第三十三章 愛の夢 高倉有隆・2019年9月4日
高倉は弟と一緒に椅子に座っていた。
ここは大学時代に弟と一緒に暮らしていたマンションだった。
椅子は二人掛けの黒い椅子だ。何故黒いかは高倉が暗い色が好きだったからだ。弟は明るい色が好きだったが、兄の好みに合わせて部屋の内装を決めてくれていた。
弟は性格も明るかった。暗くて人とあまり話さない兄とは違い、友人が多く彼女も途切れる事がなかった。人懐っこく、友人がなかなか出来ない兄に友人を紹介しようとした事もある。それは兄にとってプライドを傷付けられる余計な事だった。他人に嫌われるわけではない。他人に興味がなかったのだ。弟以外に興味を持った事がなかった。
椅子に座った弟はこちらを向いた。一卵性双生児なので、最初自分が鏡に映っているのかと思った。だがよく見ると弟は前髪を左右に分けて額を出していた。前髪で額を隠している兄とは違った。着ている服装も違った。兄である自分は暗い色の服を着ていたが、弟は明るい色の服を着ている。一卵性双生児で見た目が違う点はこのくらいだった。
弟は何も喋らずにこちらを向いていた。綺麗な顔をしている。
高倉は一卵性双生児で自分に見た目のそっくりな弟の有理の事が、愛おしくて堪らなかった。
高倉は部屋を見渡した。学生なのにそれなりに広いマンションを借りていた。両親の遺産があったからだ。今は被害者遺族への慰謝料で借金しかないが。借金?
高倉は疑問に思った。何故借金など出来たのだったか。
「何で緑を殺したんだよ、兄さん」隣に座った有理は言った。
緑とは誰だったか。
そうだ、緑とは有理の結婚相手の名前だ。
何故殺した?有理がこんな事を言うわけがないと高倉は思った。
何故なら俺が有理の嫁を殺した事を有理は知らないからだと高倉は思った。
有理はDVをしていた拍子に、酔って嫁の首を自分が絞めて殺したと誤解した。
その結果精神を病み、女性の首を絞めて殺害を繰り返すようになった。また、遺書を書き何度も首吊り自殺をしようとしていた。だが首吊りは恐怖心が勝ち出来なかったようで、女性を誘拐しては絞殺を繰り返した。
有理は首吊り自殺をした父親と、不倫して父親に絞殺された母親の影響か、首と不倫、浮気というワードに執着していた。
何故?何故こんな事になったのか?
有理は大学卒業後緑という女性と結婚をしたが、仕事が上手く行かず精神的に病み始めていた。有理は幸せな家庭像を夢見て建築デザイナーになったが、あんな家庭環境に育ったものだからか、デザインが上に通らず毎回悩んでいた。
高倉はそんな有理の気持ちが一切理解出来なかった。何故幸せな家庭像になど憧れるのか。
有理が実は女性が苦手な事も知っていた。すぐに別れるからだ。なら最初から付き合わなければいいのにと高倉は思った。
有理が女性と結婚した理由も知っていた。自分の幸せな家庭を作りたいと思っていたからだ。だがそれも上手く行かなかった事を高倉は知っていた。
高倉は有理が結婚後も何度か有理の自宅を訪れたが、有理の嫁の顔には時折痣があったし、高倉を見ると恐怖の表情をするからだ。高倉は有理のストレスが発散されているなら良いと思いDVを見て見ぬふりをした。
ある日有理から高倉の仕事中に電話が入った。内容は嫁を殺してしまったという内容だった。
高倉は急いで有理の自宅へ向かった。そこには床に倒れて頭から血を流し気絶している有理の嫁が居た。有理は嫁を殺してしまったと思い込んでいた。高倉も死んでいると思った。なので高倉は有理にバーにでも行きアリバイを作るように指示をすると、有理の車を使用し有理の嫁を自分の所有していた山の廃井戸に投げ捨てに向かった。
だが、運んでいる途中で有理の嫁は目を覚ました。脳震盪だったようでまだ生きていた。
意識を取り戻した有理の嫁はこう言った。
「あんた達兄弟を訴えてやる」
高倉は迷わず有理の嫁の首に手をまわし、首を絞めた。
高倉は有理の嫁の首を絞めた際、少なからず快感を得た自分に気付いていた。自分の母親を有理の嫁に重ねたのだろうか。
高倉は黒い椅子に座った状態で自分の掌を広げて見た。血はついていない。証拠はない。
有理の嫁は苦しそうな表情をしていた。目が血走り、口から泡を吹いた。暴れていた力が強くなったかと思えば止み、目を見開いたまま大人しくなった。
高倉は有理の嫁をそのまま廃井戸に投げ捨てた。そして有理の家に帰宅後、有理にこう言った。
「首に絞めた後があった」
有理は最初首など絞めていないと否定したが、酔って普段からDVをしていた有理は混乱して頭を抱えた後、こう呟いた。
「もしかしたら首も絞めていたのかもしれない」
まさか兄が有理の嫁の首を絞めて殺したとは思わないだろうと高倉は思った。
その後は情緒不安定な弟を警察から守る為に、一卵性双生児である事を利用し弟と入れ替わった。弟の嫁は兄である自分と駆け落ちをした事にし、弟の証拠隠滅罪の時効が来るまで弟を匿った。勿論弟を守る為とは嘘だ。自分の証拠隠滅罪の時効を待つ為だった。
それから程なく、有理はおかしくなった。
有理は今まで精一杯仕事に打ち込んでいたが、勿論働く事は出来ず自宅に籠り、たまに自宅から出たかと思えばバーで知り合った女性を殺人のターゲットにしていた。弟は二重人格のようで情緒不安定だった。高倉を共犯だと脅したかと思えば、高倉に巻き込んでごめんと謝ってきた。
大学に入学するまでは、両親が死んだ後有理と別々の親戚に引き取られて暮らしていた。だがやっと独り暮らしが出来る年齢になると、有理から高倉に「また一緒に暮らさない?」と聞いてきた。
高倉は嬉しかった。また二人で暮らせる事で浮かれてしまい、本州の大学進学は止めて札幌の大学に進学する事にした。有理が両親と暮らした地を離れたくないと言ったからだ。
有理が同性愛者ではない事は分かっていた。だがまさか大学卒業間近に急に有理にこう言われるとは思わなかった。
「今付き合っている子と結婚する事にしたんだ」
高倉は急にそんな事を言われるとは思わなかった。今まで唯一の家族の有理に嫌われたくなくて気持ちを押し殺していた事を後悔した。
有理が俺を一人にするなら、裏切るなら、俺も裏切っても構わないだろうと高倉は思った。
有理が女性を誘拐し殺害するようになってから、高倉は笠木と知り合った。笠木と付き合い始めた事で、興味の対象が完全に笠木にシフトした。あれだけ好きだった有理がもはや邪魔でしかなかった。
高倉は時折有理を脅した。精神的に追い詰めた。その結果、高倉の望む結末になった。
有理は警察の前でついに自殺に成功した。首吊り自殺が出来ないならと高倉は焼身自殺に有理を導いた。
有理が焼身自殺後、検視された後に警察署の遺体安置室で焼死体となった有理を見た。
あの綺麗な顔が真っ黒になっていた。苦しそうな表情に見えた。高倉は有理の死体を見て良い気味だと思った。俺を裏切ったからだ。
高倉は思考した。母親に虐待されていなかったら、今と違う未来でもあったのだろうか。
高倉は、有理が殺した女性を証拠隠滅のために顔面をハンマーで粉々に砕いた感覚を思い出した。日頃から溜まっていたストレスが発散される気分だった。だが俺は有理とは違うと高倉は自分を制御しようと必死だった。このままでは有理と同類になってしまうと思った。薬を飲む量が増えた。
高倉は隣を見た。何故創也ではなく有理が俺の隣に座っているんだ?
そうだ。高倉は思い出した。俺は創也を庇って刺された。創也に全てバレてもまだ誤魔化せる。高倉は思った。
その瞬間隣を見ると、隣に座っていた有理の顔が急に燃え上がり、黒焦げの遺体安置室で見た顔になった。
高倉は急に目が覚めた。人工呼吸器を付けられ病室のベッドに横たわっていた。周囲には誰も居なかった。
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