第16話 ゴブリンと逃走
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前回、敗北したモンスターです。
クエストが発生します。
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E級クエスト:ゴブリン が開始されます。
クエストクリア条件は、ゴブリンの撃破です。
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ゴブリンの撃破数 0/100
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「――――は?」
思わず、明の口から呆けた声が飛び出した。
それから何度もその画面へと目を滑らして、その書かれた内容が間違いでないことを確認する。
(何だよ、これ。いや、この画面を見るのも二度目だ。クエストってやつがいきなり出てきたことに今さら驚きはしない。この内容を見る限り、俺が死ぬ原因になったモンスターに出会った時、このクエストってやつは始まるんだろう。――――でも……なんだよ、この内容。ありえねぇだろ!!)
「……ざけんな」
思わず、心の声が明の口から飛び出す。
一度、心の声が漏れればそう簡単には止まらない。
明は、激昂するようにして目の前に現れた画面に向けて叫びをあげた。
「ふざけんな!! 何だよ、それ!! コイツらを百匹? 無茶言うなよ!!」
言いながら、明は現れたゴブリン達を見据えた。
(前回、ゴブリンと戦ったおかげでレベルアップはしている。ステータスも、その時よりかは伸びてる。武器も、今回は手元にはある。……けどッ!)
それでも、レベルアップで上昇したステータスが、どこまで通用するのかは分からない。
仮に、多少は通用するようになっていたとしても、命懸けで戦ったあのゴブリンを、百匹倒せというのはあまりにも無謀だと言わざるを得ない内容だった。
(クエストっていうからには、達成すれば何かしらあるんだろうけどッ! でも、今は無理だ! この数をまともに相手して、今の俺が生き残れるはずがない!! クエストをするなら、一匹ずつ……。まずは、群れじゃないゴブリンを倒すところから始めないと――――)
明の背中に、じんわりとした汗が浮かぶ。
明は、どうすればこの場を生き延びられるか、必死に思考を回し続ける。
対して、明を問い詰めていた警察官二人は、出現するゴブリンに分かりやすく慌てふためくと、大きな声で発してゴブリン達を刺激し始めていた。
「なッ、なんだコイツら!?」
「た、田中さん! コイツら、報告にあったモンスターですッ!! ゴブリンですよ!!」
「こ、コイツらが……? おい、止まれ! 止まらんか!!」
「ダメですよ田中さんッ! コイツらに言葉なんか通じませんよ!! 応援を呼びましょう!!」
「馬鹿野郎ッ!! 応援なんて呼んで誰が来るんだ! 俺たちだって、応援を呼ばれて駆けつける途中だっただろうが!!」
そんな二人のやり取りの内容が分かったのだろうか。
ゴブリン達は揃って顔を見合わせると慌てる彼らを指さして笑い、かと思えば馬鹿にするような表情で二人の真似をして、ゲラゲラとしたさらに大きな笑い声を上げた。
「~~~~ッ、た、田中さんッ!! コイツら、俺たちのこと笑ってますよ!!」
「くっ、どうして俺たちがこんな化け物どもに……ッ! おい、お前ら!! 馬鹿にするのも大概に――――」
そう言って、田中と呼ばれた中年の警察官が脅すように、腰にぶら下げた警棒を取り出したその時だ。
――ピタリ、と。
それまで声を上げて笑い転げていたゴブリン達の笑みが止まった。
「げげ、ぎぎぅげぎゃぎゃ」
そして、ゴブリン達のうちの一匹が何かを口にする。
その言葉の内容は分からなかったが、友好的でないのはその表情からはっきりと分かった。
「ぎゃぎゃぎゃ、ぎぎ」
なおもゴブリン達は何かを言って、脅すようにその手にもつ得物を振り回す。
何の力もない一般人ならば、その脅しで十分だった。
けれど、ゴブリン達が相対したのは法と秩序を守る警察だ。加えて、傍に一条明という彼らにとっては守るべき一般人が居たことも影響したらしい。
彼ら警察官二人は、ちらりと視線を明に向けるとすぐさま鋭い声を発した。
「何をやってるんだ!! 早く逃げなさい!!」
「逃げて!! 早く!!」
「逃げろって、あなた達は!?」
「我々がここから逃げたら、誰が君を守るんだ!! 君が逃げるまで、ここで時間を稼ぐ! だから早く、逃げるんだ!!」
「……ッ」
明は逡巡する。
これは、チャンスだ。今ならば、この場から逃げたとしても誰も咎めることはない。
(でも、本当に……。このまま一人、この場から逃げ出してもいいのか?)
