第24話 交わるキセキ

 上空から炎の弾が降り注ぐ。遂に少女は森への配慮などを考えずに行動することにしたようだ。


「『加速ヘイスト』」


 青白い光がレイを包み込むと、瞬時にその場から姿が消える。


 レイは自身を重点的に狙ってくる炎の弾を、塔を囲む氷の壁に瞬時に向かうことで回避した。氷の壁に寄ることにより、少女は炎の弾が氷の壁に当たることがないようにしなければならないので余裕かできるだろうと考えたようだ。


 少女はそれを悟ったのか、すぐに炎の弾幕をやめ、レイの足下に岩の杭を生成する。が、それをふわりと舞い上がることで難なくかわし、炎でできた大鎌を縦に一振りして氷の壁の一部を崩すことに成功。


 レイは崩れた箇所から侵入を試みるも、すぐに修復されてしまって侵入をすることは叶わなかった。そのことに内心で厄介極まりない、と思うも、一切表情には出さない。


「『炎鎧フレイムアーマー』」


 炎をまとう……いや、炎の鎧を着用したレイが飛び上がって再び鎌を縦に一閃。すると、またもや壁の一部に人が二人くらい通れるほどの穴ができる。

 ……炎の鎧を着てくはないのだろうか?


「『加速ヘイスト』!」


 修復される前に瞬時に氷の壁にできた穴に飛び込む。少女も流石に『加速ヘイスト』の速さにはついて行くことができず、修復が間に合わなかった。


 けれど、少女はそれをあらかじめ見抜いていた。レイが壁を突破したと同時に風の刃が縦横無尽に飛び交った。


 ……レイが風の刃を大鎌で切り裂き、消している最中にそれは起こった。


 ドガァンッ!


 青白い光が瞬いた刹那の後、爆発したような音が辺りに響く。


 それはレイに向けて放たれた雷霆らいていの音だった。幸いにも、狙いが少しズレたのか直撃を免れることができたのは僥倖ぎょうこうである。とはいえ、少なからず影響を受けてしまい、身体からだが痺れて上手く動かせない。


 それを好機と見たのか、攻撃の激しさが増していく。上空からは冷水が滝のように落ちてきて炎の大鎌が消される。また、飛んでくる電撃が身体を痺れさせ、躱しきれなかった風の刃によって地道に傷を増やさせられていった。


 そんな状況の中、二つの詠唱が響き渡る。


「覗くのは深淵 望むのは大空 壊したいのはこの世のことわり


 塔から顔を出した少女の声が……


けがれた黒の軍隊 迫るのは煩わしい羽音 其れらは阻むものを喰らっていく」


 風の刃を躱し続ける少年の声が……


「あれはそう、これはそう そんな概念を吹き飛ばす」


 両者の美しい詞声うたごえが……


「穢れた黒の軍隊は やがて一つにまとまって 怪物となっていく」


 交わった。


 それはまさに……奇跡とも、軌跡とも言える。


 そういえば、既に風の刃などは消えた。


「そんな力を我が手に授け 飛び立っていく白い鳥」


 その奇跡は、消えていく儚いもの。


「黒の怪物は魔に染まり この世の全てを喰らい尽くす」


 だが、軌跡は消えずに残る。


「“崩せ”」


「“喰らえ”」


 かつて存在した関係はもう……無い。今は、ただただぶつかり合うだけ。


「『其の深淵は理を壊すレイショネル・デストルイト』」


「『蠅の王は全てを喰らうヴォラーレ・デウォレット』」


 同時に、詠唱が終わる。


 そびえ立つ氷の塔からは、穢れを知らない純白の巨大な羽が幾重にも重なっているものがレイに向かって飛んでいく。ちなみに、羽の大きさは少なく見積もっても5mはある。


 反対に氷に覆われた地からは、レイの背中に太い鞭のような形をとった穢れた漆黒のもやが20以上現れ、塔の頂点まで伸びていく。


 そうなると、必然的に純白の羽と漆黒の靄は衝突することになる。


 両者とも、その避けられない衝突までの時間が妙に長く感じられた。


 そして……遂にそのときが訪れる。呑み込もうとするように黒い靄が白い羽を包み、羽はそれを突き破ろうとする――普通なら。だが、これらは普通ではない。黒い靄が純白の羽を包む前に、純白の羽が黒い靄を突き破る前に、それは起こる。


 二つが接触した途端、そこを起点として瞬く間にまばゆい光が辺りを真っ白に塗った。また、とてつもない暴風が吹き荒れ、レイと少女を大きく飛ばす。目を開けられないほど眩い光に、軽々と人間を吹き飛ばしてしまう風。両者は衝突の際に生じた衝撃を如実に表している。


 ……尚、音は……無かった。恐ろしく静かなのだ。音すら出ないということは、どういうことなのだろう?


 それから幾らかの時が流れる。正確な時間の把握はできない。


 ……レイと少女が目を開けると、衝突が起きた地点の周辺には……何もかもが、無くなっていた――




 ……それでも、狐は上空を回る。まるで、機会を窺うように。

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