第11話 学食での攻防(水原蒼視点)

 カフェの仕事をしていると、弁当を作る時間なんてない。


 昼はもっぱら学食で済ますことにしている。


 うどんとおにぎりのセットをトレイに載せ、いつものカウンター席に腰を下ろす。


 ワイワイ、ガヤガヤと騒がしい学食内。


 テーブル席は見た感じ埋まっているが、カウンター席はガラガラ。


 学食に来る人ってのは大抵がグループ。俺みたいに一人で来ている奴は少ない。


 ほぼ貸し切り状態の寂しいカウンター席は気兼ねなく昼を取れる。


 気になる周りの声はワイヤレスイヤホンをし、ノイズキャンセリングをぶっかませば万事OK。


 け、決してぼっち飯で周りが羨ましいとかではないんだからね。


 お気に入りの音楽と共に、へなへなのうどんをすすろうとしたとき。


「なに聴いてるの?」


 外れた左耳の方から、涼しげな声の奥に甘い蜜の味がしそうな聞こえてきた。


 手を止め左隣を見る。


 隣のカウンター席には、足を組み、ワイヤレスイヤホンを左の人差し指と中指で挟んでいる志津香の姿。


 おいおい。どこのバーの常連だよ。色気が高校生じゃないんよ。


 カウンター席がこれほど似合う女性は、志津香を置いて、他にはいないのではないかと思える。


 だが、席に置かれた可愛らしいお弁当箱とのギャップで心をやられちまった。


 こやつ、ギャップを駆使して俺を追い詰めてやがる。ちくしょうめ。そういうの大好きなんだよ。


 こちらが、やんわりと悶絶モードに入りかけていると、そのまま左耳に俺のイヤホンを装着した。


「ふふ。蒼は相変わらずロックバンドが好きだよね」


 なに、このカップルがやるエモいやつ。


「まぁな」


 なんとか悶絶を回避して、答えることができた。


「『こんなところでぼっち飯してる俺、めっちゃロック』って感じ?」

「ほっとけ」


 言いながらスマホを取り出して曲を一時停止させる。


 弁当を持ってここにいるってことは、なにか用事があるのだろう。


 志津香と喋れるのに音楽を聴いている場合じゃないもんな。


「珍しいな。志津香がこんなところに来るなんて。そんなに俺と昼飯が食いたいなんて。素直に言えば毎日でも食ってやるのに」


 本音をそのままぶつけてやると、何一つとして動揺する仕草なし。


 髪を軽くかきあげて、左にしていたイヤホンを外して渡してくる。


「ぼっち飯なんて可哀想だし。一緒してあげるよ」


 クールな幼馴染からの、随分と上から目線を頂戴すると、彼女はこちらの返事を待たずして弁当の袋を開けた。


 まじかよ。志津香と一緒に飯食えるなんて最高かよ。


 最高のシュチュエーションだわ。


「誰かさんはおモテになるようで」

「ん?」


 急になんの話を持ち出したのかわからない。


 彼女の話題を理解できなくて眉をひそめてしまう。


「どういうこと?」

「告白されたんでしょ?」

「告白ぅ?」


 こいつは一体なにを言っているんだ?


 俺が誰かから告白されたと思っているのか?


 そんな事実無根の話しを誰から聞いたんだ?


「されてないけど……。って、ちょ、近いな」


 戸惑っていると、いつの間にか真ん前まで志津香が詰め寄って来ていた。


 驚きの近さに逆に冷静な声が出てしまった。


 てか、今日はやけに志津香と物理的な意味で距離が近い。


 ドギマギしてしまうではないか。


「嘘つかないように蒼の目を見ないと」

「嘘って……。誰に聞いたんだよそんな話し」

「風の噂」

「噂かよ」


 ん? 待てよ。


「そんな噂が気になって普段俺と飯食わないのにやって来たってのは……もしかして嫉妬か?」


 言うと、そのままの距離を保ったままはっきりと言われてしまう。


「嫉妬じゃない」


 この表情。まじで嫉妬なんかしていない表情だ。


 いや! 嫉妬しろよ! なんで無なんだよ!


 ようやくと志津香は、「むぅ」と納得いかないような声を漏らすと距離を取る。


「こんな、ぼっちっち幼馴染を誰が狙ったのか気になっただけ」


 ぼっちっちって、ちょっとかわいく言ってくるが、先程からぼっちと言われるのは心外だ。


 少しプライドが邪魔をする。


「ふっ。実際、女子から結構人気だと聞いたことは……」


 ギロリ。


 鋭い眼光が俺を捉えた。


 ひぃ! こわっ! 


「誰?」

「はい?」

「蒼を狙ってる子は誰って聞いてるの」」


 低い声は、どこかドスの効いた声にも聞こえて内心、ガクブルである。


「ごめんなさい。すみません。冗談です。誰にも狙われていません」


 ここはそう言わないと死んでしまうかもしれない。


 嘘も方便。


 恐怖を乗り越えるため、生き残るための嘘もまた1つの正義。


「そ」


 こちらの言葉に、いつも通りの簡素な呟きを放ち、通常モードに戻る。


 な、なんだ今の殺気に満ちた目つきは……。


 狩る者の目だったぞ。


 去った恐怖に安堵していると、志津香は顎を高く上げて首を見せた。


「強がっちゃって。私の前で強がりたかったの?」

「う、うるせーよ。まだモテ期に入ってないだけで、そのうちめっちゃモテるんだよ!」

「はいはい。そうですか。そうだと良いですね」


 どこか満足げで適当に言われてしまい、むくれている俺に対して志津香はご機嫌に言ってくる。


「女の子にもモテない。友達もいない蒼が可哀想だから、明日はお弁当作ってあげるよ」

「は?」


 ご機嫌なままの口調に対して疑問の念が出てしまう。


「なに? こんな可愛い幼馴染のお弁当が食べられないの?」

「いや、そうじゃなくて」

「照れてるの? 照れちゃったの?」

「お前、明日、朝練じゃないの?」


 指摘事項を述べると「ぁ……」と珍しく間抜けな声を出していた。


「なに? お前、俺にお弁当作りたくて明日、朝練なの忘れてたの?」


 こちらの煽るような言いようにメイは指を口元に持っていき、視線を伏せていた。どっからどう見ても動揺している様子はない。


「明後日。作ってあげる」


 しれっと日程を先伸ばした。


「そんなに作って……」

「明後日だから」


 圧倒的目力でこちらにターンを譲らない。


 志津香はさくっと食べ終えた弁当箱をしまい、立ち上がってもう一度言ってくる。


「明後日だから」


 そして、志津香はクールに学食を去って行った。

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