第3話 初めては立川くんがいい

「そう言えば、今日の体育の授業、手を振った私に気付いてくれて嬉しかったです」

  

 そう言って彼女はニコッと微笑む。他の人に手を振っている可能性もあったが……。


「あっ、やっぱり俺に手を振ってたんだ」

「ふふっ、目が合ったので振ってみました。何だか秘密のやり取りをしている気分でした」


 気のせいじゃなくてよかった。もし、俺に向かって手を振ったと勘違いして手を振っていたら恥ずかしいからな。


「七瀬、試合で活躍してたみたいだな。盛り上がってたし」


 そう言うと七瀬はグイッと距離を詰めて俺のことを見てきた。


「み、見ましたか? 私がシュートしたところ」

「い、いや……ごめん、シュートして終わったところから見たから見れてない」

「そ、そうですか……。見てもらいたかったです……」


 しゅんとした彼女は俺から距離を空けて、先ほどいた位置に戻る。


「七瀬はバスケが得意なのか?」

「いえ、得意というほどではありません。立川くんはバスケ、得意ですか?」

「まぁ、中学はバスケ部だったし、得意な方かな。七瀬は、今、部活入ってるのか?」

「いえ、入ってませんよ。中学ではソフトテニス部でした」


 途切れることのない会話。部活の話や趣味、学校のこと、たわいない会話かもしれないが彼女と話している時間はあっという間で気付けば1時間が経過していた。


「ふふふ、こんなに誰かと話したのは久しぶりです」


 彼女は嬉しそうな表情をして、冷めたお茶を飲む。


「冷めてるだろうし淹れ直そうか?」

「いえ、大丈夫です。立川くんさえ良ければまたこうして私とお話ししてくれませんか?」

「うん、いいよ。俺もまた七瀬と話したい」

「嬉しいです」


 学校が一緒で話そうと思えば話せる機会はたくさんあるが、学校での彼女はいつも周りに人がいる。


 周りにたくさん人がいる中で話しかけるのはかなり勇気がいる。 だから学校以外の場所で会ったその時は話しかけよう。


「私、立川さんとお友達になりたいです」


 彼女はコップをテーブルに置き、真っ直ぐと俺の方を見つめてきた。


 断る理由なんて1つもない。だから俺はすぐに頷いた。すると、立川は俺の両手をぎゅっと握ってきた。


 じっと見つめ合う形になってしまい、これどうするんだと思い始めたその時、彼女は、自分のしていることに気付いてハッとし、慌てて手を離した。


「そ、そろそろ帰りますね……」

「外暗いし送っていくよ」

「大丈夫です。ここから家は近いので」

「じゃあ、下まで送る」


 さっきまで話せていたのに帰るとなってからエレベーターで下へ降りるまで俺と七瀬は一言も話せなくなっていた。


「ここまでで大丈夫です。今日は、楽しかったです。ありがとうございます」

「こちらこそありがとう。夕飯のおかず、美味しくいただきます」

「はい……食べたら感想を聞かせてもらえると嬉しいです」

「わかった。食べたらメール……あっ、連絡先交換してないから学校で会ったときにでも言う。じゃあ、また会えたら」

「はい、またです」


 手を振り、彼女を見送った後、俺は家に戻り、夕飯の準備をした。ご飯は、自分が炊いたものでおかずは七瀬の手作りである肉じゃがだ。


「いただきます……うまっ」


 声に出るほど手作りの肉じゃがは美味しかった。お母さんがよく作ってくれていた肉じゃがと似た味。


 明日、七瀬を見かけたらお礼を……いや、美味しかっただけでいいのか? 何かお礼できるようなことをした方がいいような気がする。例えばプレゼントを渡すとか……。


  


***



 翌日、俺は、友達の彼女である千夏に相談に乗ってもらうことにした。


 肉じゃがのお礼がしたく何か彼女へプレゼントしたいが、女子がもらって喜ぶものが俺にはわからない。


 千夏に七瀬の名前を伏せて話すとなぜかニヤニヤされた。

 

「何々、好きな人でもできたの?」

「できてない。ただお返しみたいなものをしたいだけだ」

「ふ~ん。そうだなぁ〜、その女子のこと少しでいいから教えてよ。何々が好き〜とかないの?」

 

 七瀬は料理が得意で趣味でもあるそうだ。だとしたら料理器具? いやいや、料理器具を渡すのは何か変だよな。


「難しく考えすぎでしょ。相手の好きなものがハッキリとわからないならショッピングモール行こって、その彼女を誘って、何がほしいのか直接聞いてみたら?」

「なるほど、直接か……」


 こっそり準備してサプライズすることばかり考えていたが、直接聞いたほうが、確実に喜ぶものを渡すことができる。


「よし、ありがとな千夏」

「何がよしかわからないけど頑張れ。勇気を出してデートに誘うんだ!」

「あぁ……ん? 俺、デートとは言ってないぞ」

「女子を遊びに誘うとかそれはもうデートでしょ」

「はぁ……」




***




 放課後、彼女のクラスの4組の教室の前で待っていると教室から彼女が出てきたので名前を呼んだ。


「あっ、七瀬!」

 

 彼女はすぐに俺に気付き、笑顔で駆け寄ってくる。


「立川くん、どうかされましたか?」

「肉じゃが、美味しかった」

「あっ、良かったです。口に合ったようで」


 千夏は女子と出かけるとかデートでしょと言っていたが、俺は普通にリサーチのために遊びに誘うだけだ。


「あ、あのさ……今週の土曜日って空いてたりする?」


「土曜日ですか? 今のところ予定はありませんし空いてますよ」

「そっか、なら、その……ショッピングモールに一緒に遊びに行かないか?」


 誰かを誘うことにこんなに緊張したのは初めてだ。心臓がうるさい。


「一緒に! い、行きたいです!」


 七瀬のテンションが急に上がり、キラキラした目をしていた。 


「お、おう……じゃあ、今週の土曜日に行くか」


「はい、行きましょう。私、お友達とどこかお出掛けするの初めてなんです。高校生になりましたし、放課後の寄り道やみんなでカラオケとかしてみたいんです。やりたいことの1つが立川くんと達成できそうで今から楽しみです」


 俺とでいいのかと思ってしまう。本来なら女子の友達と行ったりした方が楽しいと思うけど。

 

「……その初めてが俺でいいのか?」

「はい、初めては立川くんがいいです」


 そう言ってニコリと微笑む彼女の笑顔は天使のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る