第15話 いざモンスターが現れた世界へ

 


「……こんなものかな」


 自分のデスク周りに積まれた食料品や飲料水、その他必要と思われる様々な物資を眺めて、明は言葉を吐き出した。


 時刻は午前三時。


 街中のサイレンは鳴り止まず、世間ではもうすでにモンスターの存在とその危険性が明るみになっている。

 明の他にも買い占めに回っていた人も出始めたのか、周囲のコンビニや深夜営業をしている飲食品を扱っている店舗からは、食料と飲料水が全て消えた。

 世間の動向としては、日本国内で急速に増え続けるモンスターの目撃情報とその被害の甚大さに、政府がつい先ほど、自衛隊の出動を決定したばかりだ。アメリカではもうすでに州警察どころか軍が出動し、事態の鎮圧に努めている。自衛隊が出動したからもう安心だろう、という楽観的な意見がネット上では多く見られていた。


(現状で集められるだけ食料も水も、武器になりそうな物も、日用雑貨も買い集めた。社内にゴブリンが入らないよう窓は木の板で塞いだし……)


 指を折りながら、明は整えた準備を思い起こしていく。


(会社の、他の人が来ればこの荷物はバレるだろうけど……。少なくとも、明日の十時までは誰も来ないことは前回確認済み。引き出した金ももう尽きたし……。今のところ、出来ることは何もないな)


 となれば、これから出来ることはただ一つ。

 少しでも早く、レベルアップをする。そして、少しでも多くのポイントを溜め込んで、新たなスキルを獲得する。


(……よし、行こう)


 固く拳を握り締めて、明は気合を入れるようにして心で呟くと、準備を整えたリュックを背負い、夜の街へと足を踏み出した。




            ◇ ◇ ◇




 鳴りやまぬサイレンに騒がしい夜の街を歩き、明はモンスターを探す。

 ほんの少し歩くだけでも何台ものパトカーや救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎていく。

 その光景は、世界にモンスターが出現していると知らなくても分かるほど異常なものだ。

 通り過ぎて行くパトカーを見ながら明が歩いていると、サイレンを鳴らして横を通り過ぎた一台のパトカーが、ふいに行く道の先で止まった。かと思えば、ガチャリとドアが開いてその中から二人の警察官が飛び出してくる。


「ちょっとちょっと! 何してんの、こんな時に!!」


 明に声を掛けてきたのは、最初に車から出てきた中年の警察官だった。

 中年の警察官は、ずかずかと歩みを進めてくると明の前で立ち止まり睨みをきかせながらまた言った。


「今、非常事態宣言が出てるんだから、早く家に戻りなさい!」

「非常事態宣言、ですか?」


 明はとぼけるように言った。

 もちろん、世間がモンスターの出現で混乱していることは知っている。けれど、それは明にとって予想が出来たことだ。だからこそ、世間が動き出すよりも先に出来るだけ物資を集め、こうしていち早くモンスター退治をしようとしている。

 明のとぼけた様子が気に入らなかったのだろう。

 中年警察官の後に続いて出てきた、若い警察官が声を大きくして言った。


「君、スマホぐらい持ってるでしょ! 知らないなんて言わせないよ!! ……それとも、この混乱に乗じて何か良からぬことでも考えてるの?」


 ……なるほど。早い話が職質だ。

 すぐに明は、彼らの要求を理解した。

 本来ならば、遠回しに手荷物検査などを要求してくるものだが、場合が場合だ。今だってサイレンを鳴らしていたのを見るからに、どこかの現場に向かう途中だったはず。それでもわざわざ止まったのは、リュックを片手に街をうろついている自分の姿がよっぽど不審だったからだろう。

 明は小さなため息を吐き出すと、無実を示すように小さく手を挙げて見せながら口を開いた。


「何も考えてませんよ。調べたければどうぞ。怪しい物は入ってません」


 今、リュックの中に入っているのは水や食べ物、怪我をした際に使う応急処置キット、双眼鏡などが中心で、パッと見ただけでは登山リュックの中身と相違ない。



「身分を証明できるものは?」

「今、手元にないです。財布も家に置いてきてますし」

「…………この包丁は?」

「キャンプ用で使ってる包丁です。これから、友人と合流して仮眠をした後、キャンプ場に行く予定なので」



 ペラペラと、明は適当なことを口に出した。

 その言葉に、二人の警察官の顔つきはさらに険しいものとなったが、明の言葉を嘘だと断言できるものは何もない。

 さらにいくつかの質問を受けて、その全てに明が適当な返事をしていた時だ。

 ふいに、そのモンスターは明たちの目の前に現れた。



「ぎぎぃ!」

「げげっ!」

「ぎひぃ!」



 聞き覚えのある声。――ゴブリンだ。

 その声にいち早く反応した明は、鋭い目つきとなって周囲を見渡した。


「……いち、に、さん…………五匹か」


 薄暗い路地の間、コインパーキングに止まっていた車の影、近くにある民家のブロック塀の裏。いったい、いつからそこに潜んでいたのだろうか。薄汚く濁らせたその瞳を細め、その口元に醜悪な笑みを浮かべたゴブリンが、耳障りな笑みを漏らしながら次々と現れてくる。


 ――マズいな。


 それが、明がゴブリン達に抱いた最初の感想だった。

 明達の前に現れたゴブリンの手には、いずれも得物が握られていた。

 棍棒を持つゴブリンならまだ可愛いほうで、中には石斧といった棍棒よりも殺傷力の高い武器や、どこから手に入れてきたのか包丁を手にした個体もいて、明らかに前回相手にしたゴブリンよりも危険度は増しているように見えた。



(前回の、たった一匹を相手でも結構ギリギリだった。この数はさすがに相手出来ない……)


 と、明が心の中でそんな言葉を漏らした時だ。



 ――チリン。

 軽い音と共にその画面は現れた。




 ――――――――――――――――――

 前回、敗北したモンスターです。

 クエストが発生します。

 ――――――――――――――――――

 E級クエスト:ゴブリン が開始されます。

 クエストクリア条件は、ゴブリンの撃破です。

 ――――――――――――――――――


 ゴブリンの撃破数 0/100


 ――――――――――――――――――

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