エモーショナル・パレット

藤原くう

プロローグ

ホワイト・エモーション

  自動ドアが開き図書館へと入ってきたのは、旗を持った女性だ。首からぶら下げた名札には、彩ハス、と書かれている。


 続いて学生たちがやってくる。その額には球のような汗が浮かんでいて、幾人かはハンカチを取り出して汗をぬぐっていた。その表情は誰もかれもが穏やかで、四十度の厳しい暑さの中を高校から歩いてきたようには見えない。


 ハスは図書館奥の多目的室に向かうと、生徒たちを座らせた。水分補給ののちに、ハスは生徒たちに話しかける。


「はい、これから図書館で感情を用いた物語の視聴を行うわけですが、何か質問はありますか」


 三クラス九十人ほどの生徒たちの中から挙がった手は、数人。どれも勢いよく挙がり、当ててくださいといわんばかり。


「ほい、佐藤君」


「えっと、どうして学校じゃ物語を読むことができないんですか」


「いたずらに使用されないようにするためよ。もちろん、生徒を信用していないというわけじゃないのだけれど、大昔から感情は悪用されてきたから、図書館で管理しましょうということになったの」


「図書館じゃないといけなかった?」


「伊藤ちゃんは鋭いね。もちろん図書館以外が管理していた時代もあるのよ。感情省ってね。感情どころか人民をも管理していた時代なんだけども、これはいずれ日本史の授業で習う内容だから深くは説明しません。気になったら自分で調べてみてね」


 さて、とハスが話を変える。


「今日視聴する物語は、四つ。どれも時代が異なるもので、その形式も様々だから混乱するかもしれない。気分が悪くなったら我慢せずにすぐに言うこと。また、感想文を提出してもらうので、居眠りはしないこと。もっとも、今回のは前回よりも刺激的だから居眠りする暇はないでしょうけれど」


 ハスは部屋の電気を消す。真っ暗になった部屋の中で、リモコンを操作すると、ホワイトボードに映像が浮かび上がる。


 文章が並んだシンプルな映像だ。


 その合間合間では感情を引き出すトリガーが人間には知覚できない速さで明滅を繰り返し、脳内へ埋め込まれたチップが感情を誘導する準備を始める。


 ぼうっと呆けたような表情を浮かべる生徒たちを見たハスは、目をすがめ口を開く。


「これから始まる四つの物語は、四感情と呼ばれる喜怒哀楽を想起させる物語。一つ目は『ミモザ・シンパシー』。愛する者のために喜びを捨てた科学者のお話よ」


 そうして、物語のページがめくられはじめる。

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