明の胸に湧く、罪悪感。
何せ、目の前に立つのは地球の生き物の基準では測れない生命力を持つ生き物だ。
刃物や打撃武器を持つゴブリンを相手に、いくら警察官といえどもたった二人で勝てるはずがない。間違いなく、二人は死ぬだろう。
(少なくとも、俺にはステータスがある。仮に死んだとしても、どうせ過去に戻るだけだ。だったらいっそ、死に物狂いで足掻いてみて――――)
「逃げなさいッ!!」
鼓膜を叩くような大声に、明はビクリと身体を震わせた。
見れば、中年の警察官が明に向けて鋭い視線を向けている。その目には身近に迫る未知の化け物に対する恐怖と、それを上回る悲壮とも言える決意の光が宿っていた。
彼は、明と目が合ったことを確認すると、その口元に明を安心させるような笑みを浮かべて言う。
「何のために、我々警察官がここに居ると思ってるんだ。いいから、逃げなさい」
「っ、わかり、ました」
気は進まない。けれど、彼ら二人には自分にはない拳銃がある。きっと、大丈夫だろう。
そう思って、明は無理やりに自分を納得させた。
彼ら警察官二人は、明のその言葉に小さな頷きを返すと、それぞれ目配せをし合う。
「佐藤。彼が逃げるまで、どうにか俺たちで引き付けるんだ。分かったな」
「ッ、はい! 承知しました!!」
中年警察官の言葉に、力強く佐藤と呼ばれた若い警察官が頷いた。――その時だった。
「げぎゃァ!!」
唐突に五匹のうち一匹のゴブリンが、声を上げながら突っ込んできたのだ。そして、それが合図だったかのように。周囲にいたゴブリン達は、その手に持つ得物を構えると、それぞれのタイミングで一斉に飛び掛かって来た。
「くそっ!!」
すぐさま田中と呼ばれた中年の警察官が反応して、最初に飛び出してきたゴブリンを相手にその手に持つ警棒で応戦した。
突っ込んできたゴブリンは振るわれた警棒によって成す術もなく地面に叩きつけられたが、すぐにまた起き上がると、その手に持つ石斧を振るって田中の腕を叩いた。
「ぐっ――」
「田中さん!」
痛みで声を上げる田中に、佐藤が声を掛ける。
すると田中は、佐藤を睨み付けると叱咤するような大きな声を発した。
「佐藤ォッ!! 始末書も責任も、全部俺でいい!! 発砲を許可する!! 命を賭けて彼を守れッ!!」
「はいッ!!」
中年警察官の叫びに、佐藤と呼ばれた若い警察官はすぐに動いた。
佐藤は腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、次いで襲い掛かってくる石斧を振り上げたゴブリンに狙いを定めた。
――パァンッ!
乾いた音が夜の街に響く。
吐き出された銃弾は狙い違わずゴブリンの額に命中し、ゴブリンをその勢いで後ろに吹き飛ばす。
しかし、ゴブリンは死ななかった。
額から血を流しながらも、ゴブリンは飛び跳ねるようにして起き上がると、その瞳にさらなる怒りの炎を燃やして唾を撒き散らしながら叫び声を上げたのだ。
「ぎひぃ、げぎゃぎゃ!!」
「なッ!?」
「銃が、効かないッ!?」
佐藤と田中、二人の驚愕の声が同時に重なる。
しかし、それに対して驚いていたのは彼らだけではない。
明もまた、銃に撃たれながらもなお生きているゴブリンのその姿に、大きく目を見開いて固まっていた。
(まさか、コイツら……。銃で撃たれても死なないのか!?)
もしも、この世界に現れたモンスターのすべてが、このゴブリンのように銃で撃たれただけでは死なないのだとしたら。警察や自衛隊もいるはずのこの世界が、数時間後にはモンスターであふれていた理由は、これなのかもしれない。
そんなことを、明は場違いにも考えた。
「ッ、って、それどころじゃねぇ!!」
銃も効かない。
数的有利も取れていない。
加えて生命力は異常で、手には得物を持った化け物だ。
一対一ならともかく、集団戦となった今、まともに戦うような相手じゃないのは確かだ。
明は、飛び掛かってくる棍棒を持ったゴブリンを蹴りつけて地面に転ばせると、あらん限りの声を張り上げて叫んだ。
「聞いてくださいッ!! コイツらの生命力は、本当に異常です!! 頭を潰しただけじゃ死なないッ!! 何度も頭を狙って、ようやく倒せるような連中です!! ソイツらが五匹もいるんです! 今は、みんなで逃げましょう!!」
「そんなの、今のを見れば分かるッ!! だったらなおさら、我々は君が逃げるまでの時間を稼がなくてはならない!! いいから、早く逃げるんだ!!」
明の言葉に、田中が声を張り上げた。
「我々は警察だ!! あなたが逃げるまで、我々が逃げるわけにはいかないッ!!」
それは、立派な心掛けだった。
しかし、今この場においては、それはまさしく自分の命を捨てる言葉だった。
「――――――ッ!」
明は、強く唇を噛みしめる。
忠告はした。それでも、彼らは自分たちの職務を全うすると言った。
今ここで、彼らと言い争いをしていても、事態は好転しない。
それならば少しでも、一秒でも速く自分がここから離れて、二人が心置きなく逃げる環境を整えるべきだ。
そう考えて、明はくるりと身体の向きを変える。
「早く、逃げてくださいよ!!」
叫び、明は走り出す。
「佐藤ッ!! ここを死守しろ!!」
「はいッ!!」
走り出す明の背後で、決意を固めた男たちの会話が聞こえた。
「食らえ、化け物ォオオオオオオオ!!」
夜の街に、男たちの咆哮が轟く。
次いで、何発もの発砲音が周囲に響いて――――。
夜の街に響く悲鳴の後、背後から聞こえる戦闘の音はゴブリン達の嗤い声に満たされ、消えていった。
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