【書籍化・コミカライズ化】この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている
灰島シゲル
1章
第1話 すべてのはじまり
――――死にたくない。
ほんの少し前まで全身を襲っていた激しい痛みが、いつの間にか消えている。
いや、それどころか前に伸ばすこの手の感覚さえも気が付けばなくなっている。
鉛を詰め込まれたかのように全身が重たい。地面を這うこの身体が、本当に前に進んでいるのかさえも分からない。息をするたびに胸が苦しい。まるで空気に毒が混ぜられたかのようだ。
激しく咳き込めば口からは血の塊が吐き出され、ヒューヒューと気道が狭まりさらに呼吸が苦しくなった。
文字通り、死にかけだ。
彼の命の灯は、今まさに消えようとしている。
それでもなお、彼は必死に前へ前へと手を伸ばした。ほんの少しでも――ほんの数秒でも長く生きるために。
いち早くこの場から離れようと、文字通り命懸けで、必死に地面を這っていた。
「な…………ん、で」
ぶくぶくと口の端に血の泡を作りながら彼が呟く。
そして彼は、ぼやける目を背後へと向ける。
するとそこには、千切れて下半身のなくなった自らの肉体と、コンクリートの地面を這って残した真っ赤な線が伸びていて。さらにその先へ目を向ければ、くちゃくちゃと厭らしい音を立てながら、かつては自分の両足だったモノを食らう化け物の姿が目に入った。
彼の視線の先に居たもの。
それは、神話とファンタジーの世界の住人、牛頭人身の怪物――ミノタウロスに他ならなかった。
ふいに、彼の両足を食らっていたミノタウロスがくるりと振り向いた。
その瞬間、死に瀕した彼と目が合う。
ニヤリ、と。ミノタウロスが嗤った。
それは、死が迫る彼を嘲笑う笑みでもあったし、食べることに夢中になっていたために忘れていた残りの食事を見つけた歓喜の笑みのように思えた。
ミノタウロスが口に食んだ彼の両足を力強く噛み砕く。
バキバキと音が鳴って、骨が砕ける音と肉片が奴の口元から零れ落ちていく。
そしてミノタウロスは、無造作にその口元を拭うと、人の身体の倍以上はあるその巨体を動かして――――――――。
「………………ッ!!!!」
瞬きにも満たないその一瞬。
気が付けば、ミノタウロスは彼の目の前でその口を大きく広げていた。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッッ!!)
必死に吐き出す言葉は、ぶくぶくとした血の泡へと変わる。
彼の声は形にならず、叫喚は誰の耳にも留まらずに、静謐な住宅街にはただただ血の海が作られていく。
(死にたくな――――)
そしてそれが、彼――
――チリン。
明の命が途絶えたその瞬間。軽やかな鈴の音に似た音が彼の死骸の周囲に響いた。
続いて、その真上に次々と青白い画面が表示された。
――――――――――――――――――
現在の世界反転率:0.09%。
対象者が反転した世界との親和性が高いことを確認しました。
――――――――――――――――――
条件1……クリア。
条件2……クリア。
条件3……クリア。
条件4……クリア。
……すべての条件が満たされました。
――――――――――――――――――
以下のシステム、および固有スキルが対象者に与えられます。
・クエストシステム
・トロフィーシステム
・固有スキル:黄泉帰り
――――――――――――――――――
固有スキル:黄泉帰り が発動します。
――――――――――――――――――
一条明がこの画面の意味を知るのは、もう少しだけ後のこと。
ただ、今この場ではっきりとしているのは。
その画面が表示されたのち、一条明の死体が跡形もなく消え去ったという事実のみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます