大丈夫よ。もう窪田君とは仲良しになったし」
「え、何それ気になるんだけど」
「ほら、お菓子あげるから二人で自分の部屋行ってきなさい」
「言われなくてもそうするもーん」
そして俺追い出されるようにしてリビングを出て真白の部屋へ向かうことになった。
リビングを出る時琥珀さんから俺に向けてされたウィンクは『真白をよろしくね』と言っているかのような、そんな気がしていた。
